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才能を目撃する興奮がここにある!韓国ノワールの新たな傑作『名もなき野良犬たちの輪舞』

杉谷伸子映画ライター

韓国ノワールのファンならずとも、桁外れな魅力に興奮せずにいられない傑作です。

ビョン・ソンヒョン監督作『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』が描くのは、裏社会で生きる男たち。

誰も信じずに生きてきた犯罪組織のナンバー2、ジェホ(ソル・ギョング)が、服役中に出会った若者ヒョンス(イム・シワン)と固い絆で結ばれ、野望を胸に、非情に突き進んでいくのですが、やがてその関係にも不穏な影が迫りはじめる…。(韓国語が表示できないので原題は記載していませんが、直訳すると『不汗党:悪い奴らの世界』。「不汗党」は、「ならず者」「恥知らずな行動をする者」の意)

ノワールの王道的なストーリー展開ですが、iPhoneで撮影された冒頭シーンからハードボイルドななかに乾いたユーモアを交えた作品は、時間軸が交錯しまくる今どきなスタイル。

出所するヒョンスをジェホが真っ赤なコンバーチブルで派手に出迎えにくるシーンを皮切りに、2人の刑務所での出会いや、彼らが抱えるそれぞれの事情が、複数の時間軸を交錯させて描きながら解き明かされていく。テンポもよければ緊張感にも溢れているストーリーテリングによって、登場人物たちの背景のみならず内面も次第に解き明かされ、どんどん興奮を高めていくのです。

その編集のかっこよさ! 

服役中の出来事で固い絆で結ばれたヒョンスとジェホだが…
服役中の出来事で固い絆で結ばれたヒョンスとジェホだが…

その骨太なストーリーを綴る映像がまた、スタイリッシュ。

刑務所内で絶対的な権力を持つジェホをレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』のキリストになぞらえたシーンをはじめとして、洗練された構図やカメラワークが、男臭い血みどろの世界の非情さをよりいっそう際立たせる。『新感染 ファイナル・エクスプレス』のアクション監督ホ・ミョンホンが手がけたハードなアクションも、その映像美とあいまって生々しいのにスタイリッシュ!

とはいえ、スタイリッシュな映像が意味を持つのは、そこに生きる男たちのドラマがしっかり描かれているから。そして、その物語に血肉を与える役者たちの存在が力強いからこそ。

『殺人者の記憶法』のアルツハイマーの殺人者とはうってかわり、組織のナンバー2の切れ者を甲高い笑い声で印象的づけるソル・ギョングの男ぶりにも惚れぼれせずにいられませんが、韓国を代表するこの名優と対峙するイム・シワンがまた出色。

ジェホはヒョンスに「人を信じるな。状況を信じろ」と諭す。ハードボイルドな名言も誕生。
ジェホはヒョンスに「人を信じるな。状況を信じろ」と諭す。ハードボイルドな名言も誕生。

予告編でも明かされていますが、実はヒョンスは警察の潜入捜査官。しかし、本作は彼がその事実を隠し通せるかを描くサスペンスではありません。その事実をジェホとヒョンスが共有していることによって生まれるドラマに、サスペンスがあるのです。

潜入捜査官と組織幹部の絆を描いた韓国ノワールの傑作『新しき世界』や、トニー・レオンが潜入捜査官を演じた香港ノワール『インファナル・アフェア』では、同年代のスター同士が共演していたのに対し、本作は年齢も役者としてのキャリアも違うソル・ギョングとイム・シワンの共演。

しかも、誰も信じずに生きてきたジェホが、息子ほど年の離れたヒョンスにだけは「人を信じるな。状況を信じろ」という自身の信条が揺らぐものを感じてしまう。ヒョンスという役は、それだけの何か特別なものをジェホに感じさせる純粋さやジェホへの信頼を、観客にも信じさせると同時に、ヒョンス自身のなかで生まれる警察組織への疑念や絶望も体現しなければならない難役。この作品の成否がかかっているといっても過言ではない役どころです。

青年の純粋さから組織の一員としての苦悩まで、さまざまな体現する、イム・シワン。
青年の純粋さから組織の一員としての苦悩まで、さまざまな体現する、イム・シワン。

イム・シワンはその難役を見事に生ききって、俳優としての並々ならぬ才能を見せつけます。

ボーイズグループZE:Aのメンバーである彼が演じるヒョンスは、ジェホに「おまえはアザまできれいだ」と言わしめる美青年。少年の面影すら残す端正な顔立ちはこうした裏社会の男臭いドラマを演じるには不利なはず。そもそも、美しい顔立ちというのは表情の陰影に欠ける印象を与えがちなものですが、イム・シワンはそのきれいな顔に、驚くほど深い苦悩や絶望を滲ませます。虚ろな眼差しにいたっては、彼を襲う闇の底知れない深さを感じさせるほど。

軍事政権下での実際の冤罪事件をモチーフにした『弁護人』では理不尽な拷問を受ける大学生をリアルに演じて確かな演技力を見せた彼ですが、スタイリッシュなハードボイルドでクールな美しさをたたえつつ、絶望や苦悩を瞳に宿らせている。

これまでも俳優として高い評価を得てきたイム・シワンの才能が、本作でさらに大きく開花している。その瞬間を目撃する興奮がここにはあります。

本作が兵役前最後の出演作となったイム・シワンの除隊後の活躍が今から楽しみになるとともに、監督第3作にして初めて挑んだノワールでものすごい傑作を撮ったビョン・ソンヒョンがお気に入りの監督になる人も多いはず。

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配給:ツイン

『名もなき野良犬の輪舞』

5月5日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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