スポーツ中継が減る時代。NHKが男子バレー・ヴォレアス北海道の入替戦を生中継した理由
2日間の熱戦をNHK北海道が道内に生中継
「入替戦にこんなにメディアが来るのを初めて見たよ」
長年、バレーボールを取材しているフォトグラファーたちが会場を見渡しながら口を揃える。
4月9日(土)と10日(日)の2日間に渡り神奈川県小田原市にて『Vチャレンジマッチ~2022-23 V.LEAGUE DIVISION1 MEN出場決定戦』(1部2部入替戦)が開催された。ヴォレアス北海道の1部リーグ昇格がかかるこの2試合を、NHK北海道が生中継で道内に届けた。昨今、バレーボールの試合中継を取り巻く状況は極めて厳しく、翌週に開催されたディビジョン1(トップリーグ)の優勝決定戦はBSとCSでの放映のみ。日本代表戦に至っても自国開催の大会以外は地上波での放映はほぼなく、あったとしても深夜枠である。
では、そんな中、なぜNHK北海道は入替戦を放映することになったのか。
経緯を取材すると、入れ替え戦に臨んだヴォレアス北海道の日頃の地道な努力が見えてきた。
中継のNHKだけではなく道内の民放5局すべてが集結した
チャレンジマッチの当日、NHKの中継カメラだけではなく、会場の報道用スペースはムービーカメラであふれかえっていた。北海道からはNHK以外の民放5局すべてが取材に訪れる盛況ぶり。テレビだけではない。プレス席には地元の新聞社がずらりと顔をそろえ、合計60名近くの記者が試合を見守った。
初戦を勝利で終えたヴォレアス北海道の記事を、翌日1面トップで伝えたのは道新スポーツだ。ほかの新聞社も当日に配信するネットニュースも含め、1部昇格に向けて白星発進をしたヴォレアス北海道を大々的に取り上げた。
注目度の高さがうかがえる。
ヴォレアス北海道の広報担当者から、さっそくその日のうちに初戦のプレスリリースが送られてきた。リリースには記者会見には呼ばれなかったミドルブロッカー・田城貴之のコメントが加えられている。
通常、V.LEAGUEの試合会場では、どちらかのチームが2セットを先取した時点で『記者会見に呼んでほしい選手』のリクエストが締め切られる。セットカウント1対2とヴォレアス北海道がリードを許した場面で、記者たちはリクエスト用紙を提出し終えていた。(注1※)
後がないヴォレアス北海道は第4セットのスタートから田城を投入。その田城の大活躍もあってヴォレアス北海道は初戦を3対2の逆転勝利で飾った。ただしリクエストの締め切りのあとだったため、記者会見場に田城は呼ばれていなかった。
「報道陣から要望もあったので急きょわたしが田城からコメントを取り、リリースに追加しました」(ヴォレアス北海道・降旗雄平ゼネラルマネジャー)
臨機応変な対応で、その日、ヒーローとなった田城のコメントが無事ファンに届けられることとなったのである。
入替戦初戦の対応は一例で、ヴォレアス北海道のマスコミ対応はどの競技のプロチームと比較しても手厚い部類に入るだろう。そもそもV.LEAGUEでプレスリリースを活用しているチームは未だ少なく、ほとんどが公式ホームページでの発表をSNSで知らせる方法にとどまっている。
一方のヴォレアス北海道はアウェイでの毎試合後、アウェイまで取材に来るのが難しい道内のメディアのために選評や監督、選手のコメントのリンク先、そして写真の保存場所を入れたプレスリリースを送付している。リーグの終盤はチャレンジマッチへの出場がかかっていたために、その日の段階での順位なども明記されていた。
その対応はテレビ局に対しても同様だった。
チームで試合動画を撮影し、素材を各テレビ局へ提供
2020-21V.LEAGUEの途中から降旗GMがベンチ後方でカメラを回し、試合の動画を撮影するようになった。試合後、すぐに動画を編集し、ヴォレアス北海道の得点シーンをすべて格納。リンク先をテレビ局宛のプレスリリースに添付し、あとは各局が自由に編集して、ニュース映像として使用できるよう準備している。試合後の降旗GMは忙しい。動画の編集を移動バスの中で行い、Wi-Fi環境の整っている場所を見つけてクラウドにアップする。
それを続けた結果、北海道の夕方や夜のニュースでヴォレアスの試合が徐々に扱われるようになった。
「リーグの終盤、順位争いの最中には野球、サッカーより先に取り上げてくれることもある」と株式会社VOREASの池田憲士郎社長は語る。
「きっかけは『ニュースで取り上げたいけれど、そのための人員を割けない』というテレビ局の言葉を聞いたことでした。それならば、テレビやネットニュースの画角でも扱えるクオリティの動画を私どもで提供しようということになりました。NHKでのチャレンジマッチの生中継は入替戦への出場が決まってすぐにお話をいただきました。年間計画を立て、年単位で営業を続きてきた成果だと考えています」
池田社長は続ける。
「我々のやっていることを評価していただけるのはうれしいですね。でも反面、複雑でもあります。なぜなら我々はスポーツビジネスとしては当たり前のことを、ひたすらやっているだけなんですから。ヴォレアスは特別だとか、異端だと言われますが、我々の営業努力は普通の企業と比較すれば決して珍しい方法ではありません。基本的な営業努力や広報努力はクラブの立ち上げのときから変わりませんし、それをずっと継続しているだけなのです」(池田社長)
地道な営業活動の成果
では地道な営業を続けている営業担当や、プレスリリースを作成する広報担当、そしてプレスリリースに活躍した選手のコメントを追加するきめ細やかな対応など、機転を利かせ、現場で即座に判断できる人材はどのようにして培うのか。
「特に研修や、社員教育のようなものはしていません。会社が向くべき方向を、働く者がどれだけ理解しているかということが大事だと考えています。何がいちばん重要か理解した上で、そのために動く。あとは、それぞれの担当者が、今までのキャリアの中で培ってきた経験を発揮してもらうだけです」(池田社長)
降旗GMは過去、ヴォレアス北海道の運営スタッフとして働いていた時代を振り返り「現場判断をして注意された記憶はほぼない」と振り返った。〝ファンファースト〟というクラブの理念を念頭に置けば、おのずと行動に表れると池田社長は断言する。
奇しくも5月最終週の日曜日、ラグビー・リーグワンの決勝とバスケットボールBリーグのチャンピオンシップがNHKで全国放送された。
バレーボールには、なぜこれができなかったのか。
Vリーグ機構にももっとできることがあるように思えて仕方がない。
※注1 会場によっては稀にVリーグ機構の担当者の配慮によって、フルセットとなった場合に追加のリクエストを受け付ける場合もあるが、この日はなかった。