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「SOモウンガ(東芝)こそ横浜でプレーすべきだった」 NZ記者に聞いたラグビーNZ代表の代表資格問題

斉藤健仁スポーツライター
ハカを披露したオールブラックス。しかしモウンガの姿はなかった(撮影:斉藤健仁

10月26日(土)、神奈川・日産スタジアムでラグビー日本代表は、「オールブラックス」ことニュージーランド代表に挑んだ。日本代表は前半の途中までは12-14と善戦したが、6連続トライを許して19-64と大敗した。

しかし、横浜のピッチに、2023年ワールドカップでオールブラックスの10番を背負い、昨季、東芝ブレイブルーパス東京をリーグワン初優勝に導いたSOリッチー・モウンガの姿はなかった。

ブレイブルーパスでプレーするSOモウンガ(撮影:斉藤健仁)
ブレイブルーパスでプレーするSOモウンガ(撮影:斉藤健仁)

この試合を渡日して取材していたニュージーランドの新聞「THE NZ HERALD」のグレガー・ポール記者は「本来ならこの試合は、日本でプレーしているSOモウンガこそがオールブラックスとして出るべきだった」と嘆いた。

リッチー(・モウンガ)の日本での活躍は、NZのジャーナリストも選手も、誰もが注目している。なぜなら、彼がリーグワンでプレーしているレベルは明らかに高いからだ。さらにかつてクルセイダーズで指揮官を務めていたトッド・ブラックアダーが率いているチームで、リーグワンにいる世界クラスの選手たちとプレーしている。リーグはしっかり管理されているし、試合数も多すぎず、ケガ人も少ない。今ではスケジュールもうまく合っているし、長距離フライトではあるが、たった1回のフライトだ。NZだと、どこに行くにもすべてが2回のフライトになる」(ポール記者)

ただSOモウンガはブレイブルーパスと3年契約を結んでおり、NZ協会と契約してスーパーラグビーでプレーしていないため、オールブラックスの試合に出られない。

現状、オールブラックスの選手が日本を含めた国外でプレーするには厳しい条件が課されている。オールブラックスとしてプレーするにはNZ協会との契約が必要だが、その契約の中で1年間限定の「サバティカル」といった形で国外のリーグでプレーすることが可能だ。

ただ、契約を結べばいいわけではなく、NZ協会と4年の契約が必要で、さらにサバティカルの条項を契約に入れることを求められるのは、オールブラックスとして70キャップ以上を持つ選手に限られている。モウンガは現状44キャップのため、NZ協会と契約する中で、サバティカルを用いて海外でプレーすることはできなかった。

昨季、ブレイブルーパスを優勝に導き、リーグMVPに輝いたSOモウンガ(撮影:斉藤健仁)
昨季、ブレイブルーパスを優勝に導き、リーグMVPに輝いたSOモウンガ(撮影:斉藤健仁)

ポール記者は2019年に日本でワールドカップが開催され、2022年からリーグワンが始まった日本ラグビーの印象について、こう語る。

10年ほど前は、ニュージーランドでは日本のラグビーの質がニュージーランドやスーパーラグビーと同じレベルにあるとは思っていなかった人が多かった。2019年のワールドカップ以来、我々は日本のラグビーを見てきた。

スーパーラグビーのレベルが下がり、日本代表が台頭し、今では多くの選手が日本でプレーしたいと思っている。生活水準が高く、素晴らしい国だからだ。サラリーもいい。多くの優秀なコーチもいる。それらすべてが、ニュージーランド国内の経済的な問題やさまざまな事情と組み合わさり、ますます多くの選手が来日したいと望むようになった

他の強豪国と違い、自国でプレーする選手しかオールブラックスでプレーできない現状に、多くのNZメディア、そしてファンは「もっと多くの選手たちにチャンスを与えるべきだ」と考えているという。さらに、ポール記者は「医療の面でも日本でプレーするメリットは高い」と加えた。

SOボーデン・バレットはアキレス腱のケガを4年間、抱えていたが、NZでは誰もそれを治せなかった。(昨季在籍した)トヨタヴェルブリッツの理学療法士の魔法の手によってそれが治った。だから金銭面だけではなく、そういった医療の質の高さから日本でのプレーを希望する選手もいる

横浜のSHデクラークとCTBクリエル。リーグワンでは多くの南アフリカ代表選手がプレーする(撮影:斉藤健仁)
横浜のSHデクラークとCTBクリエル。リーグワンでは多くの南アフリカ代表選手がプレーする(撮影:斉藤健仁)

まだ現在、リーグワンには2019年、2023年とワールドカップ連覇を果たした南アフリカ代表のスコッドの約4割の選手がプレーしている。

ポール記者は「2023年のワールドカップで優勝したのはスプリングボクスだ。もちろん、NZとはまた社会的問題など異なる部分もある。だが、日本でプレーする外国人選手たちが南アフリカ代表としてプレーすること、あるいはニュージーランド代表としてプレーすることに悪影響があるだろうか? 答えはノーだ」と語気を強めた。

さらに、選手たちにサバティカルを使って、1年間だけ日本を含めた海外でプレーすることを許可するのは、日本や海外のクラブに対しても、オールブラックスに対しても礼を欠くのではないかとの懸念もあるという。

ポール記者は「日本でプレーしている間、オールブラックスの選手らには日本のクラブから給料が支払われる。ニュージーランドは本当に資金繰りに苦労しているから、NZ協会は『よし、いいだろう。日本でプレーしてこい』と言う。選手は大金を手にし、そして帰国する。だからNZ協会はOKを出す。でも2度目となると話は別だ。1度ならまだしも、(サバティカルで)2度も3度も来日してもらうのは日本のリーグにとって不利益でしかない。つまり2年、3年と来てもらわないと意味がない」と話した。

さらに「リーグワンでプレーするNZの選手がいる。もし彼らがオールブラックスの選手としてプレーすることが許されるなら、それは彼らにとって商業的に価値がある。なぜなら、彼らの知名度が高まるからだ。だから、SOモウンガが横浜でプレーしていたら、観客は日本代表とSOモウンガを応援しただろう。オールブラックスブランドにとって、それは本当に重要だ。なぜなら、NZは経済的に成長したいと思っているからだ。だからオールブラックスには、日本の主要スポンサーがついていて、NZ協会はそれをさらに増やしたいと考えているなずだ。現状では不十分だ。日本との尊敬し合える関係を築き、より多くの選手が来られるようにしないとそれは上手くいかないだろう」と続けた。

それでは、近い将来、NZの代表資格の規定は変わることはあるのだろうか。その答えは「ノー」だという。「NZのメディアも選手もファンも、(代表資格を)変えるべきだとの声はますます大きくなっている。だが、その声は今のところ全く響いていない」(ポール記者)

だが、時が経てば変わっていく可能性も示唆した。

たとえば、スーパーラグビーとリーグワンのトップ4チームでトーナメントを行い、最後にチャンピオンとチャンピオンが戦う。それが毎年対戦するようになれば、少しはスーパーラグビーと日本のリーグワンの一体感のようなものが出てくるかもしれない。そうなれば、ニュージーランド協会は方針を変えて、日本でプレーする選手なら、NZ代表でプレーすることを許可しようと言うかもしれない。フランスやイングランドでプレーするなら許可しないが、日本でプレーするなら許可しようと。同様に、スーパーラグビーにも日本人選手が新しい感覚を求めてくるようになるだろう

最後にポール記者は「もっと(日本とNZは)我々は意欲的に交流する必要がある。きっといつかそれは実現するだろうが、動きは遅い。長い時間がかかるだろうね」と話した。

いずれにせよ、日本でプレーするNZの選手がオールブラックスで何の制限もなくプレーするには両国の積極的な交流が鍵を握っているのかもしれない。

サバティカルの延長を訴えていたSOバレット(元ヴェルブリッツ)だが、NZに「戻った
サバティカルの延長を訴えていたSOバレット(元ヴェルブリッツ)だが、NZに「戻った

スポーツライター

ラグビーとサッカーを中心に新聞、雑誌、Web等で執筆。大学(西洋史学専攻)卒業後、印刷会社を経てスポーツライターに。サッカーは「ピッチ外」、ラグビーは「ピッチ内」を中心に取材(エディージャパン全57試合を現地取材)。「高校生スポーツ」「Rugby Japan 365」の記者も務める。「ラグビー『観戦力』が高まる」「ラグビーは頭脳が9割」「高校ラグビーは頭脳が9割」「日本ラグビーの戦術・システムを教えましょう」(4冊とも東邦出版)「世界のサッカー愛称のひみつ」(光文社)「世界最強のGK論」(出版芸術社)など著書多数。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。1975年生まれ。

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