ノルウェーのファクトチェック団体を訪問(1)記者の「学校」となる新しいジャーナリズム
偽ニュースが事実かどうかを調査するノルウェーのファクトチェック団体「ファクティスク」を訪問した。
同団体の設立は今年3月末に発表され、9月のノルウェー国政選挙前とあり、現地で大きな注目を集める。すでに86の事実確認を発表した。
当初は選挙直前ということもあり、活動が盛んになった夏には、政治家や政党の発言をチェックすることが多かった。政治家から批判も浴びたが、選挙後には団体、報道機関、有名ブロガー、SNSで話題となっている議論などを調査する傾向が増えつつある。
ノルウェー語で「ファクティスク」(Faktisk)は、「実はね……」という意味で日常的に使われる単語だ。
首都オスロにあるオフィスで、代表のクリストッフェル・エーゲバルグ氏は、各国で話題となりつつあるファクトチェック団体を、「伝統的なジャーナリズムとは違う。お金がかかる、新しく難しいジャーナリズム」だと説明する。
団体の経済的支援策は?
ファクティスクは現在は4社のノルウェー大手報道機関でなる。
ダーグブラーデ新聞社、VG新聞社、民間最大手テレビ局TV2、国営放送局NRKだ。
これら4社がオーナーとなり、最大手通信社NTBは情報拡散、Facebookは技術サポート、金銭的援助をする団体などがサブパートナーとなっている。
オーナーの4社は各社が初年度のみ200万ノルウェークローネ(NOK)、年会費として100万NOKを払う。団体の運営には、ほかに400万NOKが必要となるため、他団体から毎年援助してもらい、やりくりする計画だ。
※100万NOK=およそ1400万円
「独立機関として権力者を批判しやすいように、政府からの補助金は現時点では受け取っていません」とエーゲバルグ氏は話す。
オイルマネーや高い納税率により、金銭的には豊かなノルウェー。一方で、520万人という人口の規模で市場が限られていることから、報道機関や団体は政府から補助金を受け取ることが普通となっている。
設立のきっかけは、欧米での選挙の変化
「ノルウェーではメディアがファクトチェックをするという習慣は選挙運動中だけで、永続的な調査機関はこれまではありませんでした」と同氏は話す。
団体の設立を考え始めたのは昨年のクリスマス前。VG紙とダーグブラーデ紙の編集者、エンジニア、デベロッパー、デザイナーなど、6人が小さな部屋に集まり、こっそりと話し合いをして決めたという。
NRKやTV2も、すぐにオーナーとして名乗り出た。
「このような活動は、1社だけでは困難。各社の外部に独立機関を設け、金銭的に支援しあうことがベストだという結論に至りました」。
団体の必要性を感じた理由は、米国選挙、英国のブレグジットなど、欧米での選挙の変化だという。偽ニュースがとてつもないスピードで広がる様子を見て、対応がどれほど困難な事態か実感した。
「自分が受け取る情報は正しいのかと、人々は不安になり始めました。政治家の発言や見聞きする情報を信じることができるように、我々にできることがあると思ったのです」。
「ジャーナリズムは事実を基盤とした社会議論の場であるべき。『これは偽情報だ。気を付けなきゃ』と人々に教育的要素を含む機会を提供し、懐疑的になるきっかけに我々はなれると感じました」。
ジャーナリストにとっての「新しい学校」に
ファクティスク団体には、各社から2~3人派遣されるが、半年~1年で「卒業」する。
人の出入りを活発化させることで、全員が新しい技術などを学び、自分の会社に持ち帰り、その体験を共有するためだ。
それぞれには得意な技術があり、互いから録画方法やデータの取り扱い方などを学ぶことができる。
他国からもジャーナリストが学びに来る制度、大学と提携、ファクティスク団体が現地の教育現場を訪問し、若者に知識を共有するなどの取り組みも行う。その活動は、団体の経済的収入にもつながる。
「ここは、ジャーナリストにとっては、学校でもあり、ラボラトリーのようなもの」とエーゲバルグ氏は話す。
ノルウェーのファクトチェック団体(2)に続く
Photo&Text: Asaki Abumi