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ブラック・メタルとブラック・スピリチュアルの合体。ZEAL & ARDORのダークネスへの飛翔

山崎智之音楽ライター
Zeal & Ardor / photo Noemi Ottilia Szabo

ZEAL & ARDOR(ズィール・アンド・アーダー)がニュー・アルバム『GREIF(グライフ)』を発表した。

「アフリカから連れ去られた人々は西洋文化を受け入れ、スピリチュアル(黒人霊歌)を生み出した。だが彼らがキリスト教に背を向け、ブラック・メタルと合体を果たしたら...?」

2016年にマニュエル・ガニューの単独プロジェクトとして始動したZEAL & ARDORはそんな大胆なコンセプトと実験性の高い音楽性で支持を得てきた。現在はバンドへと進化した彼らが新作でタイトルに冠したのが、マニュエルの故郷であるスイスのバーゼルで毎年1月に行われる祝祭“Vogel Gryff=グリフィンの日”だ。

神話の怪鳥はいずこに飛翔していくのか。その向かう先を、マニュエルが語った。


Zeal & Ardor『GREIF』ジャケット(Redacted GmbH/ 現在発売中)
Zeal & Ardor『GREIF』ジャケット(Redacted GmbH/ 現在発売中)

アメリカの黒人奴隷がイエス・キリストでなくサタンを信奉したら...

●ZEAL & ARDORの音楽性は“ブラック・メタルmeetsブラック・スピリチュアル”と表現されてきましたが、『GREIF』は両スタイルの要素が薄まりながら、ZEAL & ARDORならではのアイデンティティが強化されています。この変化はどのようにして起こったのですか?

俺たちは前進していくんだ。自分自身のカヴァー・バンドになったりしない。ファースト・アルバム『DEVIL IS FINE』(2016)のパート2を作ることは簡単だけど、常に新しい道を歩いていくことが大事なんだ。もちろん、そんな変化を楽しんでいるよ。実験することはいつだって喜びだ。

●ZEAL & ARDORを始める前から、あなたはブラック・メタルとブラック・スピリチュアルやゴスペルを聴いていたのですか?

ブラック・メタルは14歳の頃から聴いているから、もう長いあいだ聴いているよ。スピリチュアルやゴスペルについては深い知識がなかったんで、いろいろな音源を聴いて身体に馴染むようにした。20世紀前半にアラン・ローマックスがアメリカ各地で録音・収集した民俗音楽のフィールド・レコーディングからはさまざまなインスピレーションを得たよ。レッド・ベリーや、演奏者不明の音源まで聴き込んだ。YouTubeやストリーミングはすごく便利だね。この時期、アパラチア山脈のマウンテン・ミュージックも聴いたけど、自分の音楽にどのように取り入れていいか判らず、そのままになっているんだ。いずれ再挑戦してみるかも知れないね。

●『GREIF』の音楽性をどのように説明しますか?

ZEAL & ARDORのスタイルを貫きながら、どこまで新しいことにチャレンジ出来るかの実験だったんだ。過去の作品ではやっていない手法を取り入れているよ。クラシックの要素だったり、モーグ・シンセサイザー奏者のウェンディ・カーロスからも触発されている。『GREIF』を聴いた人がそれらの要素を感じるかは判らないけどね(笑)。100%メタルのアルバムではないし、すべてのリスナーが満足出来る作品ではないだろうけど、俺にとっては作る必然性があったんだよ。

●『GREIF』というタイトルはあなたの出身地であるスイスのバーゼルで行われている“グリフィンの日”の祭りから得たそうですね。

そう、800年前から伝わる祭りで、労働者たちがグリフィンに仮装して、支配階級に尻を向けるという、反体制的メッセージ性があるんだ。不服従の姿勢はバンドと共通しているし、パイプやピッコロ、でかいスネア・ドラムスを取り入れている。決して意識してスイスの伝統的な音楽を取り入れたりはしていないけど、自分の育った環境だし、その要素は擦り込まれているだろう。どんな影響を受けたか、自分では判らないものなんだ。「最高のアイディアが浮かんだ!」と思ってもよく考えると、どこかで聴いたものだったりする。スイスのどこかで「スーパーマーケットで流れていたあの曲に似ている!」と指摘する人がいる可能性もあるけど、意図的に元ネタにはしていないよ。

●ZEAL & ARDORの音が決してカテゴライズしやすいスタイルでないのに拘わらず、ファースト『DEVIL IS FINE』当時から注目を集めたのは何故でしょうか?

何故だろうね(笑)。そういうのは狙って出来るものではないんだ。やはりブラック・メタルとブラック・スピリチュアルの融合というコンセプトに興味を持った人が多かったと思う。でも話題だけで内容が伴っていなければ続かないし、リスナーのハートに触れるものがあったんだろうね。もうひとつ、『DEVIL IS FINE』を出した時期はちょうどブラック・メタルがトレンディだったこともある。長年アンダーグラウンド・ミュージックを聴いてきたコアな音楽ファンでなくとも、局地的に特定の音楽がファッションになることがある。あの時期、DEAFHEAVENがかなりの人気だったんだ。それでZEAL & ARDORが似たようなトレンドに属するバンドと見做されたのかも知れない。そんなトレンドは一瞬で消えたけど、幸い俺たちは生き残ることが出来たんだ。

●「アメリカの黒人奴隷がイエス・キリストでなくサタンを信奉したら、こんな音楽をやっていただろう」という命題がZEAL & ARDORのキャッチフレーズになったことも、インパクトがありました。

その通り。一言でアーティストの音楽性を説明出来ることは大事なんだ。さらに4chanウェブサイト(英語圏最大の匿名ネット掲示板。www.4chan.org)発祥ということも、メディアで扱われやすかった。繰り返しになるけど、それは一時的な注目であって、大事なのは音楽そのものだけどね。

●4chanは匿名掲示板という性質上、「×××とファックしたい」などと非生産的な書き込みも多く見られますが、“4chan発祥”というバックグラウンドはマイナスになってしまわないでしょうか?

かもね(笑)。でも“便所の落書き”であるがゆえに、あらゆる種類の創造性が生まれる可能性もあるんだ。最悪な書き込みもあるけど、希に興味深いアイディアが生まれることもある。実験的で奇妙なことをやっても受け入れられる土壌があるんだ。

●他に4chan出身であることを明らかにしているアーティストはいますか?

有名なアーティストでは知らないけど、4chanの/mu/板(音楽専門板)で曲を発表しているアーティストはたくさんいるし、そんな中からメインストリームに出てくる人もいると思う。以前テイラー・スウィフトが匿名で4chanに投稿したといわれた曲もあったよ。たぶんデマだろうけどね(苦笑)。

●あなたは4chanの常連で、他の板に「×××とファックしたい」とか書き込んでいるのですか?

いや、/mu/板しか出入りしていなかったし、それもずいぶん前のことだよ。そういう書き込みはしていない!

Zeal & Ardor / photo Noemi Ottilia Szabo
Zeal & Ardor / photo Noemi Ottilia Szabo

<新しい領域へと乗り出していくアルバム>

●アルバム『ZEAL & ARDOR』(2022)の「Gotterdammerung」はドイツ語で歌われていますが、御父上がスイス人で、スイスのドイツ語圏で生まれ育ったことで、ZEAL & ARDORの音楽や歌のイントネーションにはどんな影響がありましたか?

自分が生まれ育った環境からの影響もあるけど、それよりも聴いて育ったドイツのクラシック音楽が擦り込まれていると思う。リヒャルト・ワーグナーは酷い人間だったとかよく聞くけど、作曲家としては天才だよ。俺の経験では、ドイツ語でロックを歌うのは難しいんだ。ロック派英語圏で生まれたし、日本語にも豊かな子音と優美な母音がある。でもドイツ語は椅子を階段から落とすような響きがあって、あまり音楽的ではないんだ(笑)。

●スイスは公用語がドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と4つありますが、あなたは何カ国語話すことが出来ますか?

ドイツ語、英語、フランス語、あとイタリア語を少し話せるよ。それがZEAL & ARDORの音楽にどう影響を及ぼすか判らないけど、いろんな言語の響きを生かした音楽で実験してみても面白いかもね。

●スイス出身のロック・バンドではCELTIC FROST、KROKUS、CORONER、1970年代のTOADなどが日本でも知られていますが、あなたは彼らの音楽に親しんできましたか?

自分がファンだと言えるのはCELTIC FROSTだけだけど、どれも聴いたことがあるよ。CELTIC FROSTのトム・G・ウォリアーの新しいバンドのTRYPTIKONも最高だ。TOADは昔のバンドだし、若い人はあまり知らないかもね(笑)。俺もすごく聴き込んでいるわけではない。スイスのバンドでもうひとつ好きなのはYOUNG GODSなんだ。彼らからは多大なインスピレーションを受けたよ。

●先行リーダー・トラックとなった「Kilanova」、そして「Clawing Out」などはバンドの代表曲たり得るナンバーだと思います。

俺にとってもお気に入りだし、そう言ってもらえると嬉しいよ。「Clawing Out」はライヴの最後にプレイしているんだ。まあ、アルバムの全曲がお気に入りなんだけどね。フェイヴァリットを選ぶぐらい真剣に聴き込んでくれるというのは励みになる。ファンのみんなも、自分のお気に入りをウェブやSNS経由で教えて欲しいね。決して妥協するのではなく、自分たちに求められるものに興味があるんだ。何気なくやっていることに価値を見出してくれるかも知れないのも面白い。『GREIF』についてもうひとつ言えるのは、社会や外界で起こっていることよりも、パーソナルな視点から描くことを志したんだ。同じことを繰り返したくなかった。過去のサウンドを聴きたければ、昔のアルバムがあるわけだからね。これまでやったことのない、新鮮なアプローチを取りたかった。

●前作のメッセージがより社会的、新作がよりパーソナルだというのに対して、両作のアルバム・タイトルは前作『ZEAL & ARDOR』がバンドの名前を冠したパーソナル志向で、『GREIF』が反体制的な祭りという、真逆のものというのは意図的でしょうか?

そう考えることも可能だね(笑)。わざと真逆のものにしようと考えたわけではなかった。『ZEAL & ARDOR』をセルフ・タイトルドにしたのは、アルバムの音楽性が、このバンドを始めたときに抱いていたヴィジョンに最も近いと感じたからだった。そうして『GREIF』で新しい領域へと乗り出していったんだ。“グリフィンの日”の祭りで尻を向けるのも、反体制とは限らない。自分自身に尻を向けているのかも知れないよ。だから俺の中では、矛盾はないと考えている。

●元々ZEAL & ARDORは2013年にあなた個人のプロジェクトとして始動しましたが、現在はよりバンドとしての側面を強めています。他のメンバー達はバンドの音楽にどのように関与していますか?

ZEAL & ARDORの曲を書いているのは、以前も今も俺なんだ。でも他のメンバー達も、100万種類の方法で貢献してくれているよ。アレンジ面でいろいろ提案をしてくれるし、プレイには彼らのパーソナリティが込められている。バンドのメンバー以外にも、ミックスをエイドリアン・ブッシュビーに依頼したんだ。FOO FIGHTERS、MUSE、SPICE GIRLSなどを手がけた人だよ。音楽面の決定権は俺にあるけど、メンバー達は人生の貴重な7年間をこのバンドと共に過ごしてくれているし、次のアルバムではチームとして、さまざまなアイディアを取り入れていきたい。

●ZEAL & ARDORのインタビューの多くはあなたが受けていますが、近年は海外メディアでティツィアーノ・ヴォランテ(ギター)が答えることも増えました。これもバンドのチーム化の一環なのでしょうか?

ああ、俺たちは民主化の道を進んでいるんだ。ヒッピーの共同体みたいなノリだよ(笑)。これからも最終的な決断は俺が下していくけど、良いアイディアは誰のものであっても使うつもりだよ。

●あとマルク・オブリスト(バック・ヴォーカル、プログラミング、ミックス他)がインタビューを受けているのも読みました。

マルクはバーゼルでRICH KID BLUEというバンドでヴォーカルをやっているんだ。GREENLEAFっぽいというか、ストーナー・ロック・テイストのあるヘヴィ・ロック・バンドだね。彼がいることで、ZEAL & ARDORのサウンドにより豊かなフレイヴァーが加わっているよ。俺も彼もドゥーム・メタルが好きで、EP『WAKE OF A NATION』(2020)の「Trust No One」にはその影響が表れているよ。

●どんなドゥーム・メタルから影響を受けましたか?

SUNN O)))とか、日本のBorisが好きで、刺激を受けているよ。俺たちと彼らの音楽で共通するものがあるとしたら、ダークな世界観かな。

●海外のインタビューでQUEENS OF THE STONE AGEやTOMAHAWKからインスパイアされたと語っていましたが、どのような形ででしょうか?「Disease」のユルさなどはQUEENS〜っぽさを感じる気もしますが...。

十代の頃から彼らの音楽を聴くことで、“良い音楽”のハードルが上がったんだ。彼らみたいな音楽をやりたいわけではなくて、同じぐらいレベルの高い自分の音楽をやりたかった。どっちみち、誰かの音楽をコピーするのは苦手なんだ。やろうとしても無理だよ!

●先ほどウェンディ・カーロスの名前を出していましたが、彼は1968年のアルバム『SWITCHED ON BACH』や映画『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』『トロン』などの音楽を手がけた電子音楽家です。どんなところから影響を受けましたか?

ZEAL & ARDORで彼の音楽から直接的な影響はあまりないと思うけど、彼のモーグ・シンセサイザーの空気感が好きなんだ。実はバンド外で、グスターヴ・ホルストの『惑星』をアナログ・シンセで演奏する『SWITCHED ON HOLST』という別プロジェクトに着手している。オーケストラによる交響曲をシンセ用に編曲したりプログラミングする作業はすごく頭を悩ますし、自分の納得行く形に持っていくのが難しい。ただそれを成し遂げることで、すごく学ぶことが多いと思うんだ。まだ時間がかかるけど必ず完成させて、何らかの形でリリースするつもりだ。いつ頃になるかは判らないけどね。

●他にサイド・プロジェクトなどはやっていますか?

スイスのヨナス・ウルリッヒ監督の『Wolves』という映画で架空のメタル・ミュージシャンを演じているんだ。まだ公開されていなくて、来年後半になる予定だ。『GREIF』でメタルの成分が少なめになったのは、この映画に関わっていたせいかもね(笑)。他にも声をかけてもらえば考えるよ。

●SNSでおすすめのアニメとして『鉄コン筋クリート』を挙げていましたが、日本の音楽や映像などのカルチャーでどんなものがお気に入りですか?

BorisやDIR EN GREYはクールだと思うし、具体的なアーティスト名は浮かばないけど、ビジュアル系という現象には興味があるね。アメリカでいうエモやメタルコアなどとも繋がっているように思えるし、東洋と西洋のカルチャー交流が面白い効果を出していると思う。日本のバンドはコード進行がアメリカのバンドと異なっているから、予想を裏切る展開にスリルを感じるよ。日本のホラー映画も好きで、14歳ぐらいのときに『Unholy Women』というタイトルのオムニバス映画のDVDを見たんだ(『コワイ女』/2006)。その中の『カタカタ』というエピソードが頭にこびり付いたよ。今は『Uzumaki』(伊藤潤二の漫画『うずまき』の海外アニメ化)をすごく楽しみにしているんだ。

●2024年9月から10月にかけてヨーロッパ・ツアーを行っていますが、反応はどんなものですか?

最高だよ。今パリにいるんだ。新作『GREIF』からは「The Bird, The Lion and The Wildkin」「Kilonova」「To My Ilk」「Clawing Out」をプレイしているけど、これ以上を望むことが出来ないほどの熱いリアクションがあった。お客さんがどう反応するか、興味があったんだ。HEILUNG(ハイルング)のサポートで、元々俺たちとはまったく音楽性が異なっているし、『GREIF』も新しいアプローチを取った作品だからね。昔の曲も知っているファンもけっこういて、「Devil Is Fine」を一緒に歌ってくれたよ。ヨーロッパの後、11月から12月に北米をツアーするんだ。2025年の春にはもう一度ヨーロッパを回って、『GREIF』の音楽を世界中の人々に届けたい。もちろん日本でもプレイしたいとずっと考えている。世界のあらゆる人々、あらゆる文化と接することで、ZEAL & ARDORの音楽は豊かになっていくんだ。



【バンド公式ウェブサイト】

https://www.zealandardor.com/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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