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『シン・ゴジラ』にみる緊急事態法制【ネタバレあり】

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
日比谷のシン・ゴジラ像(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

大傑作映画『シン・ゴジラ』

7月29日に映画、『シン・ゴジラ』が公開されました。事前に大々的なプロモーションも行っていなかったため、期待がそこまで大きくなかったのが実情だと思ったのですが、公開すると評価が一変。インターネットを中心に「『シン・ゴジラ』はすごい」という評判が広まり、公開からわずか4日で観客動員71万人、興行収入10億円を突破するヒット作となり、この夏の話題をかっさらっています。

もちろん話題の中心は、なんといっても12年ぶりに復活した、怪獣の代名詞とも言えるゴジラです。しかし、これに加えて、キャッチコピーの「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」の通り、日本政府を中心にした総勢328名もの人たちの未知の巨大生物ゴジラに立ち向かう姿が感動するほど細部まで作りこまれ、限りなくリアルであるという点が、なんといっても本作品の大きな魅力でしょう。

以下の記述はネタバレを含みます。作品を見ていない方は作品を見てから読んでください。

当初名前も付けられていない巨大不明生物が、アクアラインの海底トンネル付近に出現し、対応に苦慮する政府を嘲笑うかのように、蒲田に上陸。そのまま建造物をなぎ倒しながら品川方面に蛇行で進行していきます。すでにこの時点で羽田は全便欠航し、関係地域に人的物的含め甚大な被害が出ている状況です。

そんな状況なので、政府は迅速かつ適切な対応を求められていますが、なにせ超想定外の事態なのでどう対応すべきかすぐには判断がつきません。この政府首脳が判断に苦慮している様子、閣僚会議における議論のやりとりの描写といった、ややもすると地味になってしまうシーンがこれでもかというほどてんこ盛り。しかも細部の作りこみが本当に精緻なのです。こういった場面でここまで凝った作品はこれまでにありませんでした。うーん、素晴らしい。

ちなみに登場人物の作品内の名前と役者さんの名前を入れた、内閣官房の組織図は以下のとおり。この人達が国家の緊急事態に対応する中枢です。特に危機管理監が大事で、内閣法15条に基づき設置されています。歴代警視総監が就任するのが慣習。

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災害対策基本法とは

この後、官邸ではこの緊急事態に対応するための議論がなされるのですが、関連する法律は2つ出てきます。災害対策基本法と自衛隊法です。

一つ目の災害対策基本法は、災害に対する国の基本的事項を定めた法律です。この法律は、「国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、防災に関し、国、地方公共団体及びその他の公共機関を通じて必要な体制を確立し、責任の所在を明確にするとともに、防災計画の作成、災害予防、災害応急対策、災害復旧及び防災に関する財政金融措置その他必要な災害対策の基本を定めることにより、総合的かつ計画的な防災行政の整備及び推進を図り、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること」を目的としています(災害対策基本法1条)。

具体的な内容としては、以下の様なものを規定しています。

  1. 防災に関する責務の明確化
  2. 総合的防災行政の整備
  3. 計画的防災行政の整備
  4. 災害対策の推進
  5. 激甚災害に対処する財政援助等
  6. 災害緊急事態に対する措置

このうち『シン・ゴジラ』で問題となったのは、もちろん 6.の「災害緊急事態に対する措置」でして、災害対策基本法第105条に基づく災害緊急事態の布告を行うかどうかで議論がされていました。

災害対策基本法第105条(災害緊急事態の布告)

1 非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる。

2 前項の布告には、その区域、布告を必要とする事態の概要及び布告の効力を発する日時を明示しなければならない。

この緊急事態の布告を行ったあとに、どういった措置をとることができるかというと、同法の109条が規定しています。

災害対策基本法第109条(緊急措置)

1 災害緊急事態に際し国の経済の秩序を維持し、及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合において、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないときは、内閣は、次の各号に掲げる事項について必要な措置をとるため、政令を制定することができる。

(1) その供給が特に不足している生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止

(2) 災害応急対策若しくは災害復旧又は国民生活の安定のため必要な物の価格又は役務その他の給付の対価の最高額の決定

(3) 金銭債務の支払(賃金、災害補償の給付金その他の労働関係に基づく金銭債務の支払及びその支払のためにする銀行その他の金融機関の預金等の支払を除く。)の延期及び権利の保存期間の延長

つまり、生活必需物資の分配や物流を制限することができます。さらには物資の価格の統制を行うこともできますし、債務の支払延期、延長などモラトリアムも発令することができます。このような緊急事態に陥った場合には、物資などが行き届かないことを想定して、国家が介入して必要物資の管理を行うことができるわけです。

ゴジラに破壊されたのは首都東京だということを考えれば、この経済統制は不可欠でしょう。あの破壊っぷりからみて東京含めた日本の経済は壊滅状態にあると思われますし、物流網が復帰するのに相当の時間も要することでしょう。そうした観点から見て、大河内内閣が、即座に緊急災害事態の布告を出したことは英断だといえるでしょう。

ゴジラが出現した場合、自衛隊は出動できるのか

さて、ゴジラは災害ともいえますが、生物でもあります。竹野内豊さん演じる赤坂内閣総理大臣補佐官(国家安全保障担当)がいうように、「地震や台風などの自然災害とは異なり、生物である以上駆除できる」わけです。

緊急災害事態に際して物価統制などの経済統制を行うことを可能にするのが災害対策基本法であることは説明しました。他方で、ゴジラを駆除できるとすれば日本の自衛隊。そして法治国家において政府の機関を動かす以上は法律に基づく必要があります。自衛隊を出動させるためには、自衛隊法の根拠が必要なのです。

これまでのゴジラシリーズでは、ゴジラが出現すると、特に議論がなされることもなく、当たり前のように直ちに自衛隊が出動していました。しかし、今回の『シン・ゴジラ』は違います。どこまでも自衛隊の法的根拠をめぐって議論が交わされており、これがあくまでも細部に拘りまくっていて、このようにとことんリアルさを追求しているところが、この映画の醍醐味の一つといえるでしょう。

まず、最初に政府がなかなか自衛隊を出動させないため、光石研さん演じる小塚東京知事の方から、自衛隊の治安出動の要請が出ます。

これは自衛隊法の81条1項に根拠があります。

自衛隊法第81条(要請による治安出動)

1 都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。

都道府県知事からの要請にかぎらず、治安出動は、内閣総理大臣の命令によっても行うことができます(自衛隊法78条1項)。

もっとも、治安出動とは、一般の警察力をもっては治安を維持することができないと認められる場合における自衛隊の出動であるため、武器の使用については、警察官職務執行法と海上保安庁法を準用することになります。そのため、基本的には正当防衛と緊急避難でしか使用できません。

これに対して、防衛出動は、日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態に際して、日本を防衛するため必要があると認める場合に、内閣総理大臣の命令により、自衛隊の一部または全部が出動するものです(自衛隊法76条)。

自衛隊法第76条(防衛出動)

1 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成15年法律第79号)第9条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。

(1)  我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態

(2) 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

この自衛隊法76条1項(2)号の規定が、いわゆる「存立危機事態」というやつで、この条項によって、日本そのものに対して武力攻撃がなされていなくても、「我が国と密接な関係にある他国に対する」武力攻撃があって、日本の存立が危うくなる場合には、自衛隊の防衛出動が認められることとなりました。この自衛隊法を含む11本の法改正がいわゆる「安保法制改正」であって、昨年の夏には国会前のデモをはじめ、議論が盛り上がったのは記憶に新しいところです。

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今回の『シン・ゴジラ』では、まさにこの防衛出動を行うことができるかどうかという点で、議論がなされていました。理由は作品中からは明らかではありませんでしたが、最終的に自衛隊の武器無制限使用を許可していたところをみると、やはり治安出動では武器の使用制限に不安を感じたのではないかと推察されます。

最終的に、大杉漣さん演じる大河内総理は、戦後初の防衛出動を行うことを決断します。これによって、自衛隊は出動することとなり、木更津駐屯地からAH-1S、立川駐屯地からAH-64DとOH-1が出撃していきます。そして、さらには、10式戦車、99式155mm自走榴弾砲、16式機動戦闘車、三沢基地からF-2戦闘機、富士駐屯地からM270 MLRSなどが出撃していきますが。。。ここから先は本編をご覧ください。

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ところで、作品中では、「戦後初の防衛出動」として、防衛出動がこれまで実例がないことに言及されていますが、実は治安出動についても今まで実例はありません。過去には、安保闘争、1960年代の学生運動、労働争議、新宿騒乱、あさま山荘事件等への対応やオウム真理教事件における教団への強制捜査において治安出動が検討されたことはあり、治安出動の請願が地方議会で可決されたことまであるそうです。しかし、結果的に治安出動が発令されたことは一度もありませんでした。

ゴジラは自然災害なのか? ゴジラと自衛隊の災害派遣

さらにもう一つ。作品中で、竹野内豊さん演じる赤坂内閣総理大臣補佐官が「防衛出動は、先行する武力攻撃の主体を国またはそれに準じるものに限定しており、ゴジラはこれに該当しないため、超法規的措置として実行するほかない」と促し、これを承けて柄本明さん演じる東官房長官が「ここは苦しいところですが、総理、ご決断を」として詰め寄っています。

確かに、ゴジラは人間や国ではありませんから、ゴジラに対する防衛出動は難しいのかもしれません。

じゃあ、実際にゴジラが出た場合はどうするのか?

これについては、石破茂元防衛相が次のように語っています。

「ゴジラの映画があるが、ゴジラでもモスラでも何でもいいのだが、あのときに自衛隊が出ますよね。一体、何なんだこの法的根拠はという議論があまりされない。映画でも防衛相が何かを決定するとか、首相が何かを決定するとかのシーンはないわけだ。ただ、ゴジラがやってきたということになればこれは普通は災害派遣なのでしょうね。

命令による災害派遣か要請による災害派遣かは別にしてですよ、これは災害派遣でしょう。これは天変地異の類ですから。モスラでもだいたい同様であろうかなと思いますが、UFO襲来という話になるとこれは災害派遣なのかねということになるのだろう。領空侵犯なのかというと、あれが外国の航空機かということになる。外国というカテゴリーにはまず入らないでしょうね。」

出典:産経新聞2007年12月20日

動画はこちら

確かに、ゴジラといえど地球上の生物であることには違いないので、災害派遣ということになるのでしょう。この場合、自衛隊法83条が根拠となります。

自衛隊法第83条(災害派遣)

1 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。

2  防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。

3  庁舎、営舎その他の防衛省の施設又はこれらの近傍に火災その他の災害が発生した場合においては、部隊等の長は、部隊等を派遣することができる。

この場合、ゴジラに対して武器使用を認めることができるのか?という疑問がわくのが普通ですよね。

ところが、1960年代には、有害鳥獣駆除として航空自衛隊のF-86戦闘機による機銃掃射や、陸上自衛隊の12.7mm重機関銃M2、7.62mm小銃M1などによる実弾射撃が行われていたんだそうです。

今や希少海獣として保護の対象にあるトドですが、昭和30-40年代には、北海道や三陸沿岸では、彼らの「悪行」に困り果てた漁民らが自衛隊に泣きつき、機関銃で退治していたんだとか。

昭和34年3月26日、航空自衛隊の三沢第三飛行隊(当時)のF86F戦闘機が地元の海岸に出動、トドに対して機銃掃射を行っていますし、また、昭和43年1月28-29日には、北海道北部の羽幌町で、陸自第一特科団が12.7ミリ四連装対空機関銃「ミートチョッパー」を数基海岸に並べて射撃し、トドを仕留めたそうです(「丸」04年7月号 『ミリタリートリビア』集選より)。

このように考えると、今回も災害派遣でよかったのかもしれません。

【8月25日追記】

と、このように書きましたが、改めてこのあと鑑賞しました。

その結果、やはり災害派遣ではヘリや戦車まで使った武力行使を行うことに不安を覚えるのもよくわかり、やはり超法規的に防衛出動を認めるというのは、それはそれでありなのかもしれないと思い直しました。やはり災害派遣で行うことができるのは災害救援活動がメインなわけで、「アパッチのミサイルや、MLRSやF-2によるJDAM爆撃を災害派遣(害獣駆除)の枠組みで行えるの?」という疑問がわくのは自然な気がするわけです。

いずれにせよ、よく考えられている映画です。素晴らしい。

『シン・ゴジラ』に政治的な意図はない(と思う)

なお、『シン・ゴジラ』に対して、一部サヨクの皆様が「憲法改正に誘導するプロパガンダだー」とお怒りのようですが、筆者はむしろ、こういった緊急事態に際してどのように憲法と現行法の下で対応するのかという、あくまで実務的な政府・官僚的なリアルさしか伝わってきませんでした。未曾有の危機に際しては、実務家たちは現行法制度の欠陥をあげつらったりしていません。あくまで、自分たちができることを粛々とやっていたという印象で、良くも悪くも日本の現場力がよく出ていた作品だと思います。本当に傑作でした。大変感動しました。ありがとうございました。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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