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アフガニスタンを「テロの温床」にしないためにはどうすればいいか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 アフガニスタンの政府軍の崩壊/敗走の速度は予想を上回っているようで、本稿執筆時点ではカブール以外の重要拠点のほとんどを喪失したようだ。このような事態は、アフガンで活動する本邦の外交団・企業・諸団体とその職員・関係者の安全にもかかわる深刻な危機であり、迅速な対策と情報発信が必要である。既に、アメリカをはじめとする各国はアフガン政府が自国の外交団やアフガン滞在者を保護する能力がないと判断している。そうでなければ、各国が大使館の閉鎖や(自国民や協力者の退避のための)軍部隊の派遣・増派をする必要はない。また、関係諸国の中からは、今日の事態を招いたきっかけとしてアメリカ政府によるアフガン撤退決定を挙げ、これを誤りと批判する声も上がっている。批判には、アフガンが「テロの温床」に戻るとの見解も含まれている。

 たしかに、1990年代末にターリバーンが制圧していたアフガンには、ウサーマ・ビン・ラーディンやアイマン・ザワーヒリーらアル=カーイダがおり、彼らの他にアル=カーイダと競合的・敵対的に活動していたアブー・ムスアブ・ザルカーウィー(=「イスラーム国」の創始者)らが資源の調達や訓練に励んでいた。アフガンが「テロの温床」に戻るとの懸念は、今後ターリバーンが政権を奪取した場合、同国に再び「世界中から」イスラーム過激派のヒト・モノ・カネが集まり、世界各地でのイスラーム過激派の活動の策源地となるのではないかとの見通しに基づく。9.11事件はアフガンを策源地とする長期的かつ大掛かりな作戦の結果と信じられているため、アフガンがイスラーム過激派諸派の拠点となることは重大な懸案である。ターリバーンは、アメリカとの間の「ドーハ合意」の際も、またそれ以外の場での立場表明でも、アフガン領を他者の安全を脅かす活動に使わせない旨表明しているが、「テロ対策」分野で暮らす人々には、これを鵜呑みにするほど純朴な者はいないだろう。となると、誰かの「誤り」をあげつらっても全く生産的ではなく、アフガンが再び「テロの温床」となるのはどのような場合か想定し、それを阻止するために各国は何ができるか(すべきか)について考えた方がいいだろう。

 残念ながら、現在・将来のアフガン情勢を語る各国政府・報道機関・国際機関からは、自らが直接かかわった現地職員や協力者以外のアフガン人民のことを憂いる声はほとんど聞こえてこない。となると、アフガンが「テロの温床」になりさえしなければ、ターリバーンが政権を奪取して生活水準が下がったり、「イスラーム統治」の下、棒でたたかれる日常を過ごしたりすることになるアフガン人民のことは誰も心配していないということになる。つまり、アフガンを「テロの温床」にしないために諸外国がターリバーンを軍事的に討伐するという選択肢はないということだし、そんな選択肢がアメリカをはじめとする各国の有権者に支持されるとも思えない。しかし、それでも日本を含む各国には、アフガンを「テロの温床」にしないためにすべきことが掃いて捨てるほどある。

 ここで考えるべき点は、ターリバーン自身が同派の政治目標を達成するためにアフガンの領域を超えて「テロ攻撃」をする意図や動機があるかという点と、ターリバーンの制圧下のアフガンに再びイスラーム過激派の活動拠点が栄えるかという2点である。最初の点について、ターリバーンは確かに多言語で広報活動を行い、例えばパレスチナ問題などについて自派の広報媒体で長々と語ることもある。ターリバーンも、既存の国家の領域を超えてイスラーム共同体の諸問題に関与しようとするイスラーム過激派としての性質を帯びているということだ。しかし、その一方でターリバーンはアフガンへの占領の排除や、アフガン人民の自決を最重要視する民族解放運動としての属性も色濃くまとっている。つまり、ターリバーンがアフガンからの占領の排除やアフガン人民の自決という目標を超えて「他所の」問題に手や口を出すことに、ついていけない構成員や支持者が大勢いそうだ、ということになる。諸外国が今後ターリバーンと外交的にまともに付き合うつもりがあるかはさておき、様々な機会・経路でターリバーン自身が「テロ攻撃」の主体にならないように誘導・脅迫することはできそうだ。

 もう一つはターリバーンがかつてアル=カーイダにしたように、イスラーム過激派の活動を黙認し、世界中からイスラーム過激派のヒト・モノ・カネを引き寄せることにより、アフガンが「テロ攻撃」の策源地になる可能性だ。アル=カーイダの幹部や構成員(の少なくとも一部)が現在もアフガンに潜伏している可能性は非常に高い。また、アル=カーイダはビン・ラーディンが率いていたころからターリバーンの指導者に「忠誠を誓う」関係を取り結んでいる。その結果、2004年頃に中東各地のイスラーム過激派がビン・ラーディンに忠誠を誓い、アル=カーイダを名乗るという「アル=カーイダ現象」が顕在化した際には、各地のアル=カーイダの「フランチャイズ」はビン・ラーディンを介してターリバーンの首長(当時はウマル師)に忠誠を誓うという、妙な二階建て構造の忠誠関係を持つこととなった。ちなみに、この変な構造は2016年に現在のターリバーンの指導者が選出された際にもアル=カーイダの指導者のザワーヒリーがそれに忠誠を表明しているので、形の上では維持されている。それでは、ターリバーンの制圧下のアフガンで、アル=カーイダの下に再び世界中のイスラーム過激派のヒト・モノ・カネが集うようになるだろうか?この可能性はほとんどないと思われる。なぜなら、アル=カーイダは近年イスラーム過激派の支持者やファンを惹きつけるだけの実績をあげられないでいるし、多少実績を上げている場所もサハラやソマリアなど、アフガンの状況とは無関係に活動してきた所だからだ。また、アル=カーイダは「イスラーム国」との間のファン獲得競争に惨敗し、アル=カーイダ諸派の広報活動の視聴者は最盛期とは比べ物にならないほど減っている。アル=カーイダの広報活動そのものも旧態依然でファンを惹きつけられるものとは思われない。20年近くろくな実績を上げられず過去の成功を誇るおじいちゃんのお説教を拝聴し、なおかつそれを理解して指示に従うようなイスラーム過激派の支持者やファンなんて、もういないと思っていいだろう。

 それでは、アル=カーイダ以外のイスラーム過激派諸派についてはどうだろうか?「イスラーム国」については、長年ターリバーンとは敵対関係にある。「イスラーム国」から見たターリバーンは「愛国主義かぶれでアメリカとも取引するいんちき」だし、ターリバーンから見た「イスラーム国」は「アフガンの事情もわきまえずに指導権をとろうとして戦列を割る錯乱分子」に過ぎない。現在も「ホラサーン州」を称して細々活動する「イスラーム国」の者たちは、ターリバーンの制圧下のアフガンで今まで以上に目の敵とされる可能性が高い。また、別稿で指摘した通り、アフガン人民の文化的背景や社会的関係を理解しようとしない「イスラーム国」が、アフガンで快適な居場所を得られることは考えにくい

 以上を踏まえると、イスラーム過激派がアフガンを拠点化する局面とは、ターリバーンを買収したり、同派を政治的・軍事的に排除して領域を奪取したりするだけの実力を備えた団体がアフガンに進出した場合ということになる。そうするためには、アフガン以外の所で潤沢にヒト・モノ・カネなどの資源を調達し、安定的にアフガンに供給し続けることが必須となる。このことは、アル=カーイダや「イスラーム国」に連なるイスラーム過激派の活動家たちが、元々は対ソ連政策や国内の治安対策が理由で「アフガンに送り込まれた」人々だったことを想起すれば、それほど不思議なことでもないだろう。「テロ対策」とは、テロリストが現れる場所で彼らを討伐することと、活動場所の外からテロリストに寄せられる資源や名声を絶つことを車の両輪として行うべきものである。今後のアフガンを「テロの温床」としないためには、本邦も含む各国が、「テロリストに資源を供給しない」という基本中の基本を忠実に実践することの他に道はないのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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