19%の賃上げ要求でストライキの嵐 「春闘」を超える世界の賃上げ闘争とは?
いま春闘に注目が集まっている。世界的なエネルギー価格の高騰などによってインフレが進んでおり、例えば東京23区の12月の消費者物価指数は前年同月比4.0%上昇しているものの、賃金はそれに比して引き上がっていないため、日本で働く労働者の実質賃金は2022年11月で前年同月比の3.8%減少し、消費増税が影響した2014年以来の下げ幅となった。
参考:去年11月の実質賃金 前年同月比3.8%減 2014年以来の下げ幅
そのような状況において、政府や経団連が各企業に賃上げするよう「お願い」しており、労働組合のナショナルセンターの一つである連合は春闘で5%程度の賃上げを要求するという。
特に日本では春闘が賃上げのための一つの方法として注目を集めている。ただし、世界に目を向けてみるとこのような方法は特異であることがわかる。世界的にはストライキなどの直接行動を通じて、大幅な賃上げや労働条件の向上が図られているのだ。
今回は、日本で働く人々と同じ様にインフレによって生活困窮に追いやられている海外の労働者が、いかにして賃上げを求めているのかを見ていきたい。世界の動きは日本の「春闘」を考え直すうえでも、重要な示唆を与えてくれるだろう。
インフレ下で相次ぐストライキ
いまインフレ下への対抗として、世界中の労働者が賃上げを求めてストライキを行っている。
例えば、イギリスでは過去30年間で最大規模のストライキが行われており、その中心となっているのが、医療関係者だ。先月20日には、10万人の看護師が19パーセントの賃上げを求めてストライキに突入した。看護師労働組合としては100年以上の歴史の中で最大規模のストライキだった。また救急隊員も1万人が、物価高騰を上回る形での賃上げを求めて先月21日にストライキに突入した。来月6日と7日にも、救急隊員や看護師がストライキを行う予定だ。
労働組合の要求を受けて、イングランドとウェールズ政府は国民保健サービス(NHS)の下で働く職員に対して平均4.75%の賃金を引き上げると発表したが、しかしそれでもインフレ率の半分にしかならず、実質的に賃金が引き下がっているため、労働者側はこのような行動に出ているという。
また上記以外の業界でも、鉄道労働者やバスの運転手、空港職員、郵便局職員、小中高教員や講師を含む大学職員なども大規模なストライキを行っている。
参考:December strikes: Who is striking and what are their pay claims?
イギリス以外でも賃上げを求めるストライキがみられる。アメリカのニューヨークでは、7000人の看護師が、賃上げだけでなく看護師の増員を求めて今月上旬に3日間のストライキを行った結果、会社側は労働者側の要求を受け入れた。ニューヨーク州看護師組合は、別の病院で働く組合員4.2万人が向こう3年間で19.1%の賃上げと170人の増員を勝ち取ったと発表。
参考:Nurses’ Strike Ends in New York City After Hospitals Agree to Add Nurses
また医療業界以外でも、大手有力紙ニューヨークタイムズの記者1000人が40年ぶりにストライキに突入したり、政府の介入によって直前で中止となってしまったが、貨物鉄道の労働者も賃上げを求めてストライキを計画していた。
さらにはカリフォルニア大学では大学院生や講師ら4万8000人が賃上げを求めてストライキを行い、クリスマス休暇が始まる直前に締結した労働協約によれば、25パーセントから80パーセントの賃上げや育児休暇を勝ち取っている。
参考:Historic strike leaves lasting impact on universities across the nation
また、フランスでは、政府が発表した定年退職を62歳から64歳まで引き上げ年金受給を遅らせる年金改革案に抗議するために、学校教員の65パーセントを含む200万人がストライキに参加している。ここでの要求は直接的な賃金の引き上げではないものの、退職後の生活困窮に反対する全国的な抗議行動となっている。
参考:France strikes: One million protest against Macron's rise in retirement age
アメリカやイギリスには日本のように「春闘」はないが、賃上げや労働条件の引き上げが必要で会社が交渉に応じない場合に、「お願い」ではなくこのようにストライキという手段を用いて成功を収めている。
日本のメディアでも、インフレによる生活困窮をきっかけとする海外のケアワーカーや公務員が行っているストライキやデモの様子が最近特に報じられるようになっている。
まだあまり日本では認識されていないことだが、こうしたストライキによる賃金交渉が広がっている背景には、実は「地殻変動」とも呼ぶべき状況がある。
「ストライキの10月」以降、相次ぐ労働組合の発足
実は、ストライキの波は一昨年(2021年)から起こっていた。特にアメリカに注目してみると、一昨年10月はあまりに多くのストライキが起こったため、アメリカではこの月が「ストライキの10月」と呼ばれるようになった。コロナ禍で安全対策を求める看護師や学校教員などのエッセンシャルワーカーによるストライキや、ファストフード店スタッフの抗議行動など、様々な産業や業種で労働争議が相次いだ。
参考:[FT]米国 深刻な夜勤の人手不足、残業常態化でストも
2021年の流れを引き継いで、昨年も全米各地で労働者がストライキに突入した。確認できるだけでも昨年1年間で399件のストライキが起こっており、前年の270件から約48パーセントも増えている。
その中で、労働組合も次々と発足している。アメリカで雇用主との団体交渉権が法的に認められる労働組合を結成するには、職場の過半数が組合結成に賛同する必要があり、その「選挙」が全米の至るところで行われている。全国労働関係委員会(NLRB)によれば、2022事業年度(2021年10月1日から2022年9月30日まで)で、労組結成のための選挙申請は2510件と前事業年度と比べて53%も増えている。
大きな話題を呼んでいるスターバックスでは、すでに264の店舗で労働組合が結成されている。これは2021年12月以前には同社に労働組合が存在しなかったことを踏まえると、過去1年間での労働組合運動の広がりのインパクトがわかるだろう
深刻化するインフレの影響
なぜ、今年はこれほどまでにストライキが頻発しているのだろうか。その直接的な原因は、慢性化する劣悪な労働環境とこの間のインフレによる生活苦にあると考えられる。
例えばイギリスの看護師を見てみると、初任給が年収2.7万ポンド(434万円)とそもそも低いだけでなく、実質賃金が過去10年ほどで6パーセントも低下していた。その結果、4.7万の看護師の職が埋まっておらず、人手不足が深刻化していた
参考:Thousands of nurses to go on strike in Britain for 2nd time in week
コロナ禍で「エッセンシャルワーカー」だと称賛を浴びても、労働条件が改善されないどころか、インフレによってより生活が苦しくなっている。そこで、物価上昇率12.3パーセントを上回る19パーセントの賃上げを求めている。
19パーセントの賃上げと聞くと無理難題を雇用主である国に押し付けていると感じられるかもしれないが、インフレ率を加味すればそれほど突拍子もない要求ではないだろう。これが世界的な「労使交渉」の現実なのである。
参考:Strike Wave Rocks Britain, as Unions Confront the Cost-of-Living Crisis
ストライキを支持するZ世代
そして、これらのストライキを実施できる背景として、社会がこれらの労働争議を支持している点が大きい。特に、Z世代と呼ばれる若者による支持は無視できない。
例えば、2022年にアメリカで労働組合を支持すると答えた人は71パーセントとと、1965年以降で最も支持率が高くなっている。2009年には過去最低の48パーセントだったことを踏まえると、過去10年間ほどで状況が大きく変わったのがわかるだろう。
参考:U.S. Approval of Labor Unions at Highest Point Since 1965
中でも、Z世代と呼ばれる若者による労働組合支持率は際立っている。別の調査によれば、Z世代(本調査では2020年時点で23歳以下)の64.3パーセントが労働組合を支持すると回答しており、これはミレニアル世代(2020年時点で24歳から39歳)の60.5パーセントや57.2パーセントのベビーブーム世代(2020年時点で56歳から74歳)など他の世代と比較して最も高かった。
また、過去の若者と比較しても、いまのZ世代の組合支持率は高いといえる。例えば、2020年に39歳のミレニアル世代がいまのZ世代と同じ23歳だった2004年時の組合支持率は61.2パーセントであり、高水準だがいまのZ世代の組合支持率よりは低い。つまり、一般的に若いうちは労働組合を支持するという単純な話ではなく、まさにいまのZ世代がこれまでのどの世代よりも労働組合を支持しているという現象が起こっているのである。
参考:Gen Z and Unions: Center for American Progress Report Finds Strong Youth Support for Labor
2022年に起こった地殻変動とは?
なぜこれほどにまでストライキが頻発しているのだろうか。その背景を、イギリスの政治理論家であり、2010年以降のサンダースやコービン現象から若者の左傾化について考察した『ジェネレーションレフト』の著者、キア・ミルバーン氏の分析をもとに考えていきたい。
ミルバーン氏は2019年に出版された『ジェネレーションレフト』のなかで、2008年の金融危機と2010年のオキュパイ運動という2つの出来事は、これまで「常識」だと考えられてきた、学校を卒業し、いい仕事をみつけ、家族形成するという資本主義の「サクセスストーリー」が若者にとって達成不可能になっていることを示し、そのうえで、自分たちの力でよりよい社会を築くための運動に取り組むような積極的なきっかけを作り出したと主張する。
そのなかで若者はより左傾化し、結果、アメリカでは2016年のバーニー・サンダースの躍進や、イギリスでのコービン支持、気候変動運動の大規模な進展など様々な社会運動の拡大につながったと述べる。近年、アメリカで起こったブラック・ライブズ・マター運動の拡大や、バイデン政権による学生ローン帳消しなどの背景には、若者による圧倒的な支持があったと言われている。
直近のインタビューでは、ミルバーン氏は2010年代の運動の行き詰まりが、いまのストライキにつながっていると述べている。つまり、サンダースやコービンは政権を取ることができず、その後、トランプやスナクなど保守に政権を奪取されてしまい、かつ「貧困層や労働者の味方」であるとされている民主党や労働党は左派を党内から排除してますます保守的になっている。
そのため、議会政治を通じて自分たちの生活を守ることができないと、多くの市民が考えるに至っているというわけだ。そこで、これまでのような議会政治を通じた「改革」ではなく、新しい別の方法で自身の要求を突きつけている。それが、いま巻き起こっているストライキの波なのだ。
日本でも一部でストライキが
ミルバーン氏の指摘する状況は、イギリスやアメリカに限ったことではない。日本でも、この間、様々な形でストライキが起こっている。
その一つは、昨年3月に起こった北海道にある生キャラメルで有名な花畑牧場で働くベトナム人労働者40人が行ったストライキだ。これは、もともと7000円だった寮の水道光熱費を会社が一方的に倍以上の15000円に引き上げたことがきっかけで起こった労働争議である。ストライキの結果、会社側が譲歩し、解雇された労働者の復職や一連の行為に対して謝罪することとなった。
また最近では、東海大学の非常勤講師3人が雇い止めに反対してストライキに突入した。非常勤講師の一人は東海大学に18年間勤務しており、そもそも法的な権利として無期転換、つまり有期雇用から無期雇用への契約変更を求める権利が生じていた。しかし学校側はそれを無視して雇い止めをしており、報道によれば組合との交渉にも応じる姿勢をみせていないということで、ストライキを行ったという
参考:「学生置いて教室を出たが心苦しい思い」非常勤講師ら“授業を中断”し異例のストライキ 無期雇用転換求める=東海大静岡キャンパス
とはいえ、日本全体で見ると、2021年のストライキ件数はわずか55件で前年よりも2件少ない。日本は世界的に見ても極めてストライキの少ない国となっており、結局、労働組合が賃上げを求める行動を採ることができていないことで、実質賃金の低下につながっている。また、非正規雇用の組織率も低く、組織されていたとしても十分な権利擁護がなされているとは言えない。
インフレが問題となるなかで、世界的には、水道光熱費や家賃、奨学金など生活上の課題を解決するためにデモやストライキなど直接行動が盛んになっている。日本においても選挙での「投票」にとどまらず、ストライキのようなより直接的な行動が必要になっているとはいえないだろうか?
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