2019年のTwitter上を走り続けた「いだてん」〜そこに見えるテレビ視聴の変化〜
一年中Twitterを熱くした大河ドラマ「いだてん」
12月15日、大河ドラマ「いだてん」が最終回を迎えた。この一年間、Twitter上でファンを盛り上げてきた異色の作品の最終話とあって、ネットはひときわ沸いた。最終回を惜しむような記事が数多く飛び交い、Twitter上はひときわ盛り上がった。データセクション社のInsight Intelligence Qを使って1月1日から12月15日までの「いだてん」が含まれるTweet数を計測したところ、12月15日は25万件を超えた。年間で564万件で1日平均1.6万件。異常と言っていいほど多い。それだけ圧倒的な数の濃いファンが一年中飽きることなく視聴し続けたということだ。いままでにない大人気の大河ドラマだったと言っていいだろう。一人目の主人公・金栗四三同様、ドラマ「いだてん」は「ふっふっ、はっはっ」と呼吸を保って息切れせずに一年間の長丁場を駆け抜けたのだ。ひとりのファンとして大きな拍手を送りたい。
最終回の放送前からTwitterは盛り上がり、誰が作ったのか「#いだてん最高じゃんねえ」と二人目の主人公・田畑政治の口調をもじったハッシュタグが世界トレンド1位になった。ネット上でまさに大団円を迎えたのだ。
1日平均1.6万件という数字がどれほどすごいことなのかを、この一年間のドラマTweetをInsight Intelligence Qで振り返って感じてもらおうと思う。
「はじ恋」「きのう何食べた?」など女性に人気のドラマと張り合った前半
まず1〜3月クールを見てみよう。「いだてん」は初回の1月6日に1日14万7千件もの爆発的なツイート数でスタートダッシュを切った。その後も放送日には4万〜7万件という大きなTweet数で安定した走りを続けた。そこへまず登場したのが同じNHKの「トクサツガガガ」だ。金曜夜10時というNHKとしては認知の低い枠ながら1月18日の初回に10万件という大きなTweet数を記録。その後も熱烈なオタク民に支えられ1日平均1万件もの高い数字を保持した。一方TBSの火曜ドラマ枠で放送された「初めて恋をした日に読む話」通称「はじ恋」が地味なスタートだったが中盤から追い上げ、3月19日の最終話で12万Tweetを記録してネット界に旋風を巻き起こした。
続いて4〜6月クールだ。ここではテレビ東京の金曜深夜枠「きのう何食べた?」が初回4月6日11万件の大爆発を起こし、「いだてん」を蹴落とさんばかりの快進撃を見せた。そこへ2クールという無謀な勝負を仕掛けたと思えた「あなたの番です」が6月になって主役の一人を退場させる裏技で猛烈スパートをかけた。
「はじ恋」「きのう何食べた?」という女性の心をつかむライバルたちに、「いだてん」も6月後半は女性にフォーカスした物語で対抗。6月23日放送回では関東大震災を描いて人びとの胸を揺さぶり再び10万件を超えるTweet数を獲得した。
「あな番」「グランメゾン東京」という強者にも善戦した後半
7〜9月クールはすべての話題を「あなたの番です」がかっさらった。二転三転する展開にネット上は「考察」に沸き8月以降はどのドラマもかなわないほどTweet数がうなぎのぼりとなった。9月8日には66万件という、信じられないようなTweet数を記録した。ただし終わり方へのネガティブなTweetも多かったのは否めない。そんな中「凪のお暇」がTBSの今度は金曜ドラマ枠でじわじわ盛り上がっていたことにも注目しておきたい。
10〜12月クールでは何と言ってもTBS日曜劇場「グランメゾン東京」がTwitterで盛り上がっている。木村拓哉主演であるだけでなくストーリーの面白さも人びとを惹きつけエモーションを高めているようだ。一方フジテレビ月9「シャーロック」もディーン・フジオカの主演で頑張っている。両ドラマともまだ最終回前なので、それぞれこれから最大の盛り上がりを示しそうだ。
「あな番」「グランメゾン東京」という強い走者に圧倒されながらも、「いだてん」は後半もペースを保って順調に走り続けた。10月以降も放送日には平均7〜8万件の安定したTweet数を保ち続け、15日の最終回で25万件と有終の美を飾った。後半では田畑政治に主人公を交替し、戦前の東京オリンピックが戦争で幻と消え、戦後の復興の象徴として再び東京での開催にこぎつけるまでを、様々な魅力的なキャラクターたちを絡めながら描いた。私たちが知らなかった昭和史、オリンピック開催の裏で繰り広げられた人間物語に毎回心が揺さぶられた。Tweet数が落ちなかったのは当然だろう。本当に素晴らしいドラマだった。
そしてあらためて言っておきたい。「いだてん」はTweet数を見ると一年間ずっと大人気ドラマだったのだ。「あなたの番です」や「グランメゾン東京」と同じくらい、多くの視聴者が興奮して見続けた。
世帯視聴率は来年からメインの指標ではなくなる
「いだてん」ファンの読者なら、この一年ドラマの内容とは関係なくやきもきしたことがあるだろう。視聴率のことだ。いや、ファンたちは視聴率を気にしたのではなく、「いだてん」の視聴率が低いことがとやかく言われ続けたことに不快感を抱いた、と言ったほうが正しいと思う。
視聴率が低かったのはなぜか。言うまでもなく、これまでの大河ドラマを見ていた層が「いだてん」に馴染まなかったからだ。考えてみれば、当たり前だと思う。大河ドラマとは、戦国時代や幕末の有名な歴史上の人物を主人公に、歴史好きな人が好む世界を描くのが定番。そんな既存の「大河ユーザー」にとって、明治以降の無名の人びとを主役に据えた物語はなじまない。そして大河ユーザーの多くは高齢層だろう。
これまでの視聴率は「世帯」で見るので、今のように日本の人口が高齢者に偏っているとそれが反映される。「世帯視聴率」なので夫婦と子どものいる世帯は4人で見ても「1世帯」だが、高齢者夫婦二人だとどちらか一人が見れば「1世帯」にカウントされる。ただでさえ高齢者の人数が多い上に「世帯」でカウントすると、高齢者が好む番組ほど世帯視聴率が高く出るのだ。
過去の大河が十数%普通にとっていたのは、そして「いだてん」が一桁台だったのは、前者が高齢者に、後者がより若い層に主に見られていたことが大きいだろう。
NHKは関係ないが、CMを出稿するスポンサー企業の多くは、若い層にCMを見せたい。そのため、ここ数年企業がCMの打ち方を見直して、必ずしも世帯視聴率の高さを評価しない傾向が強まっている。
そして関東では2018年から世帯視聴率ではなく、個人視聴率をベースにした指標でCM枠の取引をしている。だから東京のキー局は世帯視聴率をいちばん重要視する指標とはしなくなった。個人視聴率を基にした独自の指標を打ち出しているのだ。
さらに、2020年4月からは日本全国で個人視聴率の測定が始まる。一、二年のうちに世帯視聴率は全国のテレビ局の指標ではなくなるのだ。
つまり、実は世帯視聴率の低さにやきもきする必要はもうないのだ。そうではない時代がもうすぐそこまで来ている。「いだてん」の視聴率が低かったことは、数年後には誰も話題にしないかもしれない。そんなことより、大河ドラマの歴史を変えたエポックメイキングな作品として語り継がれるのではないだろうか。Twitterが一年間盛り上がり続けたことが、何よりその証になる。だってそれだけ、見ていた一人一人が熱くなったということなのだから。それは「いだてん」についてのTweetのひとつひとつを読めばわかる。世帯視聴率という数字からは決して見えないファンの想いが、そこにはそのまま書き表されているのだから。