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木俣冬さんの新著『みんなの朝ドラ』は、「朝ドラ」ファン必読の一冊

碓井広義メディア文化評論家

日々、怒涛の勢いでドラマ『やすらぎの郷』の連続レビューを書き続けている木俣冬さん。『やすらぎの郷』を見逃した日でさえ、木俣さんのレビューを読んで、「なるほど、そういう展開になったのか」と確認しています。そんな木俣さんの新著、『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が出版されました。

半世紀を超えた「朝ドラ」

「朝ドラ」とは、もちろんNHK「連続テレビ小説」の通称です。現在は月曜から土曜の朝8時(再放送は昼12時45分)から、15分の長さで放送されている連続ドラマ。元々モデルとされたのが新聞の連載小説であり、長大な物語を1日ずつ、細かく読者(視聴者)に提供していくスタイルを踏襲しています。

「朝ドラ」が開始されたのは1961年で、すでに56年という長い歴史をもっています。第1作は獅子文六の小説を原作とする『娘と私』でした。

66年に樫山文枝さんが主演した『おはなはん』で平均視聴率が45%を超え、視聴者の間に完全に定着します。当初、ひとつのドラマを1年間流す通年放送でしたが、74年の『鳩子の海』以降は、渋谷のNHK東京放送局と大阪放送局が半年交代で制作を担当しています。

社会現象となった『あまちゃん』

我が個人的ベストともいうべき、第88作『あまちゃん』が放送されたのは、2013年4月から9月まで。半年間の平均視聴率は20・6%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)で、放送当時、それまでの10年間では『梅ちゃん先生』の20・7%に次ぐ高い数字でした。

しかし反響はそれだけではありません。新聞や雑誌で何度も特集が組まれ、ネットでも連日話題となりました。また関連CDがヒットし、DVDの予約も通常の10倍に達しました。

さらに、『あまちゃん』の放送が終了した時、その寂しさや欠落感で落ち込んでしまう人が続出するのではないかと言われ、「あまロス症候群」なる言葉まで生まれたのです。

では、なぜ『あまちゃん』は一種の社会現象ともいえる広がりをみせたのか。それまでの朝ドラと何が違っていたのか。

木俣さんの『みんなの朝ドラ』によれば、それは「総合力」の成果でした。宮藤官九郎さんによるポップな脚本。ヒロインである能年玲奈さんを囲むように配された、小泉今日子さんや薬師丸ひろ子さんなど80年代アイドルの起用。さらに「影武者」という異色の設定などを指摘し、納得のいく分析が行われています。

朝ドラを超えた朝ドラ『カーネーション』

他にも本書では、『ごちそうさん』『花子とアン』『あさが来た』『とと姉ちゃん』などが語られていますが、やはり圧巻は、著者が「朝ドラを超えた朝ドラ」と絶賛する『カーネーション』(2011年下期)でしょう。

木俣さんはまず、「健全な朝ドラの世界に背徳感をもたらした」ことを挙げます。確かに、尾野真千子さんが演じた小原糸子(モデルはコシノ3姉妹の母・小篠綾子さん)と、綾野剛さんが演じた周防龍一の間に漂うエロスは、“清く正しく美しく”的な朝ドラの一線を超える、画期的なものだったと思います。

またヒロインの夢物語ではなく「現実」を描いた点も、木俣さんはきちんと評価しています。現実には当然“苦さ”もあるのですが、『カーネーション』ではその”ドラマ的配分”が絶妙でした。

というわけで、解読力と分析力が光る『みんなの朝ドラ』は、「朝ドラ」が今や主婦層など女性だけのものではなく、まさに「みんなの朝ドラ」であることを実感させてくれる、パワフルな1冊となっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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