大阪府知事と大阪市長が入れ替わる「安上がりな中古品交換選挙」を大阪府民は喜ぶのか
「一言で言うと、裏切られた、だまされたということなんです!」
3月11日、大阪市内で開かれた「大阪維新の会」の「府政・市政報告会」。吉村洋文・大阪市長は支援者らを前に声を張り上げた。そこからは公明党への恨み節が続く。
「公明党はやるって言ってたんですよ、紙にまで書いてやるって言ってた」
吉村市長が言うのは、維新の看板政策「大阪都構想」に協力するはずだった大阪府議会、大阪市議会の公明党会派が昨年末ごろから態度を変え、大阪都構想の制度設計を根本から見直すよう主張し始めたことだ。松井一郎知事と吉村市長らは、2017年4月時点で「大阪維新の会」と「公明党大阪府本部」は、大阪都構想の最終手続きである大阪市民の住民投票を実施する「合意書」まで交わしていたとマスコミに合意書のコピーを配布して暴露。これにより維公対立は“公開バトル”となったが、それでも公明党が折れないので、松井知事、吉村市長はそろって辞職し選挙を実行する選択をした。
維新と公明の「密約」は真相不明
「府政・市政報告会」には少々遅れて松井知事も到着。次の予定に向けて退場した吉村市長と入れ替わりで今回の選挙の意味を述べた。
「もう一度、皆さんに民意を聞いて、その民意をもって公明党の考え方を改めさせていきたい」
大阪市を廃止し特別区に分割する大阪都構想は、2015年5月の住民投票で否決されている。今もまだ大阪都構想が終わっていないのは、同年11月の府知事、大阪市長のダブル選挙で維新の松井知事と吉村市長が当選したからだ。
「2015年11月の僕と吉村市長のダブル選挙で都構想をもう一度やるという民意をいただいたんですから、もう1回ここで、やるかやらんかの民意は僕と吉村市長が先頭で戦うしかないんです」と松井知事は訴える。大阪都構想の復活劇の中で維新と公明党が水面下で密約をし、公明党がその約束を反故にしたので、「公明党に裏切られた。選挙という民意で公明党をやっつける」というわけだ。
随分と政治家の勝手な言い分である。大阪都構想は政令指定都市の大阪市を廃止して弱小自治体の特別区に分割する自治体再編であり、解体される大阪市民にはおそらくデメリットしかない。そんな重大事案について、市民に内緒で政党間の密約をし、破綻したから「民意を問う」と言う。
そもそも、大阪市の廃止に反対の公明党がなぜ維新と密約を結んだのか、どうしてそんなことになったのか、理由や経緯などの「密約の内幕」は明らかにされていない。市民はいきさつが分からないケンカで、「どっちが悪いか」という判定だけを求められているようなものだ。松井知事や吉村市長は「死んでも死に切れない」とか「約束を守るという世間の常識が通用する政治にしないといけない」などと言うが、それならまず、市民不在で公明党と密約を結んだ真相を明らかにするべきだ。これは公明党についても同じことである。
知事と市長が入れ替わって安上りに
維新は「大阪都構想の再挑戦にもう一度、民意を問う」と出直し選挙っぽく意味付けするが、松井知事と吉村市長がそのままの立場で選挙に出馬するのではなく、松井知事が大阪市長に、吉村市長が大阪府知事に出るという「入れ替え選挙」を行う。松井知事は報告会でこう言った。
「僕と吉村市長がそのまま知事選、市長選に出たのでは、また今年11月に府市のダブル選挙になる。ダブル選挙にかかる費用は府市合計で25億円。(統一地方選挙の)府議選、市議選と一緒にすれば10億円で済みます。15億円助かりますねん。税金の使い方としてどっちが得ですか?」
要するに「税金の節約」で知事と市長が入れ替わるというのだ。しかし、選挙とは市民が自分たちの代表を選ぶためにあえて経費をかけて実施する制度であり、安けりゃいいというのは選挙制度の本質からズレた価値観である。大阪の維新政治をウオッチしている帝塚山学院大の薬師院仁志教授(社会学)は、「知事と市長は任務が異なる以上、それぞれに相応しい人物が立候補すべきであって、中古品交換選挙にすれば安上りだというのは全くの本末転倒」と指摘する。
通常の出直し選挙なら当選しても任期はあと7~8カ月、入れ替わり選挙で当選すれば任期は4年に延びる。しかも、この入れ替わり選挙は、統一地方選挙である4月7日投開票の大阪府議選、大阪市議選と同日実施になるため、地方議員選挙では維新候補者の追い風となる。表向きは公明党を悪者にした大阪都構想再挑戦選挙だが、極めて党利党略的な選挙戦術がからんでいる。
選挙そのものの是非が選挙の争点の一つ
府知事選に鞍替えする吉村市長の対抗馬として出馬するのは小西禎一・元大阪府副知事、大阪市長選に鞍替えする松井知事の対抗馬は柳本顕・元大阪市議(自民党会派)と決まった。
小西元副知事は3月11日の出馬会見で「政党間の協議、調整がうまく整わなかったということで知事、市長という公職を投げ打って選挙を実施するのは、政党間の協議に公職を手段として利用している。長年、大阪府で働いてきた者としては、どうしても納得がいかない」と怒りをにじませた。
柳本元市議は3月16日の出馬会見で、今回の選挙が知事、市長が任期途中で辞めて入れ替わることから「投げ出しクロス選挙」と言われていることについて、「これはクロスなんて格好いいものではなくバッテン、ペケポンだ。この状況に憤りを覚え、こんなこと許されていいのかと感じた」と批判。柳本元市議は前回の大阪市長選で吉村市長と戦って落選。その後、叔父の柳本卓治参院議員の後継者として、今年7月の参院議員選挙で大阪選挙区の自民党公認候補に決まっていたが、「大阪市をこのままほっておくわけにいかない」と大阪市長選に2度目の挑戦に踏み切った。
大阪都構想の最終決着となるか
2010年に大阪都構想を掲げて地域政党「大阪維新の会」が設立して以来、大阪は政治も行政も市民も大阪都構想に揺さぶられ続けてきた。議会で否決しても、住民投票で否決しても、大阪府市が維新政権である限り、ゾンビのように蘇るのだ。今回の「入れ替わり選挙」を維新は15億円の節約というが、大阪都構想は2015年5月の住民投票までで既に30億円以上費やしている。
小西元副知事は出馬会見で「大阪は2025年の万博、産業振興、観光、子供の貧困などいろいろな課題を抱えている。そんな中で、大阪府の職員は大阪都構想に相当の精力を費やしている。この選挙で住民の真意を問うと(維新が)おっしゃられるなら、この機会に(大阪都構想は)もう終わりにしなければいけないと思った」と大阪都構想に決別宣言。柳本元市議も「大阪を混沌とした混迷の渦に落とし込む大阪都構想議論に終止符を打つラストチャンスとの思いを持って、戦いに臨んでまいりたい」と決意を述べた。
大阪市を廃止して幾つの特別区に分割するのかなど、大阪都構想の設計図を協議する「大都市制度(特別区設置)協議会」(通称、法定協議会)は3月7日、今年度最後の会合が開かれた。住民投票で否決された後の2度目の法定協議会は2017年6月から始まったが、法定協議会で議論が始まる2カ月前に維新と公明党の間で「(2度目の)住民投票を実施する」との密約が成立していたわけで、23回目となる年度内最後の会議で自民党会派の花谷充愉府議は「八百長会議のアリバイ工作に付き合わされた」と憤懣をぶちまけた。
迷惑しているのは法定協議会の構成員である議員だけではない。270万人の大阪市民が「解体」のまな板の上に載せられ続けているのだ。