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派遣労働者は「使い捨て」? 100人に1人が労災被害にあう現実

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

派遣労働者の労災は10年で倍増

 5月末、厚生労働省が2021年の労災死傷者数を発表した。この統計では、外国人や高齢者の労働災害の多さに注目が集まっている。

 だが実は、今回の統計では「派遣労働者」の労働災害が非常に多いことも明らかになっている。派遣労働者の労災死傷者数は2012年の3117人(全労災死傷者数のうち2.6%)から2021年の6169人(全労災死傷者数のうち4.1%)にまで、10年で倍増している。

 さらに、派遣労働者のうち労災に遭う割合は、1000人中3.6人。労働者全体では1000人中2.5人のため、1.45倍だ。派遣労働者は明らかに労災のリスクが高いといえる。

 一体、派遣労働者はどのような労災事故のリスクがあるのだろうか。また、なぜ労災のリスクが高いのだろうか。2021年に起きた労災の報道事例を紹介しながら説明していこう。

100人に1人が労災被害者? 高すぎる製造業派遣の労災リスク

 派遣労働は、現在さまざまな業界に拡大している。その中でも、派遣労働者の労災が最も顕著なのは製造業である。派遣労働者の労災のうち、製造業が占めるのは約50%(2548人)。しかも、労災製造業の派遣労働者のうち労災に遭っている割合は、1000人中7.1人と非常に高い。労働者が労災に遭う一般的な割合の2.8倍となる。製造業労働者が労災に遭う割合1000人中2.6人と比較しても、2.7倍だ。

 製造業の派遣労災の割合は近年、1000人中約6〜9人程度と高水準で推移している。中でも2016年では9.5人にのぼっており、ほぼ100人中1人の割合で労災に遭っていたという非常に高いリスクが浮き彫りになっている。

 では、具体的にどのような労災事故があるのだろうか。2021年に起きた製造業派遣の事故について、報道されたケースからいくつか紹介しよう。

機械に挟まれて窒息死(2021年3月)

岐阜県の菓子販売会社の工場で、40代の派遣労働者の男性が、菓子を個包装するための機械に菓子を供給する作業中、菓子を投入するバケットに上半身が入った状態で持ち上げられ、約2メートル上にある機械の梁との間に首から胸が挟まれ、窒息して亡くなった。同年12月、安全教育を行っていなかった疑いで会社が書類送検された。

機械に挟まれて脳挫傷で死亡(2021年6月)

静岡県の製紙会社の工場で、ティッシュペーパーの製造機械の清掃中、派遣労働者の男性がロール紙を押し出す機械の一部と通路の手すりの間に頭を挟まれ、脳挫傷で亡くなった。同年11月、機械を止めずに清掃をさせた疑いで会社が書類送検された。

 また、産業分類上は製造業ではないが、機械を使う業務が中心であるという意味では、産業廃棄物処理でも製造業に近い労災が報道されている。

機械に巻き込まれて右足を切断(2021年10月)

静岡県の中間処理施設で、派遣労働者が足で建築廃材を破砕機に押し込んでいた際に回転刃に巻き込まれ、右足を切断した。2022年3月、建築廃材を破砕する機械の可動部の開口部にふたや、囲いを設置せずに業務をさせた疑いで、解体会社が書類送検された。

なぜ派遣労働者に労災が多いのか? 安全教育を受けられない派遣労働者

 悲惨な具体的事例を見てきたが、そもそも派遣労働者の労災の割合が高いのはなぜだろうか。理由としては、派遣労働者が正社員や契約社員などの直接雇用の労働者よりも、危険な業務に従事させられている可能性が挙げられるだろう。加えて、上記の岐阜県の事例のように、十分な「安全衛生教育」がなされていない可能性が指摘できる。ここでは労働安全衛生法令に即しながら、後者の論点に注目してみたい。

 参考:厚生労働省「派遣労働者の労働条件・安全衛生の確保のために」

 会社が労災の危険性について勤務開始前に具体的に労働者に教育することは非常に重要なことだ。労働安全衛生法と労働安全衛生規則では、雇入れ時や作業内容変更時に、遅滞なく労働者に安全衛生教育を行う義務を会社に課している。具体的には、「機械等、原材料等の危険性または有害性およびこれらの取り扱い方法に関すること」「安全装置、有害物抑制装置または保護具の性能およびこれらの取扱い方法に関すること」等の「当該業務に関する安全または衛生のために必要な事項」の教育である。

 派遣労働者に対しては、この義務はどうなっているのだろうか? 派遣労働者を雇入れたときや、派遣先の変更によって作業内容が変更になるときについては、派遣元つまり派遣会社に安全衛生教育を実施する義務がある。ただし、派遣会社がさまざまな派遣先の機械や原材料などの危険性をすべて自力で把握するのはあまり現実的ではない。

 そこで厚労省の通達では、派遣元が安全衛生教育を適切に行えるよう、派遣労働者の業務の情報を派遣元に積極的に提供することを派遣先に義務づけている。また、派遣元から教育カリキュラムの作成支援、 講師の紹介や派遣、教育用テキストの提供、教育用の施設や機材の貸与等の依頼があった場合や、安全衛生教育の委託の申し入れがあった場合には可能な限り応じるように、派遣先に努力義務を定めている。

 なお、派遣先の事業場で作業内容が変更される場合は、派遣先の会社が直接、派遣労働者の安全衛生教育の義務を負うことになる。

 このように、派遣先や派遣会社は、派遣労働者を新たな職場や業務で働かせるたびごとに適切に連携して、勤務前に安全衛生教育を実施しなければならないということが規定されているのである。

 これは当然行われるべきことだ。ところが、派遣先や派遣会社の多くは、派遣労働者を「低コスト」の労働力として短期で「使いすて」にしているのが実情だ。このため、正社員など直接雇用の労働者以上に頻繁に実施を求められ、わざわざ「コスト」のかかってしまう安全衛生教育を嫌がり、適切に行わない会社が相次いでいる。

 そもそも、2000年代初頭から製造業派遣・請負労働では労災事故が絶えなかった。派遣先で差別をされ、転落事故が起きても救急車を呼んでもらうこともできないといった陰惨な事件も起きている。

 今日でも、自身の取り扱う機械の危険性について教育を受けることがなく、その認識がおろそかなまま勤務させられ、死傷する派遣労働者が多いとすれば、これは派遣・請負が「使い捨て労働」として構造的な問題を抱えているということになるだろう。

派遣労働者に相次ぐ「労災かくし」

 さて、ここまで派遣労働者の労災の多さについて論じてきたが、じつは、厚生労働省の統計は氷山の一角にすぎない。派遣労働者においては、以前から「労災かくし」が横行しているからだ。具体例を見てみよう。

道具に挟まれ指を負傷(2021年1月)

愛知県の工場内で作業中、派遣労働者が部品を入れる鉄製の箱と作業台に指をはさまれ、左手の親指を負傷した。ところが、労基署に労働者死傷病報告は提出されなかった。同年9月、労災かくしの疑いで派遣会社と製造会社が書類送検された。

 派遣労働者が労災に遭った場合は、派遣元企業と派遣先企業の双方が労働基準監督署に労働者氏傷病報告書を提出する義務がある。しかし、派遣会社は、派遣先からの仕事が減ることを恐れて、派遣先で起きた労災を隠蔽したがることが多い。

 派遣先企業もそれに同調し、場合によっては派遣先が派遣会社に隠蔽を提案することもある。労災事故の怪我を、労働者の自宅や派遣会社の敷地などで起きたことにしたり、労働者自身の健康保険で治療させたり、有給休暇で休ませたりするのである。こうして労災申請の回避や、派遣会社の労災などの対応で、労働者を「泣き寝入り」させるのだ。

禁じられた建設業務でも派遣労災が続発

 最後に、派遣労働の安全衛生の「無法」ぶりを象徴する事例として、決して統計上は多いわけではないが、建設派遣労働者の労災の報道を紹介しておきたい。労働者派遣法においては、建設業務に対する労働者の派遣は認められておらず、違法だ。具体的には建設、改造、保存、修理、変更、破壊もしくは解体の業務が禁止されている。ところが、昨年の報道を見ただけでも、禁じられた建設業務に関わっていたことが強く疑われる深刻な労災事例が相次いでいる。

 

通路から転落死(2021年1月)

長野県のごみ処理施設の旧焼却炉の解体作業中、派遣労働者が高さ9.3メートルの点検用通路から転落して亡くなった。同年5月、手すりの設置などの墜落防止措置をしなかった疑いで、元請けと下請けの建設会社が書類送検された。

作業床から転落死(2021年5月)

宮崎県の体育館改修工事において、高さ約13メートルの箇所で天井部解体作業中の派遣労働者が、解体した建材を下ろすために作業床の一部を取り外した箇所から転落して亡くなった。2022年5月、開口部に手すり等の墜落防止設備を設けていなかった疑いで、解体工事会社が書類送検された。

土砂崩れに埋もれて死亡(2021年9月)

福岡県の水道管埋設工事において、深さ3.5メートルの掘削作業箇所を鉄板等による壁で補強する調整作業中、未設置部分の土壁が崩壊し、派遣労働者が埋もれて亡くなった。2022年3月、土砂の崩壊に対する危険防止措置をしなかった疑いで、土木建設会社が書類送検された。

 このように派遣労働者の業務じたいの違法性が強く疑われる職場において、派遣労働者に安全衛生教育が実施されることは期待できないだろう。また、派遣労働者が亡くなった事故が隠しきれなくなっただけで、表面化していない建設業務の労災かくしが膨大にあることが推測されるのである。

派遣会社・派遣先に横行する差別意識

 本記事では、派遣労働者が、正社員や契約社員などの直接雇用の労働者以上に労働安全衛生法令の守られない、労働者派遣法すら守られない職場で働かされている実態があり、そのことが派遣労働者の労災のリスクの引き上げに影響している可能性について論じてきた。

 派遣会社と派遣先が派遣労働者に危険な業務をさせたり、違法な状況で働かせたりしていることの背景には、派遣労働者が改善や補償を求めることは立場上難しく、実際に派遣契約の打ち切りや雇い止めで「報復」されてしまう可能性があるという事実がある。

 もちろん、派遣労働者一人で声を上げることは勇気がいることだ。しかし、適切な専門家や支援団体を見つけて支援を得られれば、職場環境の改善や、すでに起きてしまった労災被害の責任を会社に取らせることもできる。

 労災事件に取り組む労働組合「労災ユニオン」では、実際に派遣労働者の労災事件を解決したケースもあるという。

 このケースでは、メーカーに派遣されていた派遣労働者の男性が業務中、工場の機械が手を貫通し、指を二本欠損してしまった。労災保険からの給付こそ受給できたものの、自由に使えなくなった手のまま工場で働き続けることは難しく、離職することになってしまった。手の障害があるためその後の仕事にも影響してしまう。

 男性は、事故は自分の責任だとして、ずっと自分を責めていた。そんな折、友人から労災ユニオンを紹介され、同ユニオンに加盟して派遣先のメーカーと団体交渉をすることになった。

 よくよく思い出してみると、工場の機械には安全装置が付いておらず、労働安全衛生法や労働安全規則違反であり、会社に労災の責任があることは明らかだった。こうして会社に責任を認めさせ、慰謝料、逸失利益等多額の損害賠償を支払わせることができたという。

 事故で欠損したり機能を失ったりした身体が返ってくるわけではないし、奪われた命は二度と戻ってこない。しかし、残された被害者自身や遺族の生活を少しでも過ごしやすいものにするためにも、危険な労災を起こさせないよう経営者に徹底的にわからせるためにも、権利行使をすることは非常に重要である。

 この記事を読んでいる中には、派遣会社からも派遣先からも現在の職場について安全教育をちゃんと受けた記憶がないまま働いている、そもそも建設業務をしているという派遣労働者の方や、ご家族やご友人が製造業の派遣労働で働いているという方もいるだろう。中にはすでに労災被害にあったにもかかわらず、隠蔽されたままの方もいるかもしれない。ぜひ、思い当たる節がある方は、適切な専門家、支援団体に相談してみてほしい。

 なお、労災ユニオンでは、7月3日にオンラインセミナー相談会「職場の同僚や友だち・親族が労災事故に遭ったら?」も予定しているとのことだ。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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