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「東京五輪で北朝鮮国旗の掲揚を」 正恩氏の「スポーツ強国計画」は新型コロナの感染拡大で意気消沈

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ユニバーシアード夏季大会女子サッカーで、日本チームと戦う北朝鮮選手(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、北朝鮮の東京五輪・パラリンピック参加への動きが鈍くなっている。金正恩朝鮮労働党委員長はかつてスポーツ強国を掲げ、今大会でも「金メダル獲得→東京での国旗掲揚・国歌斉唱」による国威発揚を目指してきた。だが想定外のウイルス拡大という壁に阻まれ、その目標実現は厳しい状況となっている。

◇五輪での躍進を指示

 朝鮮労働党の内部文書によると、金委員長は最高指導者になった翌年(2012年)10月中旬、党中央委員会幹部に対し、こう指示した。

「この数年でわが国を『スポーツ強国』にしなければならない。(中略)第32回オリンピック競技大会前までの約8年間に闘争を立ち上げ、どんな方法を使ってでも、わが国のスポーツを新しい境地に引き上げよ」

 同時に、スポーツ科学の技術を高めよ▽選手には十分な訓練と生活を保障せよ▽青少年のスポーツ学校のレベルを向上させよ――などと指示した。照準を合わせた「第32回大会」はその後「東京開催」と決まった。

 スポーツの競技力を高めて国際大会で次々に金メダルを取る。国歌斉唱・国旗掲揚によって国際社会に「北朝鮮=強国」を誇示し、国威を発揚する――金委員長はこんな戦略を思い描いていた。

 金委員長自ら、米プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手デニス・ロッドマン氏を北朝鮮に繰り返し招待した。スポーツ関連の公開活動もその後、4倍にも増やした。アントニオ猪木参院議員(当時)や日本体育大学の学生らを招くなど、スポーツ交流を活発化させた。

 当時、金委員長が「勝算のある競技種目」としていたのは、女子サッカー、マラソン、重量挙げ、ボクシング、卓球、レスリング、柔術、体操、アーチェリー。「世界の覇権を確固と握り、その地位を強固にすべきだ」。この金委員長の言葉が選手たちに強烈なプレッシャーを与えていた。

 しかし、経済難にあえぐ北朝鮮が、先進各国がしのぎを削る五輪で勝つのは容易ではない。金委員長は現場に対して「スポーツで革命的転換を起こせ」と訓示したたため、北朝鮮のスポーツ部門の関係者も血相を変えて動き回った。

◇スポーツで外貨稼ぎ

 実は、金委員長が掲げたこの「スポーツ強国」にはもう一つの思惑があった。国際社会で高い評価を受けた選手や監督を国外に派遣して外貨を稼ぐ、いわば「スポーツ技術輸出」だ。

 私は2013~14年ごろ、北朝鮮でスポーツ部門を担当する体育省の官僚と「スポーツ技術輸出」に関してやり取りしたことがある。

 ――過去に、どこの国に選手を送り込んだ実績があるのか。

「マレーシア、インドネシア、カナダなどに派遣実績がある」

 ――派遣を受ける側はどのぐらいの給与を支払わなければならないのか。

「選手でも監督でも1人当たり月額1000ドル。北朝鮮最高水準の選手なら2000ドルとか5000ドル、場合によっては1万ドルだ」

 ――カナダなら、近くの米国選手を招く方が効果的であり、あえて北朝鮮選手を招くメリットはないと思うが。

「われわれは選手・監督を安く派遣できるのだ。米国の3分の1以下だ。われわれの選手はその費用に見合うだけの役割を確実に果たす」

 体育省関係者には、選手派遣先を探す任務に加え、スポーツ用品の調達も厳命されていた。この体育省官僚は中国滞在中、繰り返し「卓球ラケットのラバーが必要だ。それも日本製がほしい」と懇願していた。

 別の同省官僚は「平壌産ボールをつくるためのノウハウを集めよ」と指示されていた。詳細を聞けば、サッカー、バレーボール、バスケットボールの国際大会で使える高水準のボールを生産せよという難題だった。

 そもそもエネルギー不足が続く北朝鮮でスポーツ用品の国産は容易ではない。加えて、度重なる核・弾道ミサイル実験を受けた制裁によって、その輸入も滞る。一時期、「北朝鮮のスポーツは商機」と判断した日本人ビジネスマンもいたが、日本政府に無許可でスポーツ用品を輸出したとして摘発された。

 このころから数年がたった今、各国が北朝鮮労働者に就労許可を与えることさえ禁止され、「スポーツ技術輸出」は厳しい状況に追い込まれている。

◇影を落とすコロナウイルス

 そんな中で、北朝鮮当局は東京五輪に1人でも多くの選手を出場させるべく準備を進めていた。

 北朝鮮のウェブサイト「こだま」は今年1月7日、体育栄養研究所が自国の原資材を使った「機能性スポーツ飲料」と「栄養補充剤」を開発したと伝え、五輪準備に寄与すると報じて雰囲気を盛り上げていた。

 朝鮮総連機関紙、朝鮮新報の集計(1月21日現在)によると、レスリング、マラソン、ダイビング、射撃、アーチェリー、体操の6種目で五輪出場権を獲得。同紙は「今後、得意種目である重量挙げ、卓球、柔道でも出場権を獲得することが予想される」と伝え、同24日には朝鮮中央通信がそのうち女子卓球団体戦の出場資格を獲得したと報じた。

 だが、この段階で国際社会でのウイルス感染拡大が影を落とした。北朝鮮が国境を事実上封鎖したため、2月になって選手たちの国際大会への参加が難しくなった。

 東京五輪が開催できるのか国際社会が懸念する。北朝鮮側も現時点では参加するかどうか、態度を明らかにしていない。日朝関係に詳しい外交関係者は「北朝鮮が選手団を送ることに積極的であるという感じではない」とみている。

◇日朝こう着打破の期待もあったが……

 実は、東京での開催まで1年を切った昨年10月ごろ、日朝関係のこう着打開を望む日本側関係者の間には「東京開催を機に北朝鮮との対話再開を模索できないか」との声があがっていた。北朝鮮が平昌五輪(2018年)を前に、それまでの強硬路線から一転、融和姿勢に転じた前例があるからだ。

 金委員長は“平昌五輪への協力が国際社会との関係改善を進めるうえでのカードとなる”とみて、メッセンジャーとして金与正氏(現・党組織指導部第1副部長)を韓国に派遣し、対話ムードを演出した。その後、北朝鮮は韓国や中国、さらには米国との首脳会談に打って出て、北朝鮮を取り巻く情勢は瞬く間に好転した、という流れがあった。

 もう一つ、北朝鮮側が日本側の警戒感を逆手に取るのではないかという観測もあった。仮に開催期間中に北朝鮮情勢が緊迫していれば、各国首脳や選手団が集結しているさなかに「北朝鮮が弾道ミサイルを試射して全国瞬時警報システム(Jアラート)が作動」などという事態になりかねない。静かな環境で開催すべき「平和の祭典」が台無しになるという懸念だ。それゆえ「五輪前の北朝鮮との対話」を模索する可能性がささやかれていた。

 この期待感に呼応するかのように、安倍晋三首相も今年1月20日の施政方針演説で「条件を付けずに、金委員長と向き合う」と決意を表明していた。

 ただ、この件に関して、北朝鮮側からは現時点では前向きなメッセージは届けられていないようだ。北朝鮮の立場について、先述の外交関係者は「そもそも北朝鮮としては今、日本と対話をする必要はない。米朝関係が進展して、核問題がある程度前進すれば、そこに日本はついてくる。そういう条件が整わない限り、日本と対話する必要性を全く感じないだろう」と分析している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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