世間が知らない「ブルーカラーが夏に長袖を着る理由」
「マスクが汗で濡れて息ができない」、「外気温との差90度で服薬」、「夏でも長袖長ズボンに腕まくりNG、シャツはイン」。
ブルーカラーの夏の現場には、世間が知らない多くの苦労があるーー。
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炎天下の野外や無風の倉庫などで体を動かし働くブルーカラーにとって、夏は非常につらい季節。特に今年の夏は暑かった。
「時期外れの湿気を感じた。朝からエアコン入れなきゃダメっていうのは今までなかった気がする。ガソリンが減って仕方ない。財布のひもが固くなり飯減らしています」(30代個人事業主ドライバー)
「今年は運転席が暑すぎ、空調付きの作業服を着て運転する日も。例年よりエアコンの効きが悪く、燃費も悪かったです。マイクロバスは窓が多いのでカーテンやフィルムを貼るなどしないと、子どもたちが暑さに耐えられない」(40代幼稚園バスドライバー)
「第7波のピークに40度近い日の連続。感染対策でマスクして積み降ろし作業すると汗で濡れて息ができなくなった」(30代中型地場雑貨系輸送)
しかし、こうした暑い中で作業をするにもかかわらず、彼らの中には「長袖に長ズボン姿」で仕事をしている人たちがいる。実際、外を歩いていると暑苦しい格好をしている作業服姿の人を見かけたという人も少なくないだろう。
その理由を各ブルーカラーたちに聞くと、現場ごとに様々な事情があることがよく分かる。
本稿では、トラックドライバーをはじめとする各ブルーカラーの苦労を紹介しながら、その理由を紹介していきたい。
1.冷蔵倉庫で外気温差「90度」
2.「汗で汚いから出禁」
3.「半袖の下の長袖」の偏見
4.袖まくり禁止・シャツはイン
5.「空調付き作業服」現場の評価は
1.冷蔵倉庫で外気温差「90度」
トラックという乗り物には実に様々な種類の車両があるが、食品や医薬品、美術品などを運ぶ際によく使用されるのが「冷蔵冷凍車」だ。
我々が生鮮食品を「生鮮」のままスーパーで購入できるのは、荷台部分に冷凍機を搭載したこのクルマの存在より他ない。
そんな冷蔵冷凍車のドライバーには、夏になると多くの苦労が生じる。
今回の取材で一番聞こえてきたのは「冷気の逃げ」。トラック荷台の冷気は、一度逃げてしまうと再度冷やすのに時間がかかるのだ。
「要冷蔵品ばかり運んでいるので、荷台の温度は気を使います」(50代長距離大型食品系)
「地場のバラマキ(何か所も回っての積み降ろし)なので、荷物を降ろすごとに庫内温度が上昇。冷えが戻らないまま次の納品先へ。冷凍品なのにプラスの温度で降ろしたことも」(40代4トン地場冷凍車)
こうしてトラックによって運ばれた生鮮食品や冷凍品を保存しておくのが「冷蔵倉庫」だ。巨大な倉庫内は-30度、中には-60度というところもある。
「低温の冷蔵倉庫から外に出ると、眼鏡がくもって何も見えなくなります。階段などは注意できますが、5cmほどの段差は見えずにつまずく。足元を見て歩くので、2トン車のミラーに頭をぶつける人も」(50代大型長距離)
この冷蔵倉庫を行き来するドライバーやそこで働く作業員のなかには、「外気温との差」によって体調を崩す人もいる。
「以前、冷蔵倉庫でフォークリフトの運転手をしてたんですが、真夏は35度の外と-60度のマグロ用超低温冷蔵庫の往復で血管伸縮しまくり。体調を崩して今でも薬を服用してます」(30代元リフトマン現トラックドライバー)
「夏に冷蔵倉庫を出入りしてると羨ましがられることがありますが、とんでもない。汗をかいて‐30度の倉庫内で作業。40度近くまであがった今夏、その差70度にもなり自律神経がイカれました。僕らが長袖を着る大きな理由は、他でもない『現場が寒いから』です」(20代4トン中距離食品系)
2.「汗で汚いから出禁」
一方、炎天下で作業するブルーカラーたちにとって一番つらいのは、やはり「暑さ」だ。
厚生労働省のデータからも分かる通り、熱中症死傷者の多くを占めるのは「ブルーカラー職」。今年も現場からは、搬送・死亡の知らせやその苦労の声が相次いだ。
「今夏、自分の現場で50代のベテラン作業員が熱中症で倒れ亡くなりました」(40代建設作業員)
「次の仕事の予定が決まっており、暑くても施工は中止にはできないので休憩をこまめに取らせています。異常な暑さが続くなら、夏は作業時間を短縮しても収益が出る設計単価にしていかないと、職人の体ももたない」(50代道路舗装企業社長)
上記データで3番目に熱中症死傷者数が多いのが「運送業」だ。
「車内にいるのになぜ」と思われるかもしれないが、トラックドライバーの仕事は「運転」だけでなく「荷物の積み降ろし」もその1つ。時には数千個の荷物を1つ1つ手で積み降ろしせねばならないこともある。
さらに現場によっては、数時間もの待機の際に「アイドリングストップ」を求められ、車内のエアコンが使えないケースも。
「日陰があればいいですが、日向しかない場合、日光と車体の向きを考えて停めます」(30代大型建設系ドライバー)
「以前、同じ納品先で待っている他社ドライバーは停めたトラックの下にできる影で寝てました。交通事故でひかれたみたいな状態でした」(50代中距離7トン)
「冷蔵冷凍車に乗っているウチの会社のドライバーには、暑さ対策として荷台の箱の中で寝てる連中がいっぱいいます。運転席はアイドリングストップで暑くても、荷台は冷蔵車だから当然涼しい」(40代コンビニ配送)
暑ければ、人間いやでも出るのが「汗」だ。
ましてや体を動かすブルーカラーにとって、汗をかかない工夫はほぼ不可能に近い。そんな彼らが直面するのが「汗によるクレーム」である。
「積荷の仕分け作業中、ヘルメットから流れ落ちた汗が荷物にかかって水濡れ事故に」(40代電気自動車部品輸送 管理職)
「積み降ろし作業の時に『荷物に汗を垂らすな』と言われた現場がありましたね。ダンボールケースにシミができるからと。10年くらい経ちますが今はもっと厳しいのでは」(40代一般雑貨輸送)
「汗だくで配達に行って汚いから出禁とかよく聞きますね。汗拭いても配達先へ行くまでにまた汗かくって」(40代24年目宅配ドライバー)
3.「半袖の下の長袖」の偏見
しかし、これらのトラックドライバーや外仕事をする作業員たちは、たとえ35度以上の猛暑日でも、前出の冷蔵庫作業者と同様に「長袖長ズボン」を着用している人たちが目立つ。
その主たる目的は「身体の保護」にある。
「制服は夏はベストで、下に自前の長袖を着ています。段ボールでの擦り傷から身を守るためですが、日焼けするとキツイってのもあります」(30代個人事業主ドライバー)
「ウチの女性ドライバーが半袖で冷凍便を受け取って、ドライアイスで凍傷になりました。痕が残りそうで気の毒です」(40代大型中距離)
「生ごみを収集していると匂いが体中についたり、回転板にごみ袋が挟まって破裂したりする。真正面にいる収集員はモロに中身を浴びることに。また、竹串などが袋から飛び出ていることもあるので、やはり真夏でも長袖長ズボン、マスクが必須です」(30代ごみ収集員)
特に、危険物の運搬に携わる場合は、現場から長袖長ズボンの着用を求められることが多い。
「薬品関係の工場は長袖指定のところがある。長袖でバラ仕事(1つ1つ手で行う積み降ろし作業)するドライバーさんはキツイと思います」(50代大型長距離)
「産業ガスローリー(液化ガス)は、触ると低温やけどするんで長袖必須でした」(50代 大型定期便)
「毒物とか劇物とか引火物扱ってる所は長袖指定が多いですね。リフトマン死にそうな顔で仕事してます」(50代7トンウィング・現二次配達)
彼らが身に着けるもので「長い」のは、何も作業服だけに限らない。
「安全靴は短い方が涼しく、作業も運転もしやすいですが、カゴ車(台車)を押して歩く時にスネに当てて足首が死ぬので、安全靴も長靴を使用しています。足首は固定しすぎると動きにくいので完全には縛っていません」(30代中距離地場)
しかし、こうして彼らが重装備をしている理由を知らない人たちからは、夏場に長袖を着ていると勝手な思い込みをされることもあるとの声も聞こえてくる。
「会社指定の作業服は半袖。けが防止のために下に自前の長袖を着たら刺青を隠してると誤解され、脱いで証明させられた。ちなみに僕の友人のドライバーは、刺青が入ってても無事故無違反で働いてます」(30代大型ダンプ)
「半袖ポロのインナーに長袖着たら『"入って"ます?』と言われ、その着方が禁止に。現場を知らない方々からすれば、とにかく見た目が悪いとダメみたいです」(50代中距離兼運行管理者)
4.袖まくり禁止・シャツはイン
この長袖や長ズボン着用においては、さらに、袖や裾をまくったり折り上げたりすることを禁止しているところもある。
「積み降ろしの時は腕まくりはしてません。大きな工場で禁止されてます。鉄骨などを積む際に腕を怪我しないため」(20代長距離7tユニック一般貨物)
「現場の制約としてあるのは『ズボンの裾をまくること』。肌の露出は暑くても危険なので最小限にするように言われてます。鋼材の仕事では長袖着用、安全靴は長靴がルールでした」(50代地場大型)
また、先に紹介した「汗垂れ」を防ぐために必須の「タオル」も、首にかけることを禁止しているところがある。
「首にタオルを掛けることは禁止です。回転工具などに巻き込まれるのを防止するため」(50代自動車電気装置整備士)
「端をシャツの首の中へ入れていれば気にも留められませんが、首タオルはかけっぱなしでヒラヒラさせておくのはNG」(50代引越し業)
さらにはこの炎天下の中でも、安全面から「シャツの裾をズボンから出してはいけない」というルールがあるところも少なくない。
「ルールはポロシャツの裾は必ずズボンにインせよ、です。暑くてズボンの裾をまくるとムッとされます」(40代男性地場集配4トンウイング)
「ケガ防止や備品・商品損傷の防止の為にシャツインが推奨されてる所は多いかと思います。洋服がフックやラッシングなどに引っ掛かり、ケガの恐れがありますからね」(40代長距離大型冷凍食品)
しかし、こうした正当な理由で禁止にしているところがあるだけでなく、現場によっては「見た目が悪いから」という理由で禁止しているところも。
「荷主の工場内での作業は汗垂れ防止のために首にタオル巻きたいところですが、見た目が悪いからダメと聞きました」(40代電気自動車部品輸送 管理職)
「荷台に大きく社名背負って走ってるんだからと、作業時だけでなく常に『シャツイン』を指示されています。暑い日は本当にこれが辛い」(30代地場配送)
5.「空調付き作業服」現場の評価は
夏の暑さが深刻化していくなか、昨今、ブルーカラーの間で浸透し始めているのが「空調付き作業服」だ。今夏は特にその姿を目にすることが多かった。
そのバリエーションも定番の「長袖の作業服」から、半袖ベストタイプ、フード付き、さらには空調付きズボンなど多岐に及んでいる。
今回、その着心地について各分野のブルーカラーたちに聞いてみたところ、
「僕はもうこの服無しでは生きていけません。食わず嫌いな方も多いと思いますが、エアコンが効いた車内で過ごした後、いきなり外気温での荷扱いは熱中症一直線です」(製造業兼農家)
と、高く評価する人もいたが、それぞれの現場にマッチしたアイテムとしてはまだまだ発展途上なのか、今回は不便さを指摘する声のほうが多かった。
「ファンが腰の位置に付いてるとずっと付けていると冷えるので腰痛もちにはつらいかも」(40代工場経営者)
「自分のの気化熱で冷やしてるので汗かいてないとただの熱風」(50代自動車電気装置整備士)
「結構な音がする。外から事務所に入ったら声のトーンが上がる。そして電池が1日もたないので作業中に電池が切れた途端ダウンジャケットに様変わり」(50代土木建築系管理職)
「重機に座ると後ろのファンが少し邪魔。中腰作業の時は、チャックの所があごに当たって『できもの』ができてから、暑くてしんどい時以外は着てない」(50代資源リサイクル重機オペレーター)
「フード付きはヘルメット内まで冷えて良いらしいですが、ヘルメットの表面に書いてある会社名や苗字が見えなくなるのが欠点」(50代下請け業社現場代理)
さらに、こんな声も。
「スイッチを入れたままトイレに行ってはいけません……。外の空気を服の中に取り込み、首から空気が抜けていく構造になっているので」(30代建設現場作業員)
真夏においても長袖長ズボンの着用を指示をしたり、着方に対する細かなルールを定めるのは、無論、現場の労働者の安全を守る大切な策だ。
しかし、近年の酷暑を考えると、作業内容よりも暑さによって命を落とすことも十分考えられる。
シャツの裾を出すのと入れるのとでは、4度違うという報告もある。
真夏に作業員の「見た目」ばかりを気にし、問答無用な例外なきルールをつくるのは、いつの時も冷房の利いた事務所にいる人たちだ。
ブルーカラーたちの暑さ対策は、今後より柔軟かつ多様化させていく必要があると、現場の声を聞くたびに痛感する。
※参考
「『シャツ出して』教師訴え波紋 部活伝統も…“シャツイン”4高く 熱中症リスク」(テレビ朝日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000264047.html
厚生労働省「令和3年職場における熱中症による死傷災害の発生状況」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_25950.html
※ブルーカラーの皆様へ
現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。
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