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パリの下町バスティーユの職人町に誕生したショコラティエ、夢にかけた男たちのこだわりとは

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト

==真打ち登場==

新しいチョコレート専門店(ショコラティエ)ができるたびに思う。「まだ、ありなの?」と。

パリにはすでにかなりの数のショコラティエがあるけれど、ここ10年くらいの間、高級ショコラティエが次々にオープンしてきた。いろんなフレーバーが楽しめるボンボン・オー・ショコラが一粒で1ユーロ(約130円)以上、シンプルな板チョコ1枚が千円くらいもするこういったショコラティエに行列ができ、どんどん支店を増やしているところを見れば、巷の不況の声はどこ吹く風…。とはいえ、もうさすがに飽和状態だろうと思っていたところに、真打ちが現れた。

フランス料理界の第一人者が自身の名前を冠した「LE CHOCOLAT ALAIN DUCASSE MANUFACTURE(ル・ショコラ アラン・デュカス・マニュファクチュール)」が、この2月の末にオープンしたのだ。場所はバスティーユのロケット通り。パリっ子にとってみれば、比較的わかりやすい繁華街といえるけれど、率直にいって、高級ショコラティエの立地としてはあまりピンとこない。いわゆる“おしゃれ”な界隈ではないのだ。猥雑な感じの小道、しかも店の建物はその通りからさらに奥まったところにあるので、わかりにくい。ではいったい、あのアラン・デュカスがどうしてこんな場所を選んだのか? それにはじつはもっともな理由があるのだが、そのことはいったん置いておく。

バスティーユ、ロケット通りの間口
バスティーユ、ロケット通りの間口
奥に入ったところにある店舗
奥に入ったところにある店舗

==豆からこだわる==

ところで、ショコラ(チョコレート)もワインと同じようにカカオの品種や産地による違いがある。品種ごとに風味の特長があり、原産地での最初の工程、たとえば、カカオ豆をどのように発酵、乾燥させるかによっても優劣が出る。そうして袋詰めされたカカオ豆が出荷され、それを原料にしてショコラが作られるわけだが、豆から最終的な製品になるまでの工程をすべて自前でしているショコラティエというのは、じつはごくわずか。豆を焙煎して殻などを取り除き、すりつぶしていったん固めるまでの工程は大手の専門業者が行い、カカオマスなど、ある程度の状態になったものを仕入れ、それを元にさまざまなブレンドなどをほどこして最終的なショコラ製品にするケースがほとんどだ。

「僕の知る限り、豆からショコラを作っているショコラティエは、フランス国内では5、6件、パリにはないと思うね」と、話してくれたのは、「ル・ショコラ・アラン・デュカス」の責任者、ニコラ・ベルジェさんだ。デュカス氏が世界展開する複数の星付きレストランなどで働いたキャリアが13年。そもそもリヨン郊外でパティスリーを営んでいた家に生まれ、粒チョコの仕上げを子どものころから手伝っていたというから、根っからのパティシエ、ショコラティエと言えるだろう。

ニコラ・ベルジェさん
ニコラ・ベルジェさん

デュカス氏が長年の夢として持ち続けていた、豆から作るショコラティエの実現にあたり、ニコラさんに白羽の矢が立ち、2人で具体的な準備に取りかかったのは4年間以上前のこと。まずは、豆からカカオマスにするまでの工程のためのマシーンを探すところから始めた。というのも、現在、カカオマスを作る設備はキロではなくトンの単位。ショコラティエ1件分の生産量に見合うサイズが、まず存在しない。高級ショコラティエのほとんどがカカオマスを専門業者から仕入れているのはそのためだ。ニコラさんは、今も使用に耐えうるヴィンテージマシーンを探して、フランス国内はもとより、ヨーロッパ中を巡った。そうして、リタイヤして久しい機械を譲り受けたり、焙煎のためのマシーンは、イタリアでコーヒー豆に使われていたものに改良を加えることにしたり……。機械を手に入れたはいいが、そのあとはショコラティエならぬ、修理工に職替えをしたかと思うような時期もあったという。

吟味したカカオ豆を世界の産地から集める
吟味したカカオ豆を世界の産地から集める
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==ゆえあっての下町==

さてさて、お預けにしていた立地の理由にはまさに、これらのマシーンが鍵を握っている。相当の重量になる複数の機械を設置するには、まず地面が丈夫でなくてはならない。そもそもパリは地下が発達していて、古い建物でもほとんどが地下倉庫などを備えているのだが、地下に穴が空いていない場所を探す必要があった。そこへいくと、このバスティーユというのはもともと職人町。いまでも家具屋などが多いのはその名残で、よく見れば、中庭に引き込み線のような線路が通っているところがあったりするような界隈。3年以上費やした場所探し末にたどり着いたのは、かつての自動車修理工場の敷地。これならば、どんな重たい設備でも運び込んで稼働させることができる。

「ル・ショコラ・アラン・デュカス」の店名の下に小さく、「MANUFACTURE(マニュファクチュール)」と併記されているのには、じつは以上のような意味合いが込められている。かつてのパリの下町の職人町に誕生したショコラティエは、2人の男がこだわりぬいた夢のカタチ。ニコラさんらの仕事ぶりがガラス越しによく見えるブティックにはきょうも、うっとりするような幸せの香りが立ちこめている。

店の内装にもアンティークが使われている
店の内装にもアンティークが使われている
ガラス越しに作業風景が見える
ガラス越しに作業風景が見える
パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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