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ひき逃げ死亡事件から7年… 時効を迎えた遺族が、今訴えたいこと

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
犯人が逃げたまま時効を迎える死亡事件。ひき逃げの時効はなぜ7年なのか? (ペイレスイメージズ/アフロ)

 山梨県で発生したひき逃げ死亡事件が、昨日(2018年2月25日)、「時効」を迎えました。

 遺族は、7回目の発生日にあたるこの日も、遠く佐賀県から山梨県甲斐市の現場へ足を運び、警察官や友人たちとともに目撃情報を求めるビラを配りました。

 しかし、この日までに犯人に結びつく有力な手がかりは得られず、「救護措置義務」での犯人検挙は果たせませんでした。

 仮に明日、犯人が見つかったとしても、その人物はこの先、「ひき逃げ」という罪において起訴されることはなく「逃げ切った」ことになります。

 まさに「逃げ得」です。

24歳の青年の命を奪った犯人は今どこに?

 この事件は、2011年2月25日の未明、山梨県甲斐市志田の国道20号線で発生しました。

 午前3時50分、「人が倒れている」というトラック運転手からの通報によって、うつ伏せに近い状態で倒れている平野隆史さん(24歳)が発見され、すぐに山梨県立中央病院へ救急搬送されました。

 しかし、2日後の2月27日午前7時7分、意識を回復せぬまま亡くなったのです。

 現場は、平野さんの自宅のすぐ前でした。

 死因は右側頭部打撲による頭蓋内損傷。骨折箇所は右側に集中しており、下半身に損傷はありませんでした。当初は事件、事故、病気などさまざまな状況を視野に入れて捜査されていましたが、現在は、現場や司法解剖の結果などから、「ひき逃げ事件」と断定されています。

両親は自費で懸賞金をかけ、有力な目撃情報を募っています
両親は自費で懸賞金をかけ、有力な目撃情報を募っています

 

 私自身、この事件の遺族と出会ってからホームページやブログなどでたびたび記事を書いてきました。

 ヤフー個人ニュースでも、昨年の9月に下記の記事を発信しています。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20170925-00076149/

 加害者が誰なのかわからないまま過ごす7年間という歳月が、遺族にとってどれほど苦しい日々であったか……。

 その辛さはとても推し量れるものではありませんが、時効である今年の2月25日、という日が終わるときには、何とも言えぬ重い気持ちになりました。

 今朝、私はこのひき逃げ事件で息子さんを亡くされた、平野るり子さん(佐賀県在住)とお話ししました。

 彼女は電話の向こうで、悔しそうにこうおっしゃいました。

「交通事故を起こすこと自体は避けられない場合もあるかもしれません。でも、起こした後の行為は別です。ひき逃げは事故ではありません。交通事故そのものの時効は10年なのに、なぜ、ひき逃げという悪質な事件の時効が7年なのか? 私たちはどうしても納得できないのです」

7年前、平野隆史さんが命を奪われたひき逃げ現場は、見通しの良い国道20号線でした(遺族提供)
7年前、平野隆史さんが命を奪われたひき逃げ現場は、見通しの良い国道20号線でした(遺族提供)

なぜ、ひき逃げの時効は7年なのか?

「えっ、ひき逃げに時効なんてあるの?」

 この話をすると、そう言って驚く人が少なくありません。

 実は、ひき逃げ死亡事件の場合、被害者を死亡させたことについては「自動車運転過失致死罪」が適用され、時効は10年となっています。

 一方、ひき逃げ(救護義務違反)については、道路交通法の72条1項前段(以下)の規定が適用され、時効は7年と定められています。

交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(略)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。

 つまり、平野さんの事件においては、発生から7年経過した昨日でひき逃げの時効が成立し、「自動車運転過失致死罪」については、時効まであと3年ということになります。

 ひき逃げは、助かる命をも見殺しにする、極めて悪質な事件です。この寒い時期に、ケガをした被害者が冷たい路上に放置されたらどうなるでしょうか……。

 かつて殺人事件の公訴時効は15年でしたが、2004年に25年に延長され、2010年には廃止されました。

 車を使った無差別テロや殺人事件も起こっている昨今、なぜひき逃げ死亡事件の時効がこれほど短いのか? 

 また、もしもこの犯人が別の事件で捕まって、過去のひき逃げ事件についても自供したらどうするのでしょうか……。

 この点についてはぜひ遺族の声に耳を傾け、国として検討していくべきだと思います。

JARIで行われた警察による交通事故専科(筆者撮影)
JARIで行われた警察による交通事故専科(筆者撮影)

懸賞金をかけて目撃情報を求める遺族

 昨日、亡くなった隆史さんの両親は二人で山梨県警韮崎警察署を訪れ、自費で設けてきた「情報提供者への懸賞金」の支払いを今後も続けていくことを申し出たそうです。

 母親のるり子さんは、こう話してくださいました。

「事件や事故、震災など、さまざまな事で大切な家族を失われた方が大勢いらっしゃいます。大切な家族を奪われた悲しみ、喪失感、怒り、皆、同じだと思います。

 私たちの場合はその上に、怒りや悲しみをぶつけようにも、事件の詳細も加害者もわからず、苦しみ続けています。

 草の根をかき分けても犯人を捜したいけれど、佐賀と山梨はあまりにも離れていて何もできず、何の進展もないままいらだちの中で時間だけが過ぎています。

 私たちは、隆史の存在が、そして事件のことすら忘れ去られていくのが怖いのです。

 人をはねブレーキも踏まず通り過ぎていった犯人……。

 その犯人の近くにいる方、何か目撃された方、情報をお持ちの方、些細な事でも構いません。

 国道20号線は幹線道路で、犯人は山梨県在住とは限りません。情報提供をどうぞよろしくお願いします。

 一日も早い犯人逮捕を隆史と共に切に切に願っております」

●山梨県警HPでは引き続き目撃情報を呼び掛けています

http://www.pref.yamanashi.jp/police/pk_sidou/jiko_kaisi.html#nirasakih230225

●山梨県警韮崎警察署は、事件についての情報を電話0551・22・0110で受け付けています。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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