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東出昌大のドキュメンタリー、なぜ今? どう受け止められるべきか。作り手の真の目的はどこに

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画『WILL』より

なぜ今、この人のドキュメンタリーが作られたのか……。俳優・東出昌大

私生活の問題でメディアを大きく騒がせ、事務所から独立。TVドラマで彼の姿を見かけることはなくなったが、インディペンデント系の映画、舞台では俳優として活動を続けている。いや、むしろ近年、とくに日本映画界では東出は欠かせない存在になったとも言える。『Winny』『福田村事件』といった最近の出演作からは、明らかに演技者としての進化が見てとれ、役をオファーしたくなる監督の気持ちもよくわかる。

とはいえ、劇場公開のドキュメンタリー映画が作られるほどの人か? 東出昌大には、もうひとつの“顔”がある。それは狩猟者=ハンター

ガスや水道もない北関東の山奥で、自ら仕留めた動物を食し、地元の住民と交流する。その部分をフィーチャーし、2024年の今、強力なメッセージも伝えることで、ドキュメンタリーとしての大きな意義を持ち得たのが『WILL』だ。

東出昌大のニュースが出ると、今でもネットやSNSでは賛否の書き込みが湧き上がっている。何かと渦中におかれる東出昌大を、このようにドキュメンタリーで撮れば、いわゆる“炎上”系も含め、話題になるだろう……などという、ちょっと皮肉な視点を監督にぶつけてみた。

炎上騒ぎに乗っかる人にこそ観てほしい

エリザベス宮地監督。BiSHの『ALL YOU NEED is PUNK and LOVE』、MOROHAの『劇場版 其ノ灯、暮ラシ』といったドキュメンタリー映画や、多くのアーティストやバンドのミュージックビデオを手がける。

「でっくん(東出昌大)のニュースが出るとつねにネットが炎上しがちですが、僕は真実を知っていますし、誤りのある記事があまりに多いので、歯がゆい気持ちでいます。今こうして映画(『WILL』)の公開が近づいていますが、でっくんの記事が何万もリツイートされ、その炎上騒ぎに乗っている人に、ぜひ観てもらいたいです。今のこの社会って、報道されることの真偽を考えない人が増え続けていますよね。もっとメディア・リテラシーの土台が作られるべきでは……など、いろいろ考えさせられます」

宮地監督が今回のドキュメンタリーを作ろうと思ったとき、すでに東出昌大はスキャンダルの渦中にあった。リスクを考えて、迷ったりしなかったのだろうか。しかし元をたどれば、最初のきっかけは東出ではなく、別の“対象”だったという。

「もちろん迷いはありました。でもその迷い以上に、東出くんへの興味が上回ったのも事実です。本作のきっかけは、写真家の石川竜一さんが雪山で撮った鹿の内臓の写真。それにショックを受け、ずっと心に残ったことで、狩猟への興味が募っていきました。そして服部文祥さん(サバイバル登山家)から東出くんが狩猟をしていることを聞かされたのです。服部さんのような人は、自分なりの揺るぎない答えを言語化できます。でも東出くんは、なぜ狩猟をするのか。それが本人もわかっていないようであり、同じく当時の僕もコロナ禍ということでいろいろもがいている時期で、では一緒に考えて答えを出したい……というのが本作の原点ですね。もちろん役者としての東出くんを評価していましたが、別に彼の人生を追いたいとまでは思わなかった。あくまでも“狩猟”がきっかけです」

生活に密着。どこを撮っても良かった

一方で東出昌大は、この映画の依頼をすんなり受け入れたのか。2021年10月、事務所の退所が決まったタイミングで、彼の方から宮地監督に連絡をして、「撮る」という決断になった。同年11月に始まった撮影は、猟期における狩猟の生々しい現場はもちろん、東出の日常生活に寄り添うことになる。俳優としての彼しか知らない人には、見たことのない素顔と言葉が散りばめられ、新鮮な感動をもたらすだろう。

「最初は狩猟仲間もいなくて一人で暮らしていた彼が、その意思を分かち合える人と出会う。その喜びは、撮りながら共有していきました。『ここは撮らないで』というNGもなかったのですが、カメラを向けると誰でも素(す)の部分が消えますから、では本当の素顔が撮れたかと聞かれれば、自信はありません。胸の内をすべてさらけ出したわけではなく、映画では描ききれていない部分もあるでしょう。また、でっくんを好きになり過ぎるとカメラを回せなくなるので、そこも線引きして冷静に向き合っていました」

聞けなかったかもしれない、本当の胸の内──。そこを補完するうえで、宮地監督は「MOROHAの音楽、その歌詞が重要な役割を果たしている」と話す。その理由は、ぜひ本編で確かめてほしいが、ドキュメンタリー映画としての非常に効果的な作りだ。

エリザベス宮地監督(撮影/筆者)
エリザベス宮地監督(撮影/筆者)

対象を美化するだけでなく、いわゆる“黒歴史”となった過ちが言及される部分も出てくるが、東出昌大本人は、編集した作品を観て、基本的にOKだったという。宮地監督は「素顔が撮れたかどうか」と語るが、これほどまで一人の俳優の“人と、なり”が映し出された作品は珍しい。そして、この映画が世に出ることによって、大げさな言い方をすれば、俳優・東出昌大の今後の人生を変える可能性もある。

「俳優が狩猟をしている。そこを描くことは、ある種のタブーです。動物愛護の面などで広告の仕事がなくなるリスクがありますから。たしかにこの映画によって、いろいろな影響は出るでしょう。ただ、東出くんしかできない役が、これまでより舞い込むんじゃないでしょうか。他に誰一人、彼のような立ち位置の俳優はいませんし、これまでもいなかった。ですから彼にしかできない演技があるはず。これは、あくまでの僕の願望ですけれど……」

この『WILL』を観ると、東出昌大という一人の人間が、なぜ周囲に受け入れられ、愛されるのかも納得できる。

「でっくんは映画のカメラに愛される人。そこにいるだけで映画の香りがする。こうした狩猟のドキュメンタリーも、彼だからこそ成立した」と、エリザベス宮地監督も吐露する。

一人の俳優が背負った過去の問題と報道のあり方。さらに狩猟から見えてくる人間と自然の関係……と、現代社会を生きるわれわれが、ひとつの知識として持ち得るべき内容も詰まっている『WILL』。できるだけまっさらな気持ちで向き合えば、あなたの意志=WILLも少しだけ変わるかもしれない。

MOROHAのライブシーン、その歌詞が東出昌大の心情と重なった瞬間、思わぬ感動が訪れる。
MOROHAのライブシーン、その歌詞が東出昌大の心情と重なった瞬間、思わぬ感動が訪れる。

『WILL』

2月16日(金)より、渋谷シネクイント、テアトル新宿ほかにて公開

(c) 2024 SPACE SHOWER FILMS

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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