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中国卓球界のドン 劉国梁会長の本当の懸念とは 日本は中国に肩を並べたのか?

伊藤条太卓球コラムニスト
中国卓球協会会長 劉国梁(中央)(写真:ロイター/アフロ)

 昨年の暮れ、中国卓球協会・劉国梁会長が会見で、東京五輪での日本チームを史上最強の相手と見ており、危機感を持っていると語ったことが報じられた(※)。

 これをもって、日本が中国と対等の力をつけたと考えるのは間違いだ。劉国梁の懸念は嘘偽りのない本心だろう。ただしそれは一般的に想像されるようなものとは少し違う。危機感のレベルが違うのだ。劉国梁の危機感とは、日本に負ける可能性が今までは2%しかなかったのが20%にもなっているというような意味だ。

 選手が一方的に勝った後でさえ、試合内容に問題があれば選手の肩を押さえて延々と説教をする劉国梁。北京五輪の男子団体のとき、韓国との準決勝を前にした選手たちが「自分は何番に出てもいい」と言い出した。何も問題なさそうな発言だが、劉国梁にはこれが許せなかった。「どうして前半に出たいと言わない?何か不安でもあるのか?」と、この大会でそれぞれシングルスの金、銀を獲ることになる馬琳と王晧を問いつめ、この“問題”についてコーチ陣や選手とミーティングを重ねたという(卓球王国2008年12月号)。選手の内側に巣食ったほんのわずかな不安が増殖・伝搬し、取り返しのつかない結果につながる卓球競技の恐ろしさをこの男は知り抜いている。負ける可能性がわずかでもあることは許せないのだ。危機感とはそういう意味だ。誤解してはならない。

 これは劉国梁の個人的資質ではない。勝つことを義務づけられた中国卓球は、歴史的にも決してリスクを冒さない。単発のファインプレーを賞賛するのではなく、トータルで勝てるよう確率を重んじた卓球をする。だからレシーブからいきなり攻撃したり、奇をてらうだけのようなプレーはしない。もっとも多様な回転を持つサービスを攻撃するのはリスクが高いし、奇をてらうプレーは慣れられればそれまでだ。常に勝ち続けなければならない中国卓球ではそれは許されない。ギャンブルは許されないのだ。

 中国卓球の根幹にあるのは、ギャンブルや蛮勇と対極にある、物理学に基づいた前進回転による安定だ。卓球はボールがネットを越してから相手のコートに落下させなくてはならない競技だ。だから軌道が山なりであるほど高い確率で入る。山なりであるほど、ネットを越すときの的の幅が広がる。これを「弧線理論」として中国卓球はその根幹に据える。

 一般的に前進回転をかけるということは、その分だけボールのスピードは落ちる。だから全身を鍛えてスイングスピードを上げ、前進回転がかかっていて、なおかつ得点するのに十分な速さのボールを打つ。エンジンの回転数が高いために、ローギアでもとんでもないスピードが出てしまう自動車のようなものだ。速いボールを何回でもミスなく入れることができれば勝つのは当たり前だ。その当たり前のことにすべての才能と訓練を注ぎ込むのが中国卓球だ。

 日本の卓球が中国に肩を並べたとは言い難いが、これまでになく近づいていることは事実だ。

 

 劉国梁は同会見で「日本のような相手がいるからこそ我々も進歩が続けられる」とも語った。その言葉をそっくりお返ししたい。中国のような尊敬すべき相手がいるから日本の卓球も、未曽有のレベルにまで引き上げられているのだと。

※ abema news 「中国卓球界のドン 東京五輪の対日本戦に危機感(19/12/17)」

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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