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W杯連覇中の南アフリカ代表選手はなぜ日本を選ぶのか。制限か緩和か-ラグビー強豪国の代表資格を考察する

斉藤健仁スポーツライター
2023年、ラグビーW杯で連覇を達成した南アフリカ代表(写真:REX/アフロ)

12月に開幕する、4シーズン目を迎える「NTTジャパンラグビー リーグワン」。もう強豪国の世界的選手の加入はない……と思っていた矢先の10月8日、「スプリングボクス」こと南アフリカ代表22キャップのWTB/FBカートリー・アレンゼが、昨季1部で9位だった三菱重工相模原ダイナボアーズに加入することが新たに発表された。

WTB/FBアレンゼはチームを通して「ダイナボアーズへの加入がとても楽しみで、ダイナボアーズのような素晴らしいチームを代表してプレーできるチャンスを頂きとても光栄に思っています。私を信頼してこのチャンスを与えてくれたコーチや会社に感謝しており、チームの成功のために全力を尽くしたいと思います。フィールドの内外で貢献し、ダイナボアーズのファンの誇りになれるように頑張ります。一緒に今シーズンを特別なものにしましょう!」とコメントした。

◇今季は23年W杯優勝メンバーが10人日本でプレーする

アレンゼの加入により、今季のリーグワンには2023年ラグビーワールドカップの南アフリカ優勝メンバーのうち、実に10人がプレーすることになった。

すでに在籍していたHOマルコム・マークス(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)、LO /FLフランコ・モスタート(三重ホンダヒート)、FLピーターステフ・デュトイ(トヨタヴェルブリッツ)、FL/NO8クワッガ・スミス(静岡ブルーレヴズ)、SHファフ・デクラーク(横浜キヤノンイーグルス)、CTBジェシー・クリエル(横浜キヤノンイーグルス)、CTBダミアン・デアリエンデ(埼玉パナソニックワイルドナイツ)、WTBチェスリン・コルビ(東京サントリーサンゴリアス)の8人に加え、今季入団したNO8ヤスパー・ヴィーゼ(浦安D-Rocks)、そして昨日加入が発表された相模原のWTB/FBアレンゼだ。

2019年のワールドカップの優勝に貢献したLOルード・デヤハー(埼玉パナソニックワイルドナイツ)も2022年から日本でプレーしている。またトップリーグ時代からLOエベン・エツベス、SOハンドレ・ポラード(ともにNTTドコモ)、SHフーリー・デュプレア、FL/NO8スカルク・バーガー(ともにサントリー)、NO8デゥエイン・フェルミューレン(クボタ)、CTBルカニョ・アム(神戸製鋼)など、多くのスプリングボクスが日本でプレーしてきた。

2015年のワールドカップの時点では、南アフリカ代表はスコッド31人中12人が海外のクラブに在籍し、大会後の2016年は若手も含め多くの選手が国外に移籍した。そこで2017年に、当時指揮を執っていたアリスター・クッツェーHCの時に海外クラブ所属の場合30キャップ以上持つ選手以外は代表に招集しないというルールを決めた。しかし、ワールドカップイヤーの2019年になり、指揮官がラシー・エラスマスになると主に経済的理由からそのルールを撤廃した。

20年以上前にラグビーがプロ化して以来、国内に選手を確保する方法について頭を悩ませてきたが、結論から言えば、南アフリカ(の貨幣である)ランドは弱すぎて、南アフリカのラグビー市場は小さすぎて競争できない。南アフリカの選手は、スプリングボクスでワールドカップ優勝を果たすよりも、日本で2か月の契約を結んだ方が多く稼げる。それが現実だ」(エラスマス)

そこで当時イングランドのセール・シャークスでプレーしていたSHデクラークらが招集可能となり、結果的に2019年のワールドカップで南アフリカ代表は優勝を果たした。そしてワールドカップ前の2022-23シーズンは約4割のスプリングボクスが日本でプレーし、2023年フランス大会は見事にワールドカップで連覇を果たした。

相模原に加入したWTB/FBアレンゼ(チーム提供)
相模原に加入したWTB/FBアレンゼ(チーム提供)

◇南アフリカ代表選手が日本を選ぶ理由とは?

2015年ワールドカップ後にNTTドコモで1シーズンプレーし、2019年ワールドカップ後に再び来日し横浜キヤノンイーグルスでプレーを続けるCTBクリエルは「日本では家族と過ごす時間を長く取ることができる。日本のクラブでプレーする選手は家族連れも多いし、家族が日本で暮らすこともまったく問題ない。それは選手にとっても大きなことで、家族の大切さを改めて認識するともできるし、スプリングボクスの選手にとって日本は本当に魅力的な場所となっている。

もちろん、ラグビーでもリーグワン自体はとても競争が激しくなっていて、世界最強のリーグの一つになりつつある。スプリングボクスだけでなく、オールブラックスやワラビーズからもたくさん選手が来ていますよね。リーグワンのレベルの高さから、これからさらに多くの選手がここに来て日本でラグビーをすることになると思います」と日本でプレーする魅力を語っていた。

また、イングランドでのプレー経験もある三重のLOモスタートは「日本の高いレベルでプレーを続けられることは非常に良いことです。ヨーロッパでプレーしている選手も多いですが、ヨーロッパのリーグは試合数が多いので、シニアの選手には体力的に厳しい部分がある。でもフィジカリティもスピードもヨーロッパと日本のリーグではレベルの違いはない。さらにリーグワンのカレンダー的にも代表活動にかなっています」とリーグワンの試合数やシーズン時期も適していると説明してくれた。

また、2人とも、日本のリーグワンで多くのスプリングボクスの選手がプレーすることはコミュニケーション面でも密になるので、結果的に南アフリカ代表に良い影響をもたらしていると口をそろえた。当然、日本でプレーする選手の間では、通信アプリ「WhatsApp」で情報を共有しているという。

いずれにせよ、リーグのレベルやコーチングのレベルが高い、試合数に対してサラリーが高い、治安が良い&移動も少なく家族と十分な時間が取れる、代表の活動シーズンとリーグの期間が被らないなどの理由により、現役の南アフリカ代表選手たちが日本のリーグワンでのプレーを選んでいるというわけだ。

8月から9月に行われた「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」の優勝に貢献したCTBクリエル
8月から9月に行われた「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」の優勝に貢献したCTBクリエル写真:REX/アフロ

◇南アフリカ以外の南半球の強豪の事情は?

一方、同じ南半球の強豪である「オールブラックス」ことニュージーランド代表や「ワラビーズ」ことオーストラリア代表には自国のリーグ、すなわちスーパーラグビーでプレーしていないと原則代表でのプレーは認めていない。

ただワラビーズは例外的ルールを2015年から導入している。日本のサントリーなどでプレーした万能BKのマット・ギタウのケースから派生したため、いわゆる「ギタウ・ロー(Giteau Law)」と呼ばれており、スーパーラグビーで7シーズン以上かオーストラリア代表で60キャップ以上プレーした選手であれば、代表でプレーできることになった。

さらに2022年からはスーパーラグビー5シーズン以上または代表30キャップ以上とルールが緩和されたが、現在も3人以内という制限が設けられている。また現在、海外でプレーする選手でも、翌シーズン以降2年間オーストラリア協会とスーパーラグビーチームと契約を結べば、すぐにテストマッチでプレー可能だ。

ちなみに「サイクロン」ことWTBマリカ・コロインベテはこのルールに当てはまる選手として、リーグワンの埼玉パナソニックワイルドナイツに在籍しながら、ワラビーズでプレーしているひとりだ。

一方で、オールブラックスはニュージーランド協会と契約し、自国のスーパーラグビーで契約している選手以外は代表でのプレーを認めない方針を変えていない。ただ長年、ニュージーランド代表でプレーしている選手には、契約を延長する際に「サバティカル(休暇)」という形で、多くは1シーズン限定で、海外でプレーを認める場合がある。

昨シーズン、神戸でプレーしたFL/NO8アーディ・サヴェアやトヨタやサントリーでプレーしたSO/FBボーデン・バレットらがそうであり、ニュージーランド協会との契約内で1シーズン、リーグワンでプレーし、シーズンが終わった後はニュージーランドに戻った。

その一方、昨シーズン、東芝ブレイブルーパス東京を14年ぶりに優勝に導いたSOリッチー・モウンガらは日本のクラブと複数年契約を結んでいるため、現在のルール上では、オールブラックスでプレーすることはできない。ニュージーランドでも度々議論は起こっているが、今のところ変わる可能性は低いと見られている。

なおアルゼンチン代表は「ハグアレス」がスーパーラグビーから撤退して以降は、制限を完全に廃止しており、ベテランのFLパブロ・マテーラが三重でプレーしている。

昨季、ヴェルヴリッツでプレーしたSOバレットは1シーズンでNZに帰国した
昨季、ヴェルヴリッツでプレーしたSOバレットは1シーズンでNZに帰国した写真:REX/アフロ

◇北半球の強豪国の事情は?

最後に北半球の強豪国の事情も見ていきたい。アイルランド代表やイングランド代表は自国のリーグ在籍者に限定しているが、イングランド代表は近年プレミアシップのクラブの財政難もあり、2023年ワールドカップでキャプテンを務めたSOオーウェン・ファレルがフランスのラシン92に加入するなど、選手の海外移籍の流れが顕著である。

そこでイングランド協会は「世界トップクラスのイングランドチームと活気あるプロリーグの創出」を目的とした計画の一環として、プレミアシップの各クラブに1シーズンあたり、トータルで計3,300万ポンド(約64億円)を支払い、25人の選手とクラブと協会とでハイブリッドで「強化選手」契約を結ぶことを決めたという。現在イングランド代表主将を務めるHOジェイミー・ジョージやLOマロ・イトジェ(ともにサラセンズ)はこの契約に合意していると報道されている。

ウェールズ代表は2017年から60キャップ以上の選手は海外クラブにいても招集できることになっていたが、2023年から25キャップ以上と大幅に条件を緩和している。なおスコットランドとイタリアでは、日本同様に代表選手が海外でプレーすることに制限はないようだ。

フランス代表もTOP14をはじめとする国内プロリーグに所属している選手が代表資格を持つが、それに加えて、当時のベルナール・ラポルト会長は2016年末以降に、初めてフランス代表に招集される選手にはフランス国籍を保有することを義務付けた。だが、2023年1月にラポルト会長の任期が終わると、そのルールも消滅し、今年のシックスネーションズではサモア国籍のLOポゾロ・ツイランギが招集されている。

今季からフランスのラシン92でプレーするSOファレルは現状、イングランド代表でプレーはできない
今季からフランスのラシン92でプレーするSOファレルは現状、イングランド代表でプレーはできない写真:REX/アフロ

◇今後、規制は制限されるのか、緩和されるのか

かつて東京サントリーサンゴリアスで、そして昨シーズンはトヨタヴェルブリッツでプレーしたオールブラックスのSO/FBバレットはこう話していた。

リーグワンはいろんな国から選手が来ているので、より多くのプレースタイルを知ることができた。そういう、いろいろな国のラグビーを学んで、ニュージーランドに持ち帰ることができるかな。それは、南アフリカの強さにも繋がっている。南アフリカの選手はいろいろな場所でプレーすることができているので、そこが南アフリカのラグビーの奥深さが増した理由なのではと、考えています。彼らはいろいろなラグビーの良い部分を集約してチームを作っています

国外でプレーする選手の代表資格を制限するのか、緩和するのか--。各国協会の判断はまちまちだが、南アフリカ代表が2019年、2023年とワールドカップで連覇を果たしたことを考慮すると、少しずつ緩和の方向に流れていくのかもしれない。

スポーツライター

ラグビーとサッカーを中心に新聞、雑誌、Web等で執筆。大学(西洋史学専攻)卒業後、印刷会社を経てスポーツライターに。サッカーは「ピッチ外」、ラグビーは「ピッチ内」を中心に取材(エディージャパン全57試合を現地取材)。「高校生スポーツ」「Rugby Japan 365」の記者も務める。「ラグビー『観戦力』が高まる」「ラグビーは頭脳が9割」「高校ラグビーは頭脳が9割」「日本ラグビーの戦術・システムを教えましょう」(4冊とも東邦出版)「世界のサッカー愛称のひみつ」(光文社)「世界最強のGK論」(出版芸術社)など著書多数。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。1975年生まれ。

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