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揺さぶり虐待疑われた妻が、まさかの誤認逮捕 大阪弁護士会会長の「声明」に夫がいま思うこと

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
多くの親がSBS(揺さぶられっ子症候群)を一方的に疑われ刑事訴追されている(写真:アフロ)

「私の妻も、生後7か月の息子への揺さぶり虐待を疑われ、2年前、突然逮捕されました。つかまり立ちから転倒したのだと、いくら説明しても信じてもらえませんでした。それだけに、大阪弁護士会の会長が出した声明を見たときは、力強い味方が増えた気がして本当に嬉しかったです」

 そう語るのは、大阪府に住む菅家英昭さん(46)です。

 菅家さんが「力強い味方」と言うのは、2020年2月25日、大阪弁護士会の今川忠会長が発表した『揺さぶられっ子症候群(SBS)仮説に基づく訴追をめぐる会長声明』です。

 今川会長はまず、大阪高裁において連続して下された、以下の3つの無罪事件を例示しました。

●2019年10月25日、大阪高裁第6刑事部は、生後2か月半の孫娘を揺さぶって死亡させたとして一審で懲役5年6月の実刑判決を受けた事件当時66歳の祖母に対し、病死であった可能性を認めて逆転無罪判決を言い渡した。

●2020年1月28日、大阪高裁第3刑事部は、事件当時1歳11か月の女児の頭部に暴行を加えて死亡させたとして起訴され、1審で無罪判決を受けていた男性に対し、検察官の控訴を棄却し、1審無罪判決を支持する判決を言い渡した。

●2020年2月6日、大阪高裁第5刑事部は、生後1か月半の娘を揺さぶって脳に重い障害を負わせたとする傷害事件で、一審で懲役3年執行猶予5年の有罪判決を受けた事件当時33歳の母親に対し、低位落下による可能性を指摘し、逆転無罪判決を言い渡した。

 上記の事件はいずれも「SBS 仮説」に依拠し、最後に赤ちゃんと一緒にいた保護者が「虐待の犯人」として逮捕、起訴されました。しかし、すべて高裁で無罪となっています。

2月14日、日弁連で記者会見に応じた菅家さん。2年前、妻が我が子への虐待を疑われ、突然逮捕された(筆者撮影)
2月14日、日弁連で記者会見に応じた菅家さん。2年前、妻が我が子への虐待を疑われ、突然逮捕された(筆者撮影)

■虐待が許されないと同時に、冤罪も絶対に許されない

「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome)=SBS」とは、赤ちゃんの脳に、1)硬膜下血腫 2)網膜出血(眼底出血) 3)脳浮腫 が生じた場合、暴力的な揺さぶり(虐待)によるものと推測する仮説のことです。

 会長の声明は「SBS仮説の信頼性は大きく揺らいでいる」として、次のように続きます。

『SBS仮説の発祥地である英米はじめカナダ、スウェーデン等では、SBS仮説の科学的根拠に疑問が投げかけられ、すでに多くの雪冤事例等が報告されている。日本の医学界でも、近時SBS仮説の機械的な適用を疑問視する声が高まりつつある

 さらに、誤った刑事訴追を繰り返してきた捜査機関に対して、厳しい口調でこう指摘しました。

『無罪判決がなされたとはいえ、大切な子が突然、死亡したり、脳に重い障害を負い、虐待を疑われ、家族と引き離され、長期間被告人の地位に置かれた当事者の苦しみは、想像に余りある。虐待が許されないと同時に、冤罪も絶対に許されない。訴追機関は、直ちにSBS仮説そのものを検証し、今後、誤った訴追がないように取組を始めなければならない』

(以下、大阪弁護士会会長声明文のPDF)

『揺さぶられっ子症候群(SBS)仮説に基づく訴追をめぐる会長声明』PDFファイル

■なぜ、一番悲しんでいる妻が逮捕されなければならなかったのか……

 SBS(揺さぶられっ子症候群)の取材を続けている私のもとには、「強く揺さぶることなどしていないのに、虐待を疑われた」という方々から、相次いで切実な体験が寄せられています。

 菅家さんの場合は、生後7か月の長男がソファにつかまり立ちをしているとき、後ろに転倒するという事故が発端でした。

 発生したのは、2017年8月のことです。

「転倒後、息子の様子がおかしくなったため、すぐに病院で頭部のCTを撮影したところ、急性硬膜下血腫、眼底出血、痙攣重積(頭部の外傷による、てんかんのような症状)と診断され、血腫を取り除く緊急の開頭手術を受けることになったのです」(菅家さん)

 菅家さん夫妻は息子のケガをとても心配し、ただ回復を祈る日々だったといいます。しかし、脳に出血を伴うような重傷を負っていたため、病院は児童相談所に通報。息子さんは一時保護されました。

 当初はどこにいるのかも教えてもらえず、面会もまったくできませんでした。

「息子は不妊治療の末ようやく授かった、私たち夫婦にとって大切な宝ものです。もちろん、妻は虐待など絶対にしていないと訴えていました。それなのに、息子と会えない日々が続き……、あの頃は本当に辛かったですね」(菅家さん)

 親子分離は1年が過ぎても続き、息子さんの1歳の誕生日を祝うことも、初めてのお正月を一緒に祝うことも叶いませんでした。

 そして、2018年9月、思いもよらぬことが起こりました。

 菅家さんの妻が突然、傷害容疑で逮捕され、手錠をかけられたのです。

菅家さんの妻が逮捕された日のニュース報道画面(筆者撮影)
菅家さんの妻が逮捕された日のニュース報道画面(筆者撮影)

 逮捕当日には、テレビの全国ニュースで大々的に報じられ、新聞には『育児ストレスなどがあったとみて経緯を調べる』、という警察のコメントが掲載されていました。

 しかし、菅家さん自身は、なぜ妻が逮捕されなければならないのか、全くわからなかったと言います。

「警察は、『複数の医師に意見を求めて、虐待があったと判断した』そう説明していました。いったいどんな医師に意見を求めたのか、名前はわかりません。誰ひとりとして、私たちの話を直接聞くことも、転倒した現場を見に来ることもありませんでした」(菅家さん)

■揺さぶられっ子症候群仮説で虐待を疑われ、長期間引き裂かれる親子の苦悩

 

 逮捕から約3カ月後、菅家さんの妻は嫌疑不十分で不起訴となりました。

 しかし、不起訴処分が決まっても、親子分離はすぐに解除されるわけではありませんでした。

 結局、息子さんと一緒に暮らせるようになるまでには、1年4カ月という長い時間がかかったのです。

 菅家さんは深刻な面持ちで語ります。

「私は今、SBS仮説を根拠に虐待を疑われた家族の方々の会に参加して、意見交換などをしています。メンバーの中には我が家と同じく、転倒や落下等の事故のほか、脳の病気の可能性が高い方もおられます。にもかかわらず、虐待を疑われて捜査され、突然、逮捕されてしまうのです。また、私の妻のように起訴はされなくても、長期間親子分離されているという人たちも複数おられます。SBS仮説で誤診されたケースは、全国にいったいどれくらいあるでしょうか……」

 つかまり立ちからの転倒や低い位置からの落下でも、赤ちゃんはときとして脳の中で出血するようなケガを負うことがある……。

 こうした実例が多数発生しているのは事実です。

 私がここ数年取材しただけでも、同じ体験談を何人の保護者から聞いたことでしょう。

 であればむしろ、犯人探しに躍起になるのではなく、「よちよち歩きの時期には転倒事故に気をつけましょう」「頭部を守ってあげましょう」という、安全への啓蒙活動をすることの方が必要ではないでしょうか。

 愛情をかけ、懸命に子育てをしていても、不慮の事故をゼロにすることはできません。

 誤った判断による冤罪や、長期の親子分離に苦しむ家族がこれ以上増えないためにも、今回の声明をぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。

無罪判決が相次いでいる大阪高裁(筆者撮影)
無罪判決が相次いでいる大阪高裁(筆者撮影)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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