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米朝会談 中身のないショー、再び「トランプ政権下、北朝鮮は核保有国として正常化」米専門家

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
3回目の会談を行ったトランプ氏と金氏。両者の本当の思惑はどこにあるのか?(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ氏の呼びかけツイートで突然行われた米朝会談。

 トランプ氏は「歴史的で、伝説になる」と自賛しているが、アメリカの報道を見ると、“写真撮影だけの、中身のないショーだった”という主旨の専門家の見方が散見される。

「非核化交渉や非核化の合意、平和条約に結びつけば歴史的出来事と言えるでしょう。そうでなければ、ただのいい写真やショーに過ぎないのです」(ジョージ・W・ブッシュ政権下、アメリカ国家安全保障会議アジア部長を務めたビクター・チャ氏)

「2人は世論には強く訴えるが、中身は弱いものを求めていた」(国民大学校教授のアンドレイ・ランコフ氏)

「突然の米朝会談は非核化を少しも前には進めないでしょう。非核化には実務者レベルの交渉が必要であり、権利を濫用し、核兵器を作っている北朝鮮の独裁者との写真撮影など必要ないのです」(ヘリテージ財団のオリビア・イーノス氏)

「トランプは会談は行ってきたが、実際、何の結果も出していない」(民主党大統領候補で上院議員のエイミー・クロブチャー氏)

 確かに、今回の会談は、状況を“アメリカと北朝鮮の交渉チームが実務的な交渉を始める”というシンガポール会談後に舞い戻しただけで、それ以外は何も提示されずに終わってしまった。トランプ氏は、北朝鮮の土を現役の大統領としては初めて踏むという歴史的なショーをしてみせたにもかかわらず、実質が伴わなかった感が否めない。

 もっとも、それもやむないだろう。トランプ氏と金氏は、過去の米朝首脳会談を通じて、米朝首脳会談=ショーという等式を確立してしまったからだ。残念ながら、ショーに実質を期待する方が愚かだと考えた方がいいような、皮肉な状況が生み出されてしまっている。

核保有国として正常化

 今後行われるという両国の交渉チームによる実務者レベルの交渉も本当に期待できるものになるか疑問だ。

 アメリカ側は交渉をリードする人物について言及したが、北朝鮮側は誰が中心になって交渉を行うかはっきりさせていないからだ。北朝鮮側のやる気が疑われるが、もともと、やる気はないのかもしれない。多くのアナリストが北朝鮮は核を放棄する気などないどころか、秘密裡に核開発を進めていることを指摘している。トランプ氏もそれを認識しているのではないかと思われる。

 ソウルの国民大学校教授のアンドレイ・ランコフ氏がワシントン・ポスト紙でこう話している。

「トランプは、北朝鮮の非核化について、以前ほど頻繁には強調しなくなりました。彼はやっと非核化は非現実的なことだと気づいたのでしょう。核問題の解決(非核化)ではなく、核の管理に唯一の可能性があることに気づき始めたのです」

 また、オバマ政権下、アメリカ国家安全保障会議に従事していたサマンサ・ヴィノグラード氏は、ロサンゼルス・タイムズ紙でこう指摘している。

「南北非武装地帯で、何の前提条件もなく金氏と握手をすることで、トランプ氏は現状維持、つまり、長距離ミサイル実験や核実験をしない現状が現時点では成功であるというシグナルを送ったんです。しかし、北朝鮮は核兵器を持っています。金氏には非核化する理由は何もありませんが、制裁緩和のためにトランプをプッシュする理由は十分にあります。トランプ政権下、北朝鮮は、正常化された核保有国になっているのです」

 つまり、ランコフ氏もヴィノグラード氏も、トランプ氏は、目標を「北朝鮮の非核化」から「北朝鮮の核の管理」へと移行させたとみている。トランプ氏は北朝鮮を核保有国として黙認し始めたということか。

 このことは、今回、金氏との会談後、トランプ氏がした発言からもうかがい知ることができる。

「私たちは急いでいない。それぞれの会談が(非核化という)結果を導くプロセスの一部だ」 

とトランプ氏は言及したが、「急いでいない」というのは非核化が進んでいないことの言い訳というより、すでに非核化をあきらめた発言のようにも聞こえる。

 また、「制裁は続くが、交渉のある時点で、制裁を解除することを楽しみにしている」と制裁解除の可能性までチラつかせた。

 トランプ氏が、ハノイの会談の時とは打って変わり、ソフトな姿勢に転じたのは、北朝鮮を核保有国として暗に認めてしまったからなのか?

オバマ氏は金氏に会いたがっていた?

 それにもかかわらず、金氏に突如会談を持ちかけたのは、来年の大統領選のことで頭がいっぱいだったからだろう。実際、G20の時から、トランプ氏はアメリカで行われていた民主党大統領候補のテレビ討論会が気になって仕方ない様子を見せていた。

 トランプ氏としては、来年の大統領選を控え、「失敗した」と批判されたハノイの米朝首脳会談以降決裂状態にあった北朝鮮との関係を回復させることで、非核化努力をしていることを米国民にアピールする必要があった。実際、金氏との会談後のインタビューでは「ハノイの会談は失敗ではなかった、結果に至るためのプロセスの一つだ」と言って批判を打ち消した。

 そして、金氏との良好な関係をこうアピールした。

「北朝鮮に足を踏み入れたことを名誉に感じています。たくさん凄いことが起きている。私たちは会った1日目からお互いに気に入りました。それはとても重要なことでした。私たちは非常に良い関係を構築してきました。そしてお互いによく理解し合っています。彼は私を理解していると思うし、私もたぶん彼を理解していると思う。そんな理解は時に、非常に良いことを生み出すのです」

 また、トランプ氏は、前大統領のオバマ氏の名前を持ち出し、彼の政策を批判することも忘れなかった。

「オバマ氏は金氏に会いたがっていたが、北朝鮮のリーダーは彼のリクエストに応じなかった」

 もっとも、これは嘘であるようだ。オバマ氏の外交政策アドバイザーによると、オバマ氏は金氏に会いたがってはいなかったという。

 トランプ氏はオバマ氏を批判することで、自分のライバルになるであろう、民主党最有力大統領候補のジョー・バイデン氏に矛先を向けたかったのかもしれない。バイデン氏はオバマ氏の政策を踏襲しているからだ。

 また、自分のおかげで、以前とは世界が一変したこともアピールした。

「シンガポールでの会談以前は、大きなコンフリクトがあった。大きなコンフリクトや死があった。しかし、今は非常に平和になった。全然別の世界になったのだ」

 自分が「ロケット・マン」などと金氏に暴言を吐いてコンフリクトを起こした張本人であることを棚に上げて、何とおめでたい発言であることか!

15ヶ月間同じショーが繰り返される?

 今回の会談は、ひとえに、トランプ氏が大統領選を見据えて賭けに出た、PRのための自画自賛ショーだったように思われる。賭けに出たというのは、金氏が南北非武装地帯に現れなければ、逆に、トランプ氏は世界に大恥を晒すことになったからだ。

 しかし、トランプ氏は金氏は現れると踏んだ。金氏もまた、トランプ氏同様、ハノイの会談の失敗で、面目を失っていることがわかっていたからだろう。結局のところ、この会談は、面目を失っていた2人の指導者が面目を取り戻すためのショーに過ぎなかったのではないか。

 マサチューセッツ工科大学のヴィピン・ナラング教授の的を射た皮肉が苦笑いを誘う。

「リアリティー・ショーは効果的な実務者レベルの交渉に繋がれば価値があります。しかし、繋がらなければ、我々は、これから15ヶ月間、同じショーを見続けることになるでしょう」

 来年の選挙まで、同じショーは何度も繰り返されて行くことになるかもしれない。

参考記事:

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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