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先生も変える、そんな授業があるんだ

前屋毅フリージャーナリスト
撮影:筆者

 美女木小学校(埼玉県戸田市)の3年生は、総合学習で虫について学び、自分たちで学校内に虫を増やそうとしている。それには資金が必要なわけで、子どもたちはオリジナルアイテム・グッズを作成・販売できるサイト「SUZURI(スズリ)」を使って自ら稼いだ。

 その稼いだ金額は合計で約8万円で、1クラスあたりにすると約2万円になった。その2万円の使い途は全クラスで統一してしまいがちだとおもうのだが、美女木小では違っている。虫を増やすことについてのアプローチはクラスごとに違い、そうなると当然ながら使い途も違ってくる。使い途を自分たちで考え、そこにはクリアしなければならない問題もでてくる。クラスによって目の前にたちふさがる壁も違ってくるわけだ。

| 担任は反対だったけれど

 3組は、「虫を中で飼うビニールハウスの設置」がメインテーマになった。しかしクラス担任の輿水翔子さんは、「私だけは反対意見のようなことを繰り返していたんです」と言う。なぜなのか。

「ビニールハウスのような大きなものを学校内に置いて、場所を占有してしまってだいじょうぶなのか、と心配なんです」

 それなら、「そんな大きなものはジャマになるからダメ」と担任が即否定してしまってもよさそうな気もする。従来の学校現場では、それが普通だったかもしれない。いまでも、そんな学校現場が多いかもしれない。しかし輿水さんは、そういう姿勢をとらず、子どもたちとフラットな立場で向き合った。

「『ビニールハウスって植物を育てるために虫が来ないようするものみたいだよ。それで虫が増えるのか心配だな』とか疑問を投げかけてみたんです。そうしたら、『自分たちが中に草とか花を植えて、バッタやカマキリを捕まえてきて入れれば増える』と子どもたちは言い返してくるんです」

「蝶は広いところで飛びたいだろうね」と話を振れば、子どもたちも「そうだね」となる。ただし、「じゃ、ビニールハウスはやめよう」とはならなかった。「蝶を中に入れるのはやめて、バッタやカマキリにしよう、となっていきました」と、輿水さん。

 苗木を中に植えようとの案もあったそうだが、「育って大きくなったらビニールハウスを突き破る」ということで、中に植える案はボツになった。その代わり、ビニールハウスの外に植える案になったそうだ。

 蝶が好むと子どもたちが調べてきたブットレアという植物を植える案もあったが、蝶を入れない結論になったため、ビニールハウスの中に植える案は消えた。ただし、苗木と同じくビニールハウスの外に植える案に変わっただけのことである。

「ビニールハウスだけで考えるのではなくて、外に虫が寄ってくる環境を整えれば、蝶をはじめとして虫たちが集まってくる、というふうに発想が広がっていきました」と、輿水さん。担任が意図したわけではないかもしれないが、担任とのやりとりのなかで子どもたちは発想をふくらませていったわけだ。

「いろいろ問題を投げかければ、『ビニールハウスは無理かな』となると思っていたんですけどね」、と言って輿水さんは笑った。投げかけられた問題に、子どもたちは答を導きだしていった。そして、ビニールハウスの案は生きつづけた。

「自分たちも学校内の虫を探す経験をして虫が少ないのを実感しているので、どうにか増やしたいんですね。虫が苦手な子でも、ビニールハウスだったら外から観察できる。『それって、ほんとうにいいよね』という子どもたちの発想なんです」

 そのビニールハウスにも2案ある。中に人が入れるくらいの大きさをイメージしているのが、子どもたちだ。それに対して輿水さんは、背の低いものを推している。できるだけジャマにならないことを優先しているのだ。

「子どもたちは、最初はかなり大きなものをイメージしていたんですね。でも、『ジャマにならないかな』と投げかけると、『そうかな』といろいろ自分たちなりに検討して、小さくはなりました。けれど、私からすれば、まだ大きい」と、輿水さんは笑う。

 ビニールハウスの大きさについては、今回の取材時点ではまだ結論がでていなかった。どういう結論になっていくのか、楽しみである。輿水さんが続ける。

| 先生の特権をもちこまなかった理由

「今回は『私vs子どもたち』みたいな感じになってしまったんですが、子どもたちは一丸となってがんばっていました。新しい疑問を突きつけられたら、自分たちになりに考えて調べて、その繰り返しで、よく探求してがんばったな、とおもいます」

 そこに輿水さんは「先生の特権」という強権をもちこまなかった。なぜなのだろうか。

「今回、子どもたちが自分たちでおカネを稼いで何かを実現するという授業は、私にとっても初めてでした。すごいドキドキで、失敗しちゃいけないと考えていたんだとおもいます。でも、私の疑問に子どもたちがいろいろ返してくるなかで、もし失敗しても、それも学びのひとつかな、と思えるようになりました。こんなに子どもたちが自分たちで考えて必死に探求しているんだから、それを止める必要もないと思えてきたんです」

 子どものやることについて、先回りしてしまうのが大人だ。そして、「それはダメ」とすぐ口にしてしまう。大人にしてみれば「親ごころ」なのかもしれないが、それが子どもの学びを止めてしまい、貴重な成長の機会を奪っている可能性もある。その「ダメ」も、大人の限られた経験から得られたものでしかないのに、だ。

 輿水さんに、「今回の授業をとおして先生自身も変わりましたか?」と訊いてみた。そうすると、「はい!」と明るい、はっきりした返事が即座に戻ってきた。〝おカネを儲ける授業〟で成長しているのは、子どもたちだけではないようだ。

参考:’美女木小の〝稼ぐ授業〟過去記事

第1回 https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20220127-00279168

第2回 https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20220211-00281511

第3回 https://news.yahoo.co.jp/byline/maeyatsuyoshi/20220225-00283692

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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