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日本経済の成長阻害の主要因といわれる生産性の問題とは何だったのか?

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
日本の賃金水準は上昇していない(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 未来を創る財団の社会生産性研究会プロジェクトチームが最近、興味深い報告書「今 なぜ生産性か―求められる労働力構造転換―」を発表した。

 同報告書の目的は、次の2点である。

・長期視点と国際比較データなど エビデンスに基づき 日本の生産性低迷の原因を解明すること。

・その分析を通じて 企業・社会に関する生産性のリテラシー向上に資すること。

 日本においては、生産性が低いことが日本の経済や産業の課題であるということは長らく指摘されてきた。ところが、実はその生産性の具体的などのような部分が問題・課題であるかの解明が十分であったかというと必ずしもそうでなかった。

 同報告書の特徴は、既に予想されていたりあるいは何となく直感的にそうではないかと感じていた部分を、「長期視点と国際比較データなどエビデンスに基づき日本の生産性低迷の原因を解明」しようとしたところである。またこの「50年間を軸に経済の規模体制が近いG7および日米独の比較を中心に検討」しており、「検証にはOECDなど国際機関や日本の官公庁による公表資料、その他民間機関の関連文献を参照」して、この作業をおこなったことである。

 同報告書は、「産業構造から 労働力構造へ」というタイトルのもと、日本の産業構造は、1990年代に G7に並んだが、それと共に生産性の課題は労働力の構造転換に移ったと結論付けている。

そして、より具体的には、次のように総括している。

*近代化に遅れて参入した日本は、その産業構造転換は1990年代にG7に追いついた。

*1994年以降25年間の日本は産業別GDPで大半の業種が停滞してきている。

 他方、日本のGDPは依然としてG7のうち米国に次いで2位(世界第3位)である。

*現在も、米独仏に比べ、日本の労働生産性は30年の遅れがありG7で最下位である。

 日本は、技術水準・生活水準に30年の差があるとは考えにくいが、生産性(労働時間当たりGDP)においてG7諸国と比較して低い。そのため労働者一人当たりGDPにおいて、日本はG7中最下位である。そして、日本の2018年の生産性は、G7諸国の1980年代のそれと同程度であり、その差は30年の遅れである。

日本の生産性はG'から30年の差  出典:同報告書
日本の生産性はG'から30年の差  出典:同報告書

日本の労働者1人当たりのGDPはG7中最下位 出典:同報告書
日本の労働者1人当たりのGDPはG7中最下位 出典:同報告書

*この間、各国では産業のサービス化や職業の専門化、さらにはデジタル化が進み、社会構造は大きく変化した。これに対して、日本は、解消しない長時間労働、労働者当たりの低い生産性、労働者当たりの生産性や業種の生産性における課題、管理職や専門職などの低い比率、高スキル就業者の低い割合などの問題・課題が生まれてきているのである。

*このようなことから、日本は、企業・社会全体で職種とスキルの両面から労働力の構造転換を図る必要がある。

*全就業者の7割を占め、新たな産業が生まれる3次産業の労働力構造転換が大きなカギである。

*労働生産性に関する企業・社会の主な課題としては、次の項目があげられる。

・横ばい続く年間賃金。

 賃金水準は長期にわたり横ばいが継続している。

・能力不足の認識:大、能力開発投資:小。

 就業者の能力不足の認識は大。一方で能力開発投資は少。一般企業はICT人材比率が低く、ベンダー依存。専門職種の増加不足や管理職比率の低さの問題が存在している。

・大企業:マーク・アップ率(注)の低さ。

 企業利益の水準が低い。

・中小企業:付加価値産出および大企業との格差の解消

 中小企業は、付加価値産出において大企業と大差がある。

・開廃業率の低さ。

 開廃業率の低さ、債務超過企業の多さ、起業意識の低さ、起業無関心者の多さなどの問題がある。

日本の生産性アップには多くの問題・課題がある
日本の生産性アップには多くの問題・課題がある提供:イメージマート

 また既に述べたこととも重複するが、同報告書は、データからみて、日本と他のG7諸国とどこが違うかについても言及し、4点から結論づけている。

1.収益構造改革の遅れ、開廃業促進の遅れ

 競争力の低い企業が温存されてきたことや収益構造の改善遅れは たとえば 競争より協調を選ぶ社会風土や文化 教育なども考慮に入れる必要がある。

2.労働力構造

 高付加価値産業の増加、職種の専門化、高スキル人材の育成、労働の流動化など労働力構造の転換が重要である。産業人口の7割を占める3次産業には 労働力構造の転換や 新たな産業 事業に向けた能力開発投資など多くの期待がかかる。

3.付加価値産出能力向上へ能力開発投資

 米英独仏などの労働力への能力開発投資が高い国では、生産性が高い。労働力運用のマネジメント能力向上も、付加価値産出能力の向上に重要な要素である。

4.社会の生産性リテラシー向上

 日本の生産性を高めるためには 労働時間の削減以上に、付加価値を産出していくことが重要であるという生産性に対する意識を企業・社会で共有することが重要である。

 そのような結論に基づき、同報告書は、次のような提言および今後の検討課題について指摘している。

1.3つの施策(提言)

(1)社会全体での能力開発推進

・企業/個人/行政 各分野・各階層での積極的な能力開発投資。

・ICT人材の絶対数の増強、自社内ICT人材の育成・拡充。

・スキルレベルの可視化によるリスキリング促進、育成プログラムの標準化・共通化。

(2)労働力構造改善効果による賃上げ

・労働者のスキルアップに見合う賃上げ。

・高付加価値職種への転換による賃上げ。

・適切な人材マッチングによる組織全体のスキル最適化に伴う賃上げ。

(3)産業構造の高度化・高収益化(特に第3次産業)

・マーク・アップ率向上を目的とした商品力・サービス力の強化。

・DX促進による効率化、組織間連携の強化、マーケティング力の強化。

・外部連携を含む多面的なイノベーションへの取組。

2.今後の検討課題

(1)基本目標 付加価値の増大を主眼とした生産性の向上

(2)目標達成に向けた取組例

・能力開発投資(職業の専門化、スキルレベルへの理解と普及推進、企業内ICT人材の拡充)。

・職種構成偏りへの対処(ジョブディスクリプションの明確化、スキルマッチングの改善強化、労働力の流動化)。

・収益構造改善(開廃業の促進、コスト追求型・付加価値追求型商品、サービス路線の明確化(二極化))。

今後に向けて考えていくべきことは多い。
今後に向けて考えていくべきことは多い。写真:イメージマート

私たちはどんな社会をも構築できうるのだろうか。
私たちはどんな社会をも構築できうるのだろうか。写真:イメージマート

 同報告書に示された現状認識および提言は、突飛なものではない。またマジックのようにそれを単に実行すれば、日本の企業や産業が飛躍的に改善するものでも決してない。ただ逆にいえることは、現在の日本の経済・産業・企業の現在の状況は、ここに示されたような基本的なことの絶えざる積み重ねや努力・研鑽を怠ってきた結果だということである。

 筆者は、別の記事等でも指摘していることであるが、日本は、第二次世界大戦後の急速な復興および発展で、その経済も企業も、一時は「世界を席巻するような状況」が生まれ、世界からも称賛された。その結果、日本型の独特のアプローチは真似することはできず、他の国・地域や他国の企業等は勝てないと、日本の経済や企業は「錯覚」しあぐらをかき、研鑽し改良・改革することを止めてしまったのだ。他方、他国やその企業等は、猛烈に日本の経済や企業そしてその経営手法を徹底的に研究し、凌駕する可能性を模索したのだ。

 その分岐点が正に、同報告書でも指摘されている今から約30年前だったのだと考えることができる。当時、日本は、バブル経済に高揚し、その後のバブル経済の崩壊に伴う日本経済の大きなダメージおよびその修復に多くのエネルギーを注ぎ、変化や進展をすることができなかった。さらにその後の世界経済の危機的状況、日本における政権交代の失敗や大震災等により、日本は、生まれ変わるための多くのパワーや機会も逸してきたのだ。そして現在に至っているということができるのである。

 しかしながら、社会や国は、意外とレジリアンスがあるものだ。同報告書も指摘しているように、日本は、いまだ世界第3位の経済大国だ。

 その点を踏まえて、日本や日本企業は、同報告書が指摘している点を今一度真摯に受け止めて、やや時間がかかるだろうが改善、改革をしながら、新たに学び、日本の経済や企業の新たなる可能性を見出していくことが必要だ。

 まずそのための一歩を踏み出すことが求まられている。同報告書を読みながら、その感を強くもった。

(注)マーク・アップ率(mark-up ratio、付加利益率=利益÷原価(%))とは、「価格設定者(プライス・メーカー)である寡占企業は、製品価格を決定するときに、製品一単位当りに要する生産コスト(単位費用)に一定の利潤を積み増しする。その積み増し分(マーク・アップ)は、単位コストに一定比率を乗じて算定される。この一定比率がマーク・アップ率であり、その大きさは、業界の慣習や将来の景気の見通しなどといった要因により決定される。[内島敏之]」(出典:日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館))

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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