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J最年少監督への期待!フアン・マ・リージョを彷彿させる22歳。天皇杯ベスト8福山シティFC小谷野監督

杉山茂樹スポーツライター
フアン・マヌエル・リージョとグアルディオラ(写真:ロイター/アフロ)

 天皇杯準々決勝。徳島ヴォルティスとブラウブリッツ秋田が順当に勝利を収め、ベスト4に進出した。しかし、パッと目を惹くサッカーをしたのは、秋田に敗れた福山シティFCだった。一言でいうならば、後方からヒタヒタとパスを繋ぎながらボールを確実に運んで行こうとする攻撃的なサッカーである。

 広島県リーグ所属のチームと来季J2に昇格するチームとの間には厳然としたカテゴリー差がある。2〜3階級は確実に違う。福山シティFCが秋田に勝利することは、秋田が次戦の準決勝で川崎フロンターレに勝つことより、番狂わせの度合いが高いと言える。

 2-1から駄目押しゴールが決まり、スコアが3-1に開いたのは、後半終了間際。この準々決勝はすなわち、最後まで緊張感に包まれた、福山シティFCの善戦が光る一戦だった。

 初めて見るチームが、興味深いサッカーで格上相手に善戦する試合を目の当たりにすると、つい監督の顔が見たくなるものだ。ここまで倒してきた相手も、県リーグより上級の地域リーグに属するクラブばかりだった。そうしたストーリー性は当然、この試合を中継したNHKのBSも判っている様子で、ベンチ前で戦況を見つめる福山シティFC、小谷野拓夢監督の姿を、テレビカメラはしきりに追いかけていた。

 年齢は22歳。今年の春まで大学生だった社会人1年目の青年だ。一般的な会社に就職した新卒の同級生たちが、年功序列の日本社会に身を投じる中、この小谷野監督は、いきなり社会人チームを指揮する立場に就いている。

 メンバーのほとんどは年上だ。年下が年上に采配を振る姿は、上下関係のコンセプトを覆すインパクトがある。22歳の監督がスタメンを決め、選手交代を実行する姿は、とりわけ日本のスポーツ界において眩しく映る。

 Jリーグにも例外はある。来年2月で54歳になる横浜FCのカズこと三浦知良と、下平隆宏監督(49歳)の関係だ。カズのJ1最年長出場記録更新のニュースを聞くたびに、4歳年下の下平監督の胸の内を、想像せずにはいられなくなる。2人の関係に探りを入れたくなるが、下平監督の監督歴は5年とそれなりに長い。選手としても、日本代表選手として試合に出場したことはないが、招集された過去はある。中盤の好選手として知られた存在だった。日本サッカー界にあって、王道を歩んできた人物の1人と言っていい。

 一方、小谷野監督には何のバックボーンもない。監督としての実績はもちろん、選手としての実績もない。大学を卒業後、初めて就いた職業がサッカー監督という珍しい存在だ。それでいながら、天皇杯で格上のチームを倒しながら準々決勝に進出。来季J2に昇格する秋田に対して、独得のスタイルを披露しながら好勝負を展開した。サッカー監督としての色をピッチに描き出すことに成功した。

 標榜するサッカーのスタイルをろくに語ろうとせず「結果にこだわっていきたい」と抽象的な言葉ばかりを吐く、我が52歳の代表監督とは、対照的な関係にある。どちらがあるべきサッカー監督像を示しているかと言えば、22歳の小谷野監督だ。どちらが優れた監督かではなく、どちらが監督という職業に向いていそうか。

 サッカー監督の適性を語る時、現役時代の知名度はさほど重要な問題にはならない。「名選手名監督に非ず」という格言が、サッカーほどあてはまる競技も珍しいからだ。サッカーのための格言に聞こえるほどである。

「サッカーに恩返しがしたい」とは、プロとして道を究めた選手が、指導者の道を歩もうとした場合によく口にする台詞だ。言い換えれば、よく耳にする、ありふれた言い方をしている。他人と同じ言い方をしている時点で、監督向きではないと、適性に疑問を覚える。

 と同時に、サッカー界に恩返しができるという自信を、監督になる前から漲らせている点にも危うさが覗く。

「名選手名監督に非ず」の自覚、危機意識が、日本のサッカー界全体に不足しているように見えるのだ。

「名選手名監督にあり」的な楽観的思考が幅を利かせているからだと考える。日本サッカー協会が発行する「S級ライセンス」も、日本代表経験者は、そうではない人より短い期間で取得しやすい設定だ。

 元日本代表選手がJリーグ監督になることは、知名度及びスター性の高い監督が誕生することを意味する。サッカー業界にとって、これは悪い話ではない。理想はこちらにあると言いたいほどだが、現実に目を向ければ、あるいは世界に目を向ければ、「名選手名監督に非ず」が、割合でいうと多数を占めている。監督は、選手の延長上に存在する職業ではない。選手とは関連性の低い、別の職業だ。

 サッカー選手としての適性はあっても、サッカー監督として適性に恵まれない人はいる。反対に、サッカー選手としての適性に恵まれなくても、監督としての適性に恵まれている人もいる。

 天皇杯準々決勝で采配を振る22歳の監督には確かに驚かされるが、それはサッカーらしさの象徴でもある。魅力の根源と言ってもいい。全国の大学、あるいは高校には、学生が監督を務めるチームが、もっとあってもいいと思う。

 学校スポーツでは、監督を務めるのは大抵が先生だ。他の競技同様、そこに年齢に基づく上下関係が存在している。監督=先生。高校の部活動は特にこの関係が濃く反映されている。しかし、先生が名監督である保証はない。先生の采配ミスが原因で試合に敗れるケースはある。

 選手はミスを重ねれば交代させられるが、先生にはそれがない。先生は文句が言われにくい、断然有利な立場にある。その流れはJリーグ、ひいては日本代表にも息づいている。監督はなかなか叩かれない。日本のメディアは、その他の競技と同じコンセプトをサッカーに適用しようとする。

 その結果だろうか、監督に油断を感じる。現役を引退した選手が「サッカーに恩返しがしたい」と言い出す姿に、その片鱗を垣間見ることができる。代表監督が目指すべきサッカーを明言しない点も同様。厳しい環境に身を置いてこなかった証拠だと言いたくなる。

 22歳の小谷野監督に、上下関係に基づく優位性はまったくない。名選手だったわけでもない。自分を守るものは采配のみ。純粋に監督として優れているか。問われているのはこの1点に限られる。

 日本中に存在するどの監督より潔く見える。そのうえ格上相手に善戦して魅せた。進歩的と言いたくなる独得のスタイルを披露しながら。想起するのは、15歳でプロ監督になった、フアン・マヌエル・リージョ(元神戸監督、現マンチェスター・シティコーチ)だ。26歳の時、サラマンカの監督に就任。当時スペインリーグ3部だった同チームを1995-96シーズン1部に昇格させた。この時リージョは29歳で、この瞬間、スペインリーグ1部最年少監督記録を更新することになった。

 小谷野監督がJリーグ最年少監督記録(34歳)を、更新する日は訪れるだろうか。期待したい。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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