永遠に残る宇和島水産高校の「えひめ丸」の海上気象観測
船舶と気象庁は互恵関係にある
船舶は、100年以上前から、観測した海上気象や海洋の観測結果を、気象庁に通報していますが、気象庁にとっては、日々の天気予報や警報などの情報提供に非常に役だつと同時に、観測結果の蓄積から、地球温暖化等、気候変動の監視・研究にも利用しています。船舶にとって、気象庁が精度の高い海上予報・警報を発表することにより、より安全で経済的な航海をすることができるますので、船舶と気象庁はお互いにメリットがある互恵関係にあります。とはいえ、船舶を運行しながらの観測・通報は労苦を伴いますので、毎年6月1日の気象記念日には、海上気象または海洋観測の通報を励行している船舶に対し、国土交通大臣あるいは気象庁長官による表彰が行われ、日頃の観測や通報の励行に敬意を表しています。
ハワイ沖での「えひめ丸」の悲劇
平成12年6月1日の気象記念日では、愛媛県立宇和島水産高等学校の4代目水産実習船「えひめ丸」が、日頃の観測や通報の励行に対して気象庁長官表彰を受けています。その7ヶ月後の平成13年2月10日、悲劇が「えひめ丸」を襲います。遠洋航海実習中にハワイ沖で米海軍の原子力潜水艦「グリーンビル(6927トン、全長109.73m)]に衝突されて沈没し、乗船していた35名のうち、8名が死亡、1名が行方不明となりました。宇和島水産高等学校では、事故の翌年から、このような痛ましい事故が二度と起きないように、また悲劇が風化しないよう、2月10日を「えひめ丸事故追想の日」としています。
天気図にある「えひめ丸」の海上気象観測の記録
天気図に記入されている船舶からの観測は、重なって読めなくなることを避けて間引きしたものであるため、通報された観測が、いつも天気図に記入されているわけではありません。しかし、船舶から通報された観測結果は、全てが天気図解析担当者の前のモニター画面に表示され、それを使って天気図が作成されています。また、全ての観測データは蓄積され、研究等に使われています。
「えひめ丸」は、事故直前まで、これまでと同様に気象庁へ海上気象観測結果を通報していましたが、他の船舶があまり航行しない海域での貴重な観測であったため、気象庁が作成し、永久保存としているアジア太平洋天気図には、沈没した[えひめ丸]の観測結果がいくつも残されています。
図は、平成13年1月17日06UTC(協定世界時:日本時間では15時)のアジア太平洋天気図ですが、北緯19度、東経172度付近に記入されている船舶の観測値が「えひめ丸」のものです。図には船舶の信号符号(コールサイン)が記人してありませんが、添付の表には、この観測結果がJPQIという船からの報告であることが記されています。つまり、平成13年1月17日15時に、JPQI(えひめ丸)は、北緯19.4度、東経172.3度にあり、気圧は1014.0ヘクトパスカル、風向は東、風速は毎秒7.2メートル、気温と露点温度は不明(報告なし)、視程は4キロメートル、現在の天気は視界内に降水現象があり海面に達しているが5キロメートル以上離れている、過去6時間前からの天気は雨、雲量は10分の9以上だが雲のない部分(隙間)があるという観測をしたということがこの天気図上に残されているのです。この頃の「えひめ丸」はというと、1日に経度にして5度位の早さ(時速約20キロメートル)で東南東へ進んでおり、1月19日には日付け変更線を超えて西経に入って実習を続け、2月10日に運命のハワイ沖に達しています。
合掌。
そして、「えひめ丸」の意志を継いで作られた新しい「えひめ丸(5代目)」も、人材育成と同時に永遠に残る海上気象観測を続けています。
図表の出典:饒村曜(2008)、永遠に残る「えひめ丸」の海上気象観測、海の気象vol.54.No.2、海洋気象学会。