【体操世界選手権】8年ぶり団体金メダルの日本 後半に逆転できたのはなぜか #体操競技
体操ニッポンが8年ぶりに金メダルを奪還し、パリ五輪に大きく弾みをつけた。
体操世界選手権(ベルギー・アントワープ)の男子団体総合決勝が10月3日(日本時間4日)に行われ、橋本大輝(順大)萱和磨(セントラルスポーツ)、千葉健太(セントラルスポーツ)、南一輝(エムズスポーツクラブ)、杉本海誉斗(相好体操クラブ)でチームを組む日本が、昨年優勝の中国を抑えて、2015年グラスゴー大会以来8年ぶりの優勝を飾った。
最終種目の鉄棒の最後の演技者は橋本。5種目終了時に2位だった米国と3位だった中国は先に演技を終え、日本が金メダルを獲るのに必要な点数は12.566だった。
橋本は確実に点を取る構成を選択し、「カッシーナ」「コールマン」などの手放し技を雄大に実施。着地もピタリと止めて14.366点を出し、2位の中国に1.800点差をつけて見事に優勝を果たした。
金メダルが決まった瞬間、互いに抱き合い、その場で飛び跳ねるように歓喜を爆発させた選手たち。
1種目目のゆかで4位と出遅れ、4種目目の跳馬で逆転で首位に立ち、平行棒と鉄棒で逃げ切った彼らは、どのような心境の移り変わりで約3時間にわたる6種目18演技を闘い抜いたのか。
■点が伸びなかったゆかだが、選手たちに動揺はなかった
予選を1位で通過した日本だが、決勝の始まりは決して良い流れではなかった。最初の種目であるゆかでは、大過失こそはなかったが技の出来映えの評価であるEスコアが伸びなかった。
まずは一人目に出た千葉が連続技の着地で弾むなど全体的に落ち着かず、予選より1点近く低い12.933点と不安含みのスタート。
二人目の橋本は冒頭のルドルフを止めるなど、おおよその実力は発揮したものの14.350点と伸びない。
三人目に登場した南は群を抜く高さのジャンプから高難度技を繰り出したがEスコアが7.933と8点台に乗らず、14.333点。日本は3人の合計41.666点でまさかの4位スタートとなった。
ただ、Eスコアが伸びなかったのにはハッキリとした理由があった。
佐藤寛朗ヘッドコーチは、「ゆかは着地を止めに行こうとしすぎたため、姿勢がかなり低くなってしまった。今のルールは、膝が90度以上曲がった着地だと0.5点、減点されてしまう。なので、手で支えたのと変わらないくらい引かれてしまった」と試合後に説明した。より高得点を狙う積極的な意気込みによる結果だったことで、選手たちに動揺はなかった。
■2種目目のあん馬も苦しんだが…
2種目目は日本にとって鬼門となっているあん馬だ。一人目の萱は14.200点と安定感を見せたが、その後が続かなかった。
二人目の千葉は、前に演技をした米国選手の採点に時間がかかり、5分以上待たされての演技開始という難しさの中で動きにスピード感がなく、落下。
「ちょっと急いでしまった。一つ目の手が入ったときに力でねじ伏せようというようになってしまったのが悪い方に出た」と振り返った。
この後、三人目の橋本も途中で馬に脚をぶつけるなど耐える演技になり、14.266点。日本は2種目目でも点を伸ばせず、2種目の合計点は87.664点で、首位に立っている中国との差は約4.500点にまで広がった。
ただ、ここまで差が開くと見ている方はハラハラしてしまうが、チーム全体としては十分に落ち着いていた様子。終わってみれば出場した5種目すべて14点台を並べた萱は、「僕は全く動じなかったです。日本が強いというのを分かっていたし、後半種目で挽回できるという気持ちでした」と心境を説明した。
■つり輪の着地成功から波に乗り始めた日本
キャプテンのその言葉を裏付けたのは3種目目のつり輪だ。この種目が決勝初登場となった杉本は「つり輪で点数が伸びるということにはならないと思っていたので、その中でチームに勢い付けられるのは着地を止めること」と考えながら、演技でそれを実行した。
一番手の萱が14.033点としっかりやりきると、二人目の杉本は着地も止めて13.700点。三人目の千葉はまだ硬さが残っていたが、それでも13.766点を出した。日本はつり輪を終え、3位に浮上した。
■ターニングポイントだった跳馬 南が15.000
つり輪で見え始めた良い流れを一気に加速させたのが4種目目の跳馬だった。終わってみればこの日のターニングポイントとなった種目だ。
「つり輪が終わった時点で“まだ大丈夫だな”というのが肌感覚で分かった」と語った萱は、高難度のロペスを跳んで14.633の高得点。「史上最強に良いロペスだった」と胸を張った。続く橋本もロペスを跳んで14.900点の高得点を出した。
圧巻は三人目の南だ。こちらもロペスを跳んでただひとり15点台に乗せる15.000点。
「自分はゆかと跳馬で仕事を任されていて、ここで決められないと来年のパリ五輪にもつながらないかなと思った。ここは死ぬ気で狙いにいこうと思ってやって、いい流れに乗れた」と胸を張った。
金メダルが決まった直後には内村航平コーチから「南がゲームを変えた」と称えられたと言い、「すごくうれしかった。金メダルを自分が引き寄せるという思いがあったので、跳馬でそれができてすごくうれしい」と笑顔を浮かべた。
■橋本「人生で一番うれしいメダル」
跳馬でトップに立ったならば、あとは突っ走るのみ。残すは日本が得意とする平行棒と鉄棒だ。
平行棒の一番手は安定感抜群の萱で、14.733点。二人目の橋本は予選より点を上げて14,866点。そして三人目は杉本。ムササビのような滞空時間と飛距離を誇るバブサーを決めて14.833点。
こうして迎えた運命の最終種目は鉄棒。一番手の萱が14.000点を出し、二番手の千葉は13.560点、そして、大トリの橋本がラストを14点台で締めて、日本は金メダルを獲得した。
予選1位から決勝で中国に敗れて銀メダルにとどまった昨年の世界選手権で、「団体の金はすごく遠いと感じた」と唇を噛んでいた橋本は、「獲りたくても獲れなかった金メダル。2019年の銅から始まって、(2021年)東京、去年のリバプール。銅、銀、銀と続いてきてる中で、やっぱり苦しく、悔しい気持ちもあった。今年は絶対に獲りたいという思いもあったので、これで良い流れに乗っていきたい。人生で一番うれしいメダルになった」と相好を崩した。
とはいえ、パリ五輪で最大のライバルとなる中国は今回、自国開催のアジア大会を優先して団体メンバーを組んだため、2021年世界選手権男子個人総合金メダルの張博恒(ジャン・ボーヘン)や平行棒とつり輪を得意とする鄒敬園(ゾウ・ジンヤン)は不在だった。
「いろんな意味で僕はパリが本番だと思う。ここで勝ち方や流れを経験できたので、来年につながると思う」と萱は言う。
その思いはどの選手も同じだ。