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マスク氏が推し進める世界の秘境のネット開通事業 「SNSやポルノにはまり...」心配する部族の長老

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ネットに目覚めた部族を紹介したインスタグラム(スクリーンショットは筆者が作成)。

サハラ砂漠やモンゴルの大草原、世界の僻地に浮かぶ離島など、地球上の隅々にまで高速インターネットが提供される時代になった。イーロン・マスク氏率いるスペースX(米宇宙開発)の子会社による衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」の運用によるものだ。今やウクライナの軍隊からガザの病院までこの技術が使用され、緊急時にも欠かせないインフラともなっている。

2日付のニューヨークタイムズによると、ビジネスは急成長中で年間売上高は昨年から約80%アップし、約66億ドル(約1兆280億円)になるとの推計がある。マスク氏もスターリンク導入の顧客数が99ヵ国で300万を超えたと発表している。

先月19日、インドネシアで衛星通信サービス「スターリンク」の運用を開始。同地を訪れ歓迎を受けたイーロン・マスク氏。
先月19日、インドネシアで衛星通信サービス「スターリンク」の運用を開始。同地を訪れ歓迎を受けたイーロン・マスク氏。写真:ロイター/アフロ

スターリンクの運用開始で、南米アマゾンの未開の地にも近年、高速インターネットが普及するようになった。記事によると、ブラジルのアマゾンでのネット契約数は6万6000件で、国に認められている部族の93%をカバーしている状態だ。

2000人規模とされるブラジルのマルボ先住民族(Marubo)の人々も、昨年9月からネットを使えるようになって以来、生活が大きく変わったという(スターリンクのアンテナの寄贈は米実業家のアリソン・ルノー氏による)。ネット開通から9ヵ月、部族の人々の生活の変化が報告され、話題になった。

ネットの開通で人々の生活に大きな変化が

ネットが使えるようになって部族の人々はFacebookやInstagramなどのSNS、WhatsAppなどのメッセージアプリで外界の人々と繋がるようになり、はじめは皆幸せそうだったという。

記事は、部族の人々が背中を丸めて頭(こうべ)を垂らし、手元の携帯を覗き込んでいる様子の写真を掲載している。これは日本の電車内、そしてアメリカをはじめとする世界中の電車内でも日常の光景である。

実際にネットがもたらした恩恵は大きかったようだ。人々に新たな雇用と教育の機会が開かれた。緊急時や人命救助(毒蛇に噛まれた時など)にも有効で、以前はアマチュア無線で複数の集落を中継し当局に救助を求めていたのが、ネットのおかげで瞬時に行えるようになった。

ネットは人々に「夢」や「希望」も与えている。ある10代の若者は世界を旅したいと語り、別の若者は大都市サンパウロで歯科医になりたいと語った。

ブラジルのアマゾンのイメージ。
ブラジルのアマゾンのイメージ。写真:イメージマート

ネットのせいで怠け者に

一方で、ネットの有害さに気づく人も出てきた。

「若者はずっと携帯電話をいじり続けている」「ネットのせいで怠け者になった」「状況は悪化している」と嘆く部族の長老や子を持つ親など年配者の声が紹介されている。

このような集落には当然、スーパーや商店はない。人々は狩をし、魚を釣り、植物を植えて収穫しなければ生きていけない。しかし人々はケータイに釘付けになり、ハンモックに寝そべって四六時中ケータイをいじっているという。彼らはSNSをチェックし、グループチャットで噂話に花を咲かせ、暴力的な射撃ゲームに興じ、フェイクニュースやネット詐欺に引っかかり、ポルノを楽しむようになったという。

特に不安視されているのがポルノだ。公共の場でキスなどをしない文化の中、若い男性がポルノビデオにはまっている。「変態的な性行為を観た若者が同じように試したくなるのではないか」と憂わしげな真情を吐露している。

スターリンクのネット開通事業は、今後もさらに数百人規模の少数部族を対象に広める目標が掲げられているが、伝統的な部族の文化や習慣が消失する可能性があることから、ブラジル当局の一部は少数部族を対象にしたネットの導入に眉をひそめているという。

かつては孤立集落だったマルボ先住民族。数百年もの間、未開の地で独自に生きてきた彼らだが、19世紀末にゴム樹液採取業者が出入りするようなって以来、彼らに「変化」が起こった。服を着るようになり、ポルトガル語を学び、イノシシ狩りに弓ではなく銃を使うなど新技術を覚え、新しい習慣を手に入れた。同時に争いや伝染病も降りかかった。

彼らの中でネット技術が導入されて9ヵ月が経った今、ネットに繋がるのは朝方は2時間、夜間は5時間、日曜日は1日中というように利用時間の規制が敷かれるようになったという。今後インターネットが未開の部族の人々にどのような変革をもたらしていくだろうか。

部族のレポートをしたジャック・ニカス記者のインスタグラムに投稿された動画を見る

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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