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世間が知らない「トラックドライバーがエンジンを切らない理由」

橋本愛喜フリーライター
夜のSAPAの様子(筆者撮影)

先月7月10日、東京のとある工事現場で70代の建設作業員が熱中症で亡くなった。

日本では毎夏、多くのブルーカラーが現場作業中に熱中症で亡くなっており、この季節になると残念ながらそんな事故を報じるニュースを目にすることが増える。

今回のケースで特に深慮すべきなのは、彼が亡くなった場所が「車内」で、周辺への騒音に対する「配慮」から、車内でエンジンを切って待機していたとみられていることだ。

BtoBや建設現場への輸送を担うトラックドライバーたちは、宅配の配達員と違い、エンドユーザーとの接点がほとんどなく、その存在が世間に意識されるのは、道路上でのマナー違反や迷惑行為が報じられる時ばかりだ。

以前、その迷惑行為の1つとして「路上駐車」を取り上げたが、今回はこの路駐と一緒によく指摘される「アイドリング」について説明していきたい。

窓を開けて待機するトラック(筆者撮影)
窓を開けて待機するトラック(筆者撮影)

日陰を探すドライバーたち

トラックドライバーがエンジンを切らない最大の理由は、上記でも紹介した通り、夏は暑く、冬は寒いからだ。

トラックドライバーたちは、荷主先や作業現場において、車内で長時間「待機」を求められることが非常に多い。

が、その間、荷主や現場監督からは、騒音や排ガス問題の観点から「周辺住民や環境への配慮」として、アイドリングストップを求められることがよくある。

「アイドリングストップさせられる現場に行く時があるんですが、昼休みで作業が止まっている際、計1時間半の待機をエアコンなしで耐えました。上も下も汗だくです」(30代14年目長距離)

「原則アイドリング禁止の工場で数年前、積み込みの順番待ちをしていたドライバーがいくら呼び出しても電話に出ないので様子を見に行ったら、熱中症で死亡していたことがあります。たしか60代の方だったかと」(40代長距離大型)

トラックでの実験ではないが、JAFのウェブサイトによると、8月の外気温35度の晴天時、窓を閉め切った黒色のボディの車内温度は、55度以上にもなることがあるという。

トラックでの待機の場合、窓は開けてはいられるが、鉄の塊の中での待機は、やはり相当暑い。

中には、エンジンを切っても使用できる「蓄冷機」が付いているトラックもあるが、真夏の炎天下ではただの風。しかも数時間で切れてしまう。

また、最近よく聞く外付けのエアコンも、費用がかさむため設置に積極的な運送企業は限られる。

そんな暑さの中、車内待機させられるトラックドライバーに聞いた「実行している暑さ対策」には、耳を疑いたくなるものもある。

「扇風機で頑張りますけど汗だくですね。風がきても熱風。事務所のお偉方さんも暖房つけてみれば少しは気持ちがわかるかと」(長距離トレーラー)

「最後の手段は、クルマから降りて日陰に避難します」(50代地場大型)

「以前、同じ納品先で待っている他社ドライバーは停めたトラックの下にできる影で寝てました。交通事故でひかれたみたいな状態でした」(50代中距離7トン)

「日陰あればいいですが、日向しかない場合、日光と車体の向きを考えて停めます」(30代建設業特殊)

箱型トラックの荷台内部(読者提供・イメージ)
箱型トラックの荷台内部(読者提供・イメージ)

さらに、冷蔵冷凍車に乗っているドライバーの中には、その箱(荷台部分)の中に避難するという人も。

「冷蔵冷凍車に乗っているウチの会社のドライバーには、暑さ対策として荷台の箱の中で寝てる連中いっぱいいます。運転席はアイドリングストップで暑くても、荷台は冷蔵車だから当然涼しい。ただ、床が硬いのでヨガマット持参とか、工夫が必要ですね」(40代コンビニ配送)

一方、冷蔵冷凍車ではなくただの箱型トラック(箱車)の場合は、直射日光をモロに受けるとその箱の中が灼熱地獄になる。

彼らはこのクーラーなしの待機のあと、今度はその荷台の箱に入って、時に1000を超える荷物の積み降ろし作業をすることになる。

「待機中も暑いけど、日射しで焼けた箱の中で、バラ(1つひとつ手作業)の積み降ろしやれば、そりゃ熱中症にもなりますよ」(元トラック現トレーラー3年目)

(参考)世間が知らない“送料無料”の裏側「積荷5000個を手で積み降ろすトラックドライバーたち」

車内に備え付けている扇風機(読者提供)
車内に備え付けている扇風機(読者提供)

こうした昨今の殺人的な暑さと、現場で死亡事故が多発している現実に鑑み、最近ではアイドリングを許可してくれる荷主や工事現場も増え始めた。

が、現場が許しても所属している運送業者が許可しなかったり、その逆のパターンもあったりするため、まだまだ待機中に汗を拭うドライバーは少なくないのが現状だ。

「炎天下でのアイドリング待機、現場ではかなり黙認されています。でも所属の運送会社が『燃料代がかさむから』と認めない。管理職はエアコン全開の事務所から文句を言い続けます」(50代地場大型)

「会社自体は状況に応じてエンジン切らなくていいよと言ってくれますが、客先がアイドリングストップだとどうしようもないですね」(40代大型地場・中距離)

「弊社のドライバーが現場で『待機長いけどエンジンは切ってくれ』と言われ。最初は我慢していましたが、ドライバーが『もう耐えられん』と電話で訴えてきたので、荷主に『今すぐ荷物を積ませるか、エンジン掛けさせるかしてくれ』と抗議したら、即アイドリングOKになった事はありました」(40代配車・運行管理者)

世間からも「アイドリングは環境によくない」、「エンジンは切れ」という声が聞こえてくる。

無論、不要なアイドリングはするべきではないが、その前にまずは外気温35度の日の車内に長時間座ってみてほしいというのが、現場の切実な願いだ。

「切らない」ではなく「切れない」

トラックにはこうした熱中症対策以外にも、エンジンを切れない理由がいくつかある。

中でも現場から「知っておいてほしい」という声が大きいのが「冷蔵冷凍車」の存在だ。

実はこの冷蔵冷凍車には、エンジンを切ると、その冷蔵冷凍機能まで切れてしまうタイプがあり、エンジンを切りたくても切れないケースがあるのだ。

「十数年前、神奈川県のとあるマリーナ近くで昼飯を食べてる時に通行人にエンジンを止めろ!と言われた事ありました。エンジン止めたら荷台の冷蔵・冷凍品がダメになるのに」(40代長距離大型冷凍食品)

下の動画は、ある夜に撮影したサービスエリアの様子だ。聞こえているのは冷凍機の音である。

この動画で分かる通り、冷凍機の騒音はかなり大きく、迷惑を掛けるのはなにも近隣住民だけに限ったことではない。

サービスエリアなどを利用する冷蔵冷凍車のドライバーは、同じトラック同士でも、できるだけ自分と同じ騒音を出しているトラックのそばに停めようと配慮する人が少なくないのだ。

「ほかのトラックが静かに休んでるのに、突然冷凍機の音鳴らしたトラックが隣に停まったらやっぱりいい気分にならないと思うんですよ。サービスエリアのトラックドライバーは基本、みんな寝てるわけですから」(40代大型長距離冷凍食品)

環境のために切れないエンジン

さらにトラックには、どうしてもエンジンを切ってはいけない瞬間がある。それは「すす焼き」という、トラックの構造上必要不可欠な浄化作用中においてだ。

道路を走る最近のトラックを見て、気付くことはないだろうか。

昔と比べて、後続車のドライバーが息を止めたくなるような黒い煙を吹かしていないのだ。

それは、「排ガス規制」というルール制定後、それに準ずるトラックが製造されているからだ。

その排ガス規制仕様のトラックには、「排出ガス浄化装置」という、排ガスに含まれる有害物質を取り除くフィルターが搭載されている。

そして、ここに溜まった「煤(すす)」を排除する作業、通称「すす焼き」をしないとフィルターが詰まり、エンジントラブルが起きてしまうのだが、その際、ドライバーがしてはならないのが「エンジンを切る」ことなのだ。

つまり大きく言い換えれば、「環境のためがゆえのアイドリング」なわけなのだが、こうした裏事情を知らない世間からは、「今すぐエンジンを切れ」などといった声が投げられることもある。

「すす焼きの時に『よそでやれ!』と言われて、事情を説明したのですが分かってもらえず。しかも納品時間を守ろうとランプ点滅したまま走ってきたので、納品先から離れたコンビニまで走ったら、案の定故障しました」(40代元大型冷凍車現トレーラー)

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

アイドリングに耐える住民も

このように、トラックにはエンジンを切りたくても切れない事情がいくつかある。

もちろん必要のない時はエンジンは切っておくべきだが、「うるさい」「環境破壊だ」と頭ごなしに批判せず、まず彼らのその労働環境に目を向けてみてほしい。

しかし、そうはいっても四六時中トラックの騒音や排ガスに悩まされている人がいることも事実。

大型車専用マスを設置しているコンビニ近くの住民はこう訴える。

「住宅街のど真ん中、我が家の目の前に駐車場つきコンビニができて以来、アイドリングの騒音に悩まされています。つらくて動悸がするほどです。停まるクルマにしたら30分の休憩でも、こちらからは24時間の絶え間ない騒音と排気ガスになるので、本当につらいです」

コンビニの大型車マスは、トラックドライバーが気兼ねなく駐車できる文字通りの「オアシス」だが、その場を提供してくれているコンビニからも、長時間駐車をするトラックドライバーに対する苦情が筆者のもとにまでやってくる。

こうした社会への迷惑の根源になっているものは何かと考えれば、結局これまでにも述べてきた「駐車場不足問題」に回帰するわけだが、トラックには現状いかんせん、気兼ねなく利用できる駐車スペースが非常に少ない。

顧客第一主義のもと、「延着(予定時間に遅れること)」はもちろん、「早着(予定より早く着くこと)」も許されず、「近くでの待機」を求められるも、その場所は荷主から提供されない。

そうすれば、彼らが行きつくところは、必然的に現場近くの路上やコンビニの駐車場となり、社会に迷惑を掛けながらの長時間待機を強いられることになるのだ。

国土の狭い日本においては、トラックの待機場所の確保は難しい課題かもしれないが、荷主に対して受け入れ時間の緩和要請や、駐車場の提供義務などを含めた対策をしない限り、今後トラックによる社会への迷惑行為はなくならない。

トラックドライバーのQOL、そして社会への負担をなくすためにも、同問題は早急な対応が求められる。

※参考資料

「熱中症か、70代建設作業員が死亡…騒音に配慮し車内のエアコンつけず休養」(読売新聞)

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210712-OYT1T50099/

JAFウェブサイト

https://jaf.or.jp/common/kuruma-qa/category-trouble/subcategory-prevention/faq250

※ブルーカラーの皆様へ

現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。

個人・企業問いません。世間に届けたい現場の声などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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