小学2年のまま時が止まった勉強机 交通事故で息子亡くした母の27年…
9月21日から30日まで10日間にわたって実施されている「令和3年秋の全国交通安全運動」。全国各地で交通安全を呼びかけるさまざまな取り組みが行われているほか、テレビや新聞でも、交通事故防止をテーマとした特集が多く報じられています。
そんな中、
「一人でも、安全運転を心がけてくださる方がいれば……」
という思いを込めて、北海道札幌市に住む一人のお母さんが、大切な部屋を見せてくださいました。
佐藤京子さん(58)は、穏やかな口調で語ります。
「この部屋は、27年前の夏休みに交通事故で亡くなった次男の勉強机を、当時のまま再現し、保存している空間です。事故の後、一度引っ越しをしたんですが、この勉強机だけはどうしても処分することができなくて……。宿題のプリントの置き場所から、コロコロコミックやドラゴンボール、大好きだったクレヨンしんちゃんの漫画の並べ方まで、すべてあの日のままにしてあります。私たちはここを、『ひろの部屋』って呼んでいるんですよ。生きていたら、今年で34歳。ひろはどんな大人になっていたのでしょうね」
以下は、この勉強机について語るお母さんの動画です。
■前方不注意のトラックにはねられて
事故は1994年、夏休みに入ったばかりの7月28日に発生しました。
当時小学2年生、7歳だった佐藤博勇(ひろむ)くんが、見通しの良い自宅マンションの駐車場で、運送会社のワゴン車を運転する26歳のドライバーにはねられたのです。
「現場には、博勇だけでなく複数の子どもたちがいました。にもかかわらず、ドライバーはしっかり前を見ず、20~30キロの速度で横切ったようです。衝突された博勇は頭を強く打ち、脳幹を損傷……、ほぼ即死でした」
博勇くんはその日、初めて買ってもらったお気に入りの紐靴をはいていました。スポンとはけるズック靴ではなく、紐で結ぶシューズは、一歩大人に近づいたような嬉しさがあったのでしょう。とても喜んで、大切にしていたそうです。
でも、お気に入りだったその靴の紐は、事故後、搬送された救急病院で切られてしまいました。
事故現場であるマンションの駐車場は私有地のため道路交通法の適用外でした。博勇くんをひいたドライバーは前方不注意を認めていましたが、結果的に50万円の罰金で終わったといいます。
■4人になった今も「私たちは5人家族です」
あの日から27年の歳月が流れました。
どれだけ時間がたっても、佐藤さんの家族にとって、博勇くんの勉強机やランドセルがこの部屋にあることは、あたりまえの日常です。
「突然、大切な家族を奪われた人たちは皆さんそうだと思うのですが、心の中は、あの日で止まったままなんですよね。どのような遺品を手元に残すかはそれぞれの家族によって違うのでしょうけれど、私にとってはこの勉強机が、ひろなんです。たとえ使う人がいなくたって、これはひろが生きていた証なんです。きっと、一生、私たち夫婦が死ぬまで手放すことはできないと思います……」
佐藤さんは現在、夫、長男、そして、事故から4年後に生まれた長女との4人暮らしです。でも、今も5人家族に変わりはないといいます。
「娘は亡くなったお兄ちゃんとは一度も会ったことがありません。でも、『家族は何人?』と聞かれれば、『5人です』と答え、『兄弟は?』と聞かれれば、必ず『兄は2人いますが、2番目のお兄ちゃんは交通事故で亡くなりました』と答えているようです」(佐藤さん)
■9月30日は「交通事故死ゼロを目指す日」
佐藤さんは「北海道交通事故被害者の会」の会員として活動しています。今月も、道内で起こった死亡事故の刑事裁判で、同じ思いをした遺族に寄り添い、傍聴支援をしました。
しかし、一番の目標は、交通事故そのものをなくすことだといいます。
今年、秋の交通安全運動で「全国重点」として掲げられているのは、以下の4項目です
(1) 子供と高齢者を始めとする歩行者の安全の確保
(2) 夕暮れ時と夜間の事故防止と歩行者等の保護など安全運転意識の向上
(3) 自転車の安全確保と交通ルール遵守の徹底
(4) 飲酒運転等の悪質・危険な運転の根絶
佐藤さんは語ります。
「一瞬の気のゆるみや無謀な運転が引き金となって起こる交通事故。たとえ事故を起こしたドライバーが罰せられても、被害者や遺族の悲しみ、悔しさは一生、死ぬまで消えることはありません。日々、ハンドルを握っている人、また、事故を起こした経験のある人たちには、どうかそのことを忘れないでいただきたいと思います。もし、忘れそうになったら、1年と少ししか勉強机を使うことができなかったひとりの男の子がいたことを、ぜひ思い出していただければと思います」
交通安全運動最終日の9月30日(木)は、「交通事故死ゼロを目指す日」と定められています。せめて1年に1日だけでも、この目標が達成できることを願いたいと思います。