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久保建英、レアル・ソシエダの日本ツアーを巡る騒動。プレシーズンのリスク

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

「日本遠征は、イマノル・アルグアシル監督のプレシーズン構想をめちゃくちゃに」

 先日、スペイン大手スポーツ紙『アス』は、そう見出しを打っている。

 久保建英を擁するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)が、伝統的に行われているプレシーズン、(7月27日にマッチメイクされていた)トゥールーズとの一戦を中止にし、日本遠征をしなければならない状況になった。7月25日、ガンバ大阪との対戦が、日本国内で先んじて発表されていた。これが少なからず、チームに混乱を起こしている。

「プレシーズンはスビエタ(練習場)を中心に準備できるだろう。それが自分の望んだ形で…だから夏のツアー予定はないよ。(その代わり)今シーズンを日本遠征で締めくくる」

 5月、シーズン終了直後に日本遠征を余儀なくされた時、アルグアシル監督はそう語っていた。2カ月余りで2度の日本遠征はない、というはずだったが、思惑通りにはいかなかった。クラブはスポンサーである「ヤスダグループ」とのプロモーション面の契約合意を交わし、日本への遠征試合もその一環なのだろう。アルグアシル監督が好む好まざるにかかわらず、条件をのまざるを得ない状況だ。

「Obligado」

 各紙、日本遠征を「義務付けられた」と表記している。

 久保ラ・レアルは大丈夫なのか?

日本ツアーのリスク

 ラ・レアルは7月18日に本拠地でラージョ・バジェカーノとの一戦を皮切りに、本格的にプレシーズンをスタートさせる。しかし始まった途端、日本への長旅に立つ。コンディションも整っておらず、円獲得以外はリスクだけだ。

「契約を交わしているんだから、遠征に行くのは当たり前だろ」

 そんな意見もあるかもしれない。

 しかし現場が1シーズンを通じてベストの戦いをするため、最善の準備を求めるのも当然と言える。「プレシーズンに日本に旅するのが効果的」と思っている人は現場にいない。時差もあるアジアに長距離移動し、恐ろしいほどの湿気と高温の中、Jリーグのクラブと対戦する。ほとんど何の補強にもつながらず、疲労だけをため込み、けが人も出るかもしれない。

 トゥールーズ戦の中止だけでなく、その後の調整に支障が出るだろう。

 アルグアシル監督は現場のトップとして、昨シーズンのアメリカ遠征にも難色を示していた。しかし、マーケティング面の収入に配慮。泣く泣く受け入れていたに過ぎない。

 日本行きを嫌っているわけではないのだ。

スポンサーはクラブを支援するのがステイタス

 そもそも、欧州の感覚では「お金を出しているんだから、契約内容をすべて履行せよ」とはならない。伝統のあるクラブのスポンサーを務めることは、それだけでステイタス。スポンサーもクラブが負担になることは避けるし、その意向を重んじるのだ。

 繰り返すが、お金を払ったら何をしてもいい、という考え方は罷り通らない。

 日本の久保ファンは、ラ・レアルの遠征を大いに楽しむだろう。観客も多く詰めかけるかもしれない。それ自体に罪はなく、エンタメとしては有力なコンテンツだ。

 しかしながら、指揮官が危惧するような遠征で、主力選手が不調に陥ったり、けが人が出たり、あるいはそういうことがなくても、プレシーズンの調整が遅れ、開幕からしばらく低迷した場合、負の連鎖が起きる。「日本」は丸ごと恨みを買い、その感情が久保に向かうかもしれない。そんなはずはない、と思われるが、愛憎は表裏一体なのである。

新シーズンに向けた強化

 アルグアシル監督が日本遠征を嘆くのは当然だろう。

 もともと下部組織スビエタ出身の選手で、引退後も育成年代をまとめていたアルグアシルはスビエタとの連携を密にし、昨シーズンもベニャト・トゥリエンテスの才能を開花させている。他にも、ミケル・オジャルサバル、アンデル・バレネチェア、マルティン・スビメンディ、ロビン・ル・ノルマン、イゴール・スベルディアなどがスビエタ組。アルグアシルがいたおかげで、ダビド・シルバが現役引退し、アレクサンダー・セルロトを失いながら、ラ・リーガ6位、スペイン国王杯ベスト4、CLベスト16という結果を残しているのだ。

 久保の力を最大限に引き出したのも、アルグアシルである。

 一方、フロントがここ1,2年で獲得した選手は久保、アマリ・トラオレ以外、今のところ失敗に近い。新シーズンも、戦力補強は不透明。スペイン代表でEUROにも出場しているDFル・ノルマンがアトレティコ・マドリードに移籍することが決定的とも言われる。スビエタ出身のジョン・パチェコをすでに育て上げているが…。

 一つだけ言えるのは、現場から悲鳴が漏れているとしたら、それは無視すべきではないし、危険なサインと捉えるべきだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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