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誰かにもたれかかりたいとか、心が満たされないとか、気を付けた方がいいですよ

渥美志保映画ライター

さて今回ご紹介するのは、岩井俊二監督の久々の新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』。私、実は岩井監督の映画はそんなに得意ではなかったのですが、ここ最近の作品はちょっと変わってきた感じがして、特に今回の作品は読み解いていくと唸るような要素がたくさん。ただの「砂糖菓子」としても楽しめる作品ですが、それ以外の硬派なテーマも見え隠れ。10~20代女子だけのものにしておくのはもったいない作品!という観点で、いってみたいと思います!

まずは物語を。ネットで知り合った男となんとなく付き合い始め、なんとなく結婚を決め、義母に言われるままに教師の仕事を辞めてしまった皆川七海。ところがある時、家に訪ねてきた見知らぬ男に「あなたの夫が俺の恋人と浮気している」と言われたことをきっかけに、結婚生活はいとも簡単に破綻。訳も分からぬまま悪者にされ家から放り出された七海は、知人の何でも屋・安室を頼り、紹介されたやけに高給の“住み込みメイド”の仕事を、言われれるがままに引き受けることに。

空っぽの豪邸には、七海より一足先に雇われていた里中真白(ましろ)が住んでいます。売れない女優でもある真白は自由奔放で感情表現もストレート、それでいて壊れそうな危うさをもった不思議な女性です。七海は自分とは正反対の真白に惹かれ、ふたりは次第に距離を縮めてゆくのですが……そこには様々な思惑が隠されているのです~。

常に自信なさげな人待ち顔の七海
常に自信なさげな人待ち顔の七海

さてこの映画で私が最も魅力的に感じたのは、黒木華ちゃんの存在感です。もうめちゃくちゃ可愛い。七海という役は特に前半、何をするにも自信がなく、人に言われるまま流されているだけで、自分がどうしたいか言えないどころか、そもそも“どうしたいか”すらありません。さも親切顔に近づいてくる便利屋の安室が、引っ越した方が安上がりですよ、不動産屋行きましょう、いいバイトがあるけどやりますか、じゃあ今の仕事辞めちゃいましょう――と次々畳みかけて来る、それに対しても、あの、えっと、あの、と言ってる間に完全にいいようにされていて、「あああこの女イライラするわ!」と思われかねない女性です。

ところが黒木華ちゃんが、あの繊細さと柔らかさ、ポワンとした空気感で演じると、なんだか放っておけない、大丈夫かなと心配したくなるキャラクターになちゃうんですねー。3時間越えの長尺が、彼女をハラハラと見守ってるだけでどうにか持ってしまいます。すごいわあ。

ぽわんとした空気感が可愛すぎ
ぽわんとした空気感が可愛すぎ

最初に書いたように、個人的には岩井俊二監督の映画ってあんまり得意じゃないんですね。どれも面白くないわけじゃないけれど、描かれている世界がよくも悪くも自己完結していて外の現実と繋がっていない、ふわふわしたファンタジーのようで食い足りなさを覚えるというか。今回の映画はそれとは少し異なる気がしました。

もちろん謎の豪邸でくらす二人の女子という設定はファンタジーそのもので、メイド服を着てキャッキャしながら庭に水をまく、草原を自転車を引きながらじゃれあうみたいな場面は、こんなん日本のどこにあんねん!と突っ込みたくなる現実味の無さで、ファンにはたまらない岩井俊二の「少女おじさん」ぶりが炸裂しています。

ウェディングドレスも何回も着せちゃって……岩井監督が華ちゃんが大好きなのが分かります
ウェディングドレスも何回も着せちゃって……岩井監督が華ちゃんが大好きなのが分かります

ところが今回の映画では、その裏側に他の作品とは桁違いの「不穏」が仕込まれています。

例えば豪邸の2階にある水槽で飼われている、すべて毒を持った動物たち。Cocco演じる真白がその中にゆっくりと手を入れる場面。出入りの熱帯魚屋が七海に何気なくプレゼントした魚は、同じ水槽に入れれば一匹が別の一匹を殺してしまう闘魚です。ふたりの同居を仕組んだ綾野剛演じる安室が、別々のカップに入ったこの2匹を、ふいに同じカップに入れようとする場面。岩井俊二は雰囲気映像作家に思えて、実は脚本はすごくわかりやすく理論的な伏線に満ちています。

加えて作品全編に散りばめられた無数の「嘘」ーー「演じること」と言ってもいいかもしれません。例えば自分の正体を隠してSNS本音を吐露する七海。安室と真白の本業が俳優であること。七海の結婚と離婚を巡る数々の嘘。何でも屋の安室が請け負って派遣する、結婚式用の「偽の親族」。そこにあるファンタジーの様な幸せなんて実は本物ではないことを、これらの嘘がほのめかしてゆきます。

そしてこれをそれぞれに代表する演者、「不穏」=Cocco、「嘘」=綾野剛が、すごーくハマっていていいんですね。まあCoccoは彼女の素の不穏な存在感が、映画の中でいつ崩壊するのかというハラハラ感につながり、まあいうたらそのまんまなんですが、綾野剛がほんとにすごくいい。七海を罠にハメながら、同時に手助けすることも惜しみなく、なんというか、その時すべきことが悪であろうが善であろうが誠心誠意、そういう粘着性のない姿勢に奇妙な“抜け感”があって、全く憎めません。

そんな安室が、1シーンだけ悪魔的に見える場面があります。

夫の浮気を調査してもらおうと訪ねてきた七海の話がひと段落した後、ふと安室が「僕がその気になったら、皆川(七海)さんは1時間で落ちます」と言うんですね。その自信過剰に思わず笑った七海、「あなたに気があるってことですか」と返すと、安室も「僕のことなんかこれっぽっちも見てない(にもかかわらず)」と苦笑。そしてこう続けるのです。

「皆川さんが自ら落ちるんです。誰かにもたれかかりたいとか、心が満たされないとか、気を付けた方がいいですよ」

常に他人に流さるだけで生きている七海は、「誰かに頼りながらふわふわと生きていきたい」と思っている現代の女の子の象徴で、映画はその七海が利用されて流されるところまで流されてゆくお話を、岩井流の砂糖菓子に包んで描いています。岩井監督は実のところすごい社会派で、この映画の裏テーマは間違いなく堕ちてゆく20~30代の貧困女子。独立して生きているかに見える真白すらその例外ではないことも、次第に明かされてゆきます。

さて最後にタイトルである「リップ・ヴァン・ウィンクル」について。これは「アメリカ版浦島太郎」と言われる民話で、恐妻に悩む木こりのリップ・ヴァン・ウィンクルが森に迷い込んで居眠りして目覚めたら20年たっていて、家に戻ったら妻はすでに死んでいた、というお話。映画で真白のハンドルネームとして出てきますが、リップ・ヴァン・ウィンクルが象徴するのは七海で、彼女が眠りから目覚めて自立するまでの物語になっています。七海のメイド服が『不思議の国のアリス』のアリス(あちらも居眠りから目覚めますよね)に似ているのも、そのことの裏付けかなと思います。

不思議の国の旅を終えて目覚めた七海の瑞々しい成長に、誰もが「がんばれ」と言いたくなること間違いなし。岩井俊二ワールドにぴったりの黒木華ちゃんの無類の可愛さ(もちろん演技の上手さも!)を、どうぞお楽しみくださいませ。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

3月26日(土)公開

公式サイト

(C)RVWフィルムパートナーズ

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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