シリアのクルド民族主義勢力がトルコ軍とTFSAを迎撃し、攻撃を指揮していたイスラーム国元司令官を殺害
シリア北部のラッカ県アイン・イーサー市一帯で11月半ば頃からトルコ軍の攻撃が激しさを増している。
アイン・イーサー市とは?
アイン・イーサー市は、2016年半ばに、クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が米主導の有志連合の支援を受けて、イスラーム国から奪取した。2018年9月にクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の主導のもと、シリア民主軍制圧地域に発足した自治政体の北・東シリア自治局の「首都」となった。また、米軍がイスラーム国に対する「テロとの戦い」とシリア民主軍の支援を口実に、同市に基地を設置し、違法に駐留を続けていた。
2019年10月にドナルド・トランプ政権がトルコ国境一帯からの部隊の撤退を決定すると、アイン・イーサー市の基地も撤去された。これに乗じて、トルコがシリア民主軍の排除を目的とした「平和の泉」侵攻作戦に打って出ると、ロシアが介入、アイン・イーサー市を含む国境地帯は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下に置かれ、シリア軍とシリア民主軍が展開した。また、アイン・イーサー市を含む要衝には、ロシア軍部隊が駐留、国境地帯などでトルコ軍と合同パトロールを実施するようになった。
なお、「平和の泉」作戦によって、トルコは、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯とハサカ県ラアス・アイン市一帯を占領下に置いた。「平和の泉」地域と呼ばれた同地に加えて、トルコが、アレッポ県北部のバーブ市、ジャラーブルス市一帯のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域(2015~2016年にかけて占領)、同県北西部のアフリーン市一帯のいわゆる「オリーブの地域」を占領下に置き、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ県中北部、ラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県北西部に監視所や拠点を多数設置していることは周知の通りである。
トルコ軍、TFSAがシリア民主軍と激しく交戦
PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、トルコ軍とその支援を受ける国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)は11月24日深夜から未明にかけて、アイン・イーサー市、同市を通M4高速道路(ラタキア市、アレッポ市、カーミシュリー市、ヤアルビーヤ国境通行所を結ぶ高速道路)の沿線に位置する国内避難民(IDPs)キャンプ(アイン・イーサー・キャンプ)、同市の北に位置するマアラク村、サイダー村に対して激しい砲撃を行い、シリア民主軍がこれに応戦した。
また、トルコ軍側の砲撃に合わせて、30人の戦闘員からなる国民軍の部隊がマアラク村方面に侵攻、シリア民主軍がこれを迎撃した。
ANHAによると、トルコ軍と国民軍が発射した砲弾は150発以上に達し、住民8人が負傷した。
一方、シリア人権監視団によると、シリア民主軍の応戦・迎撃によって、国民軍の戦闘員27人が死亡、多数が負傷した。死者の一部は、マアラク村方面に侵攻した国民軍の部隊が、同地一帯にシリア民主軍が敷設した地雷に触れたことによるものだという。
遺体引き渡しを仲介するロシア、死亡した戦闘員のなかにはイスラーム国元司令官も
国民軍は、死亡した27人のうち6人の遺体を回収したが、残る21人の遺体はシリア民主軍が回収した。そのため、アイン・イーサー市に駐留するロシア軍が仲介を行い、残る遺体もシリア民主軍に引き渡された。
一方、シリア民主軍の広報センターは声明を出し、一連の戦闘で「傭兵」(国民軍戦闘員)18人を殺害、多数を負傷させたと発表した。
また、殺害した18人のなかに、イスラーム国の元司令官で、攻撃を指揮していたイスマーイール・アイドゥーを名乗る戦闘員が含まれていたことを明らかにした。
シリア人権監視団によると、この戦闘員はイスラーム国タッル・アブヤド地区の司令官を務めていたという。
止まないトルコ軍の攻撃
トルコ軍はまた、「平和の泉」地域の中心都市であるタッル・アブヤド市西に位置し、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるクーバルラク村に展開するシリア軍とシリア民主軍の拠点複数カ所を国民軍とともに砲撃し、バイラクタルTB2無人航空機(ドローン)による爆撃を実施した。
ANHAによると、シリア軍がこれに応戦し、同地上空を旋回するトルコ軍の無人偵察機(ドローン)を撃墜した。
ロシアに介入を求めるクルド民族主義勢力
トルコ軍による激しい攻撃に晒される北・東シリア自治局が介入を求めたのは、その軍事的後ろ盾である米国ではなく、ロシアだった。
北・東シリア自治局ユーフラテス地域執行評議会のムハンマド・シャーヒーン共同議長は11月24日、トルコの攻撃が2019年10月にロシアとトルコが交わした停戦合意への違反だと非難したうえで、国際社会に真摯な対応をとるよう呼びかけた。
また、北・東シリア自治局のギレ・スピ(タッル・アブヤド)地区評議会(ハミード・アブド共同議長)も同日、アイン・イーサー市に設置されている本部で声明を出し、トルコ軍の攻撃の責任が、2019年10月の停戦合意の当時国であるロシアにあるとし、住民に対する攻撃を止めさせ、IDPs発生を回避するために介入するよう求めた。
トルコ占領地で相次ぐテロ
一方、トルコの占領地では、11月24日に爆破テロが相次ぎ、8人が死亡、20人以上が負傷した。
ANHAやシリア国営通信(SANA)によると、「オリーブの枝」地域の中心都市であるアフリーン市で、車に仕掛けられていた爆弾が爆発し、国民軍の戦闘員多数が死傷、住民複数人も負傷した。
シリア人権監視団によると、この爆発で3人が死亡、16人が負傷した。
また、「ユーフラテスの盾」地域の中心都市であるバーブ市でも、車に仕掛けられていた爆弾が爆発し、住民多数が死傷した。
シリア人権監視団によると、この爆発により、バザーア村の警察署(いわゆる自由警察)長を含む5人が死亡、13人が負傷した。