今こそ必要なもの。それは、「リスクコミュニケーション」
政治家の不祥事や問題発言、芸能人や著名人のスキャンダル、行政組織や大企業の不祥事、危機や非常時における政府の対応等々、最近は、取り上げればキリがないことが日々起きており、私たちは、社会的に影響力があり責任や権限がある立場のある方々や、社会的に大きな役割と意味のある組織への信頼を失いがちだ。
これらのことは恐らく以前もある程度は同様に起きていたのであろうが、近年では、従来のTVや新聞などのマスメディアだけでなく、SNSのような個人メディアなども普及し、従来の情報伝達の流れや社会的影響などが大きく変化してきている。特に、さらに最近はフェイクニュース、インフルエンサーやKOL(キーオピニオンリーダー)の存在なども、その変化を加速させている。
このような中では、リスクが起きうることも含めてそのリスクに対してより全体観をもって、どう対応し、その負の影響をできるだけ抑えて、そのリスクの解決を図っていく必要があるように感じる。他方で、実際の危機的状況において、そのようにリスクに対して全体観をもち、本来多くの要素のあるリスクに多面的に対応しているような実例があるということもあまり聞いたことがない。リスクに関するコミュニケーションにおける問題・課題は、今般のコロナ禍における日本の政府や政治家、専門家等の対応においても顕在化しているといえよう。
こんな中、そのようなリスク及び危機に柔軟に対応し、コミュニケーションできる人材を育成することを目指して、最近「一般社団法人日本リスクコミュニーション協会(Risk Communication Institute of Japan、RCIJ)」という組織が設立された。そこで、同協会の副代表理事の岡田直子氏にお話を伺った。
[設立趣旨について]
(鈴木) 「一般社団法人日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)」を設立した理由・趣旨について、まず教えてください。
(岡田直子氏) 今回のコロナ危機に代表される不測の事態が発生する中、企業や組織は有事の際のコミュニケーションの仕方一つで危機対応が奏功するか否かが明確になるということが露見したと思います。また、多くの企業・組織では防災活動に留まらず、積極的なBCP(事業継続計画)やBCM(事業継続管理)を取り入れる活動が加速しました。
このような中、日本国内の多くの企業・組織では、リスク管理・危機管理担当者と組織内の各部署の密接なコミュニケーションをコントロールしていける機能がまだまだ少ないのが現状です。
組織内でリスクコミュニケーションに携わる関係者は、経営者にはじまり、事業責任者、管理部門責任者、広報、人事、総務、法務、弁護士と多岐にわたります。しかし多くの場合、各部門は縦割りで構成されています。
それらの現状や必要性などを踏まえれば、どの組織においても、組織を俯瞰して情報の中心に立ち、組織内外のステークホルダーとのコミュニケーションを司るスキルを持つ人材が今まで以上に必要になると考えています。そのような人材育成の観点から、私たちは、「日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)」を設立することにしたのです。
[RCとは何か]
(鈴木) ご説明ありがとうございます。では、そもそも「リスクコミュニケーション(RC)」の意味は一体何なのでしょうか。ご説明いただけませんでしょうか。
(岡田氏) RCIJは、リスクコミュニケーション(RC)を、「有事の際に、迅速かつ適切に対応するための準備を進め、解決に導くために内部での情報収集と意思決定、外部への情報発信を行い、タイムマネジメントを意識した上でステークホルダーとの適切な意思疎通を図ること」と定義しています。
(鈴木) なるほど、リスクに対応していくために、組織の内外のステークホルダー全体に対して、タイムフレームも意識して、包括的に対応していくことなのですね。ところで、このRCは海外ではどうなっているのでしょうか。
(岡田氏) 海外では、リスクコミュニケーションについては日本より進んでいる印象を受けます。
その実例としてここでは、今回の新型コロナ危機の対応を見てみましょう。例えば、米国のCDC(疫病予防管理センター)では、有事の際には対策の仕方をまとめた「CERC=Crisis & Emergency Risk Communication」(危機と緊急時におけるリスクコミュニケーション)を公開しています。
CERCには、緊急時の対応のマニュアルも掲載されており、トレーニングコースも用意されています。緊急時にどのように対応すべきか、リスクコミュニケーションのスキルを持った人材の育成に取り組んでいます(注1)。
CERCのマニュアルのイントロダクションには、危機対応時の次の6つの原則が定められています(図「The Six Principles of CERC」(出典:CERCのHP)参照のこと)。
1. Be First (情報発信は迅速に行う)
2. Be Right (正しい情報を発信する)
3. Be Credible (信頼できる情報を発信する)
4. Express Empathy (人々へ共感を示す)
5. Promote Action (人々への行動促進をする)
6. Show Respect (敬意をもつ)
この原則からもわかりますように、緊急時のリスクコミュニケーションでは、情報の受け手が不安な状態の中、状況をいち早く理解し、迅速に正しい情報を誠実に発信していくことが大切です。
またその前提として、人々に敬意をはらうと共に、共感を示しながら、先頭に立って取るべき行動を促進していくことが重要なのです。
そのほか、最近の動向としては、ギリシアや中央・東ヨーロッパ諸国における新型コロナウィルスの初期対応への評価が高いことがあげられます。それらの国や地域は、西ヨーロッパと比べて、医療をはじめとした社会システムが強固でなかったわけですが、逆にそれだからこそ、国民などとのリスクに関するコミュニケーションを含めた初期対応が早く、感染者や死亡者が圧倒的に少ないのではないかという評価を得ています(注2)。
これらの点も踏まえて、当協会では、日本におけるリスクコミュニケーションにおける社会的力の向上や人材育成のために、海外ではどのような対応がなされているのかという点にも注目し、各国の有識者とオンラインでディスカッションできる環境も整えていきたいと考えています。
(鈴木) それは非常に興味深いですね。ヨーロッパのそれらの国・地域に関する情報は日本でもほとんど報道されていません。私も、全く知りませんでした。勉強になります。ぜひ、RCIJの方で、その研究・調査を行い、日本におけるリスクコミュニケーションにおける知見の向上に活かしていただきたいと思います。ところで、このRCと、できるだけ起きないように予防することも含めたリスク・マネジメント(注3)などのリスクや危機に関する他の用語との違いは何でしょうか。私のような素人にもわかるように説明いただけませんか。概念だけでなく、両者の手法やアプローチの仕方における違いも教えてください。
[RIと関連の用語や概念の違いは]
(岡田氏) 日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)を立ち上げる際、その点について慎重かつ厳格に考えてみました。特にネーミングについては考え抜きました。それは、この分野では様々な表現の仕方があり、その使われ方は混同されて利用されることが非常に多いからです。前にも申し上げたように、私たちは、「リスクコミュニケーション」を新しく定義しました(表「危機・リスクに関する用語の相違および比較」参照のこと)。
「リスクコミュニケーション」は、平時からリスクを洗い出して準備・対策を施し、有事の際には、タイムマネジメントを意識しながら対応し、各ステークホルダーに対してしっかりとコミュニケーションをとっていく一連の流れ全てを指します。「コミュニケーション」の要素が入った瞬間に、事前の準備とマネジメントをしておくことが前提となります。その上で緊急対応が発生したら、その対応を行い、さらに内外へどうやって伝えていくかというようなことの全ての要素を含んでいます。
[RCIJの目的やビジョン]
(鈴木) 関連する用語や概念等の相違がよくわかり、勉強になりました。ありがとうございます。ところで、話は変わりますが、RCIJの目的やビジョンは何でしょうか。
(岡田氏) “日本が世界一の危機管理先進国になる環境を創る” これが、私たちの協会のビジョンです。
ご存じのように、危機や有事の際には、国や企業に限らずあらゆる組織において、内外のステークホルダーと適切なコミュニケーションをとることが必要不可欠です。また、広く経営や事業・活動などを理解し、事業継続等にまつわるBCP、BCMの基礎知識を持ち、関係する各部門と連携できる人材を有する組織を増やしていくことは必要です。
そこで、私たちRCIJは、コミュニケーションを円滑にするスキルを持った人材の育成を通じて、危機や有事の場合を含めたあらゆる場面で、全ての人が安全にそして安心して、働いたり活動・活躍したりできる環境を創造していくことを考えています。
別のいい方をすれば、RCIJは、たとえ有事においても、慌てず迅速に力強く、柔軟でしなやかなコミュニケーションがとれる人材を育成することを主眼に置き、中長期的な日本社会全体の危機管理力の向上に寄与していきたいと考えています。
RCIJは、その目的やビジョンを実現していくための第一フェーズとして、リスクコミュニケーションに関する資格取得プログラムを提供していく予定です。
そのプログラムでは、受講対象者に、BCP・BCMのスキルと危機管理広報を中心に経営に関する各専門分野の知識を広く習得していただき、リスクに対するコミュニケーションスキルが身に付くようにしています。その認定資格を取得するための講座は、各分野の専門家を集めて実施します。講座開催までの間にも、公開や非公開のさまざまなセミナーなども実施していく予定です。
(鈴木) なるほど。RCIJは、かなり大きなビジョンをもって、コミュニケーションの面から、日本の人材や社会を変えていくことを考えているのですね。では、そのビジョン等を実現するための、組織体制や運営の仕組み・方針はどうなっているのか、教えてください。
[RCIJの組織体制や活動などについて]
(岡田氏) RCIJの組織体制は、一般社団法人として立ち上げ、理事を10名と監事1名により組織されています。
また、運営方針は、理事を中心に運営方針を考え運営していきます。理事のメンバーには、危機対応、リスクマネジメント、BCP/BCM、交渉術、SNS炎上の専門家、起業家、投資家、弁護士、企業広報などリスクコミュニケーションに関する各分野のトップランナーを揃えています。リスクコミュニケーションの分野に強い関心を持ち、新しい事例研究をし続けることのできるエキスパートで運営する体制を整え、長期的に組織運営していくことを目指しています。
(鈴木) ありがとうございます。では、RCIJが行う具体的な活動や特徴などについて教えてください。
(岡田氏) 短期的には、「eラーニングを中心としたセミナーの開催」、「RC(リスクコミュニケーション)技能認定講座と資格の提供」、「コミュニティの形成と運用」の3つが大きな柱になります。先日、開講記念セミナーを実施しましたが、大変多くの方にご視聴いただき高評価を得ました。今後も無料公開ウェビナーも積極的に実施していく予定です。時代が変わり、オンラインを中心に展開していくことが主流となりました。実施方法やコンテンツなど先駆けとなれるように、情報発信の強化をまずは実施していきます。
大きな特徴は、認定講座を展開することです。2020年9月25日から「RC技能認定第一種」という認定資格の講座を開講いたします。認定講座は、全部で3ステップ+1で設けております。
1. RC技能認定第一種(RCの基本スキルの取得)
2. 認定RCアドバイザー(対外的に有償でアドバイスできる実力の取得)
3. 認定RCエキスパート(講座の講師ができる実力の取得)
4. RC for Politics技能認定(政治家、議員秘書向けの特別版)
これらの講座情報はウェブサイトに詳しく掲載しておりますが、人材育成に当面は特化していくことが大きな特徴です。
さらに中長期的には、「海外とのコミュニティの連携」、「セミナーの企画・運営・実施」、「組織のグローバル化の実現」、その延長として「資格制度も海外と共通化」したいと考えており、それらのことを実現できる環境や土壌を整えることを考えています。
[RCIJの対象者とは]
(鈴木) 広がりがありそうですね。グローバル性や国際性も視野に入っている。ところで、RCIJの対象者は誰ですか。企業・組織、個人などですか。
(岡田氏) ご質問ありがとうございます。幅広くたくさんの方に興味を持って協会の会員になっていただきたいと考えています。
もう少し具体的に申し上げれば、次のような方々が主な対象者だと言えるかと思います。
・組織の中で、経営者と同じ視点で、危機管理に関するコミュニケーションのエキスパートを目指したい方
・広報、危機管理、リスク管理、人事、総務、法務、秘書などの担当者で新たなスキルを身につけたい方
・個人(コンサルタントや個人事業主等)、中小企業の事業継承予定者
・現在、または将来的に経営管理全般、バックオフィスの仕事に関わる仕事に興味のある方
・中小・ベンチャー企業の経営層、経営管理部門責任者で危機発生時のコミュニケーション人材発掘を考えている方
・議会議員、政治家、行政担当者
・外資企業広報担当、外国人留学生、学生
[RCIJで実現したいこと]
(鈴木) 非常に幅広いですね。それは、リスクコミュニケーションのスキルやリテラシーは、分野に関わらず、社会的に活躍する上での必須のものともいえるかもしれませんね。では、先にお尋ねした目的やビジョンにも関係しますが、同協会の活動を通じて実現したいことは何ですか。
(岡田氏) 日本が世界一の危機管理先進国になる環境づくりを目指して、“世界に通用するリスクコミュニケーションのエキスパートの育成と輩出”にチャレンジしてまいります。
ただ、残念なことに現在はまだ危機管理先進国になるためのスタート地点にやっと立ったところにすぎないと感じております。
まず「リスクコミュニケーション」という言葉が、企業や団体などで当たり前のように耳馴染む言葉となる環境を作っていくことが先決だと感じております。そのために「リスクコミュニケーション」について語れる人材を増やしていくこと。これが大事な方策となっていきます。
そのためにも、まずは日本にある良いサンプルはどんどん真似して、海外の事例も多く学ぶと共に、それと並行して失敗に学ぶ活動もしていく必要があると思います。
また、特に企業活動においては経営の基礎知識があることが前提です。リスク管理や危機管理とそれにまつわるコミュニケーションに必要なすべての専門家とやりとりできる幅広い知識を持ち合わせ、考え続けることのできる力のある人材を養うことが必要と考えています。そういった人材を育成していくことが第一歩であると認識しております。
道のりはまだ遠いですが一歩一歩着実にリスクコミュニケーションに関連する新たな課題に対して、徐々に協会としても見解を示していくこと、これも重要であると考えております。
[読者に伝えたいこと]
(鈴木) それでは、最後に読者等にお伝えしたいことがあれば。
(岡田氏) ぜひ私たちと共に、危機を好転するコミュニケーションを学びましょう。そして日本そして世界を、より安心・安全に過ごせる未来を作ることができればと考えます。昨今は、マスメディアのみならず、SNSやインターネット上での情報を総合的に見て自分自身で正しい情報を判断する必要性がますます出てきます。まずは自身で情報収集し、正しく理解して準備・対応をするための理論武装と実践の武器を身につけていただければと考えています。
(鈴木) お忙しいところ、ありがとうございます。RCIJや岡田さんの今後のご活躍を期待しています。
(注1)詳しくは、CDCの「緊急時の準備と対応…危機・緊急リスクコミュニケーション(CERC)」やそのマニュアルなど参照。
(注2)これらの動向については、次の資料を参照。
・「Why has eastern Europe suffered less from coronavirus than the west?(なぜ東ヨーロッパが西部よりコロナウィルスの被害が少ないのか)」 the Guardian 2020年5月20日
(注3)リスクマネジメント(risk management)とは、「危機管理のこと。将来起こりうるリスクを想定し、リスクが起こった場合の損害を最小限に食い止めるための対応をいう。これには、事前にリスクを回避するための措置と、起こった場合の補償等による対応という2つの側面がある。 もともとアメリカで保険の理論として展開されたのが始まり。 日本の企業においても、経営活動の多様化、国際化などによりその必要性が高まっている。」出典:ナビゲート(ビジネス基本用語集)
[対談者紹介]
岡田直子氏
神戸女学院大学英文学科卒業。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科にてMBA取得。企業内広報を経て独立。ベンチャーから上場企業、外資系企業まで幅広い分野の広報コンサルティングと実務サポートを実施。
コーポレートコミュニケーションを得意とする。米国ワシントンD.C.に支店、香港にPRパートナーを持つ。グローバルカンパニーの実績多数。国際PR協会(IPRA)会員。ローランド ディー.ジー.株式会社社外取締役。
[組織紹介]
RCIJでは、RCについて体系的に学び、RCのプロフェッショナルを生み出す環境を創り出すことで、企業、行政、政治家等、さまざまな組織のRC力の底上げに寄与してまいります。加えて実践プロセスを通じて、資格保持者一人ひとりが所属する企業、組織、団体の危機対応に対応できる能力を身につけることを目指します。日本が危機管理先進国になるために、リスクおよびクライシスマネジメントに携わる多くの皆様と相互にレベルアップする環境を創り、成功体験を積み上げることを繰り返すことが重要です。共に学びながら、日本社会全体の危機管理力向上を目指しましょう。※RC=Risk Communication/リスクコミュニケーション
名 称 :一般社団法人 日本リスクコミュニケーション協会(略称:RCIJ)
英 名 :Risk Communication Institute of Japan
事業内容:1. eラーニングを中心としたセミナーの開催
2. リスクコミュニケーション技能認定講座と資格の提供
3. コミュニティの形成と運用
設 立 :2020年7月6日
所在地 :東京都台東区雷門2-6-1 雷門ミハマビル 3F
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