『大豆田とわ子と三人の元夫』が成し遂げたドラマ主題歌の革新とは? プロデューサー・STUTSに訊く
松たか子主演のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)が話題を集めている。
『大豆田とわ子と三人の元夫』は、バツ3の建設会社社長・大豆田とわ子(松たか子)が、3人の元夫(岡田将生、角田晃広、松田龍平)に振り回されながら奮闘するさまを描くロマンティックコメディ。数々の名作ドラマを生み出してきた坂元裕二が脚本を手掛けた軽妙でユーモラスな会話劇と巧みなストーリーテリングが受け、オリコンが発表する「ドラマ満足度ランキング(5月4日~5月10日放送を対象)」では2週連続で1位を獲得。回を重ねるごとに評判を高めている。
■5人のラッパーが参加している主題歌「Presence」
そして、大きな注目を集めているのが、現在5人のラッパーが参加し、毎話内容が変わるというユニークな手法で作られた主題歌だ。
第1話の主題歌「Presence I (feat. KID FRESINO)」は、トラック制作と楽曲プロデュースをトラックメーカー/MPCプレイヤーのSTUTSが担当。松たか子がメインボーカルをつとめ、岡田将生、角田晃広、松田龍平が「3exes」としてコーラスに参加。KID FRESINOがラップパートのリリックおよびディレクションを手掛けた。
続く第2話の主題歌はBIMが参加した「Presence II (feat. BIM, 岡田将生)」、第3話ではゆるふわギャングのNENEが参加した「Presence III (feat. NENE, 角田晃広)」、第4話ではDaichi Yamamotoが参加した「Presence IV (feat. Daichi Yamamoto, 松田龍平)」、第5話ではT-Pablow(BAD HOP)が参加した「Presence V (feat. T-Pablow)」と、合計5名の気鋭のラッパーがフィーチャリングされている。
また、坂東祐大が手がけた劇伴の一部が楽曲中にサンプリングされ、松たか子ら俳優陣も各曲でラップに挑戦、毎話ごとに異なるラッパーがカメオ出演するなど、ドラマの内容と主題歌が深く絡み合った演出もポイントだ。
4月14日には第1話・第6話の主題歌となった「Presence I (feat. KID FRESINO)」が、5月26日には「Presence II (feat. BIM, 岡田将生)」が配信リリース。6月23日には全10曲入りのアルバムが発売される。
普段はアンダーグラウンドなシーンで活躍するラッパーたちを抜擢したという意味でも、毎話ごとに違う主題歌が流れるという意味でも、『大豆田とわ子と三人の元夫』は、今までにないドラマ主題歌の形を打ち立てたと言っていいだろう。
このプロジェクトがどのように生まれたのかを解き明かすべく、STUTSにインタビューを行った。
■「まずどんなラッパーさんにお願いするかを考えた」
ドラマのプロデューサー・佐野亜裕美氏は楽曲の公開にあたって、こうコメントしている。
佐野亜裕美氏は、同じく松たか子主演、坂元裕二が脚本を手掛けたドラマ『カルテット』(TBS系、2017年)のプロデュースを手掛けている。楽曲の制作にあたっては、自身の番組のオープニングテーマにPUNPEEを起用するなどヒップホップシーンに造詣が深い藤井健太郎氏(『水曜日のダウンタウン』演出・プロデューサー)がキーパーソンになったようだ。
STUTSはこう語る。
——STUTSさんは、いつ頃、どういう経緯でこのお話を受けたんでしょうか?
STUTS:最初は藤井さんとお会いする機会があって、その時に「坂元裕二さん脚本のドラマのエンディングテーマで俳優さんにラップしてもらうという企画を考えていて、そのプロデュースをお願いしたい」と言ってくださって。「もしやらせてもらえるなら、是非」とお答えしたら、正式にオファーが来た感じです。佐野さんや藤井さんも交えて最初にミーティングしたのが12月中旬ぐらいでした。
——オファーがあっての第一印象はどんな感じでしたか?
STUTS:もちろん、いろんな方に聴いてもらえる機会なので、とてもありがたいなと思いつつ、ワクワクと不安が半分という感じでした。どちらと言えば「上手くできるだろうか」という不安のほうが強かったかもしれないです。
——具体的に「こういう曲を作ってほしい」というオーダーもあったんでしょうか。
STUTS:まず最初にあったのは、ドラマの劇伴をサンプリングしてトラックを作ってほしいという要望でした。あとは毎話ごとにエンディングが変わっていく、フィーチャリングで参加する俳優さんとラッパーさんが変わっていくという話があった。そして脚本の中のキーワードも入れてほしいという話もありました。そういう大きな枠組みを坂元さん佐野さん藤井さんが考えてくださって、その後の音楽面での具体的な部分、どう作るかというのは自分に任せてもらいました。
——ドラマの主題歌には歌詞や曲調に細かく指定があるようなケースも多いと思いますが、今回に関しては、かなりSTUTSさんの裁量があった。
STUTS:そうですね。かなり自分が思うようにやらせてもらえました。ここまで委ねて下さった佐野さんには本当に感謝しています。
——実際に制作するにあたっては、どんなことから考えていきましたか?
STUTS:トラックを作る前にラッパーさんにオファーしないと間に合わないスケジュールだったので、まずは藤井さんとも相談しながら、企画や俳優さんとの相性も考慮して、どんなラッパーさんにお願いするかを考えました。藤井さんは全話分のラッパーさんにお願いすることも考えていたんですけれど、最終的に曲としてリリースするときにどういう形が一番きれいなのかを考えて今の形になりました。ワンヴァースとワンフックでちょうどエンディングの尺の90秒ぐらいになるので、1人のラッパーで1曲を作って、その前半のヴァースと後半のヴァースをそれぞれ1話と6話、2話と7話、というような形で使う。その枠組みで楽曲を作ることにして、お願いするラッパーさんを決めていきました。
■「ドラマを知らない方が聴いても良いと思える楽曲に」
楽曲は、坂東祐大が手がけた劇伴よりメインテーマ「#まめ夫 序曲 ~「大豆田とわ子と三人の元夫」」の一部をサンプリングして制作された。松たか子の歌唱パートのメロディと歌詞はシンガーソングライターのbutajiとSTUTSが手掛けている。
——坂東祐大さんの劇伴をサンプリングしてトラックを制作したということですが、これはどんな感じで進めていったんでしょう?
STUTS:劇判のデモが上がってきたのが1月中旬頃で、まず素敵な楽曲だなと思って。そのいろんな部分をサンプリングして、4パターンくらいトラックを作ったんです。それを聴き比べて、一番いいと思ったもの、ラッパーさんが乗っかった時に曲自体の印象も変わるような自由度の高いもの、曲として膨らませそうなものという基準で選んだら、これになりました。最終的に一番時間かけて作ったトラックを選んだ形になりました。
——フックでの松たか子さんの歌唱パートはSTUTSさんとbutajiさんが作られたわけですが、これは?
STUTS:最初に藤井さんと話してる中で、フックは松さんに歌ってもらいたいという話になって。それだったらフックのメロディはいろんな方に親しみやすい大きなメロディーがいいなと思ったんです。ヒップホップを知ってる人だけが楽しめるんじゃなくて、ヒップホップを知らない人にも曲として良いなと思われるものにしたかった。メロディーに関しては自分で作ろうという思いもあったんですけれど、歌謡曲的なメロディーが書ける人と作ったほうが良いなと思い、butajiさんにお声がけさせてもらいました。butajiさんが作成した歌メロに対して自分も色々アイデアを出したりして一緒に作り上げました。フックの部分の歌詞に関しては、台本や物語の大枠をもとに、こういうテーマや方向性で書いてほしいということをbutajiさんにお伝えして、そこから書いてもらったものを元に話し合いながら進めていきました。
——STUTSさんはドラマのテーマやメッセージをどう捉えましたか?
STUTS:ドラマの概要としてはロマンチックコメディだというお話をいただいたんですけど、物語や設定をいろいろ見ると、ただ楽しいだけじゃなく、悲哀みたいなものを感じたりもしたんですね。ただ楽しいだけの歌じゃなく、悲しい経験もあったけど、最終的にはポジティブな方向を向いていくようなニュアンスが感じられる曲にはしたいなと思いました。あともうひとつは、butajiさんやラッパーの皆さんにもお伝えしたんですけど、ドラマを知らない方が聴いても良いと思える楽曲にしたいというのがあって。脚本のキーワードは散りばめつつも、あまり具体的に物語を描写せず物語を知らない人でも共感できるくらいの抽象度にするという方向性は決めていました。
■「5人ともビートが活きる形に言葉を置いてくださった」
ラップパートのリリックは、それぞれの曲に参加したラッパーが担当し、さらに曲中でラップに挑戦している松たか子、岡田将生、角田晃広、松田龍平へのディレクションも、それぞれのラッパーが行っている。
——5曲の主題歌、5名のラッパーそれぞれに関してもお伺いできればと思います。まずは「Presence I (feat. KID FRESINO)」のKID FRESINOさんについては?
STUTS:もともと自分はKID FRESINOくんが大好きで、ラップもリリックも素晴らしいと思ってるんですけど、第1話をKID FRESINOくんでいきたいと言ってくださったのは藤井さんの提案でした。僕も是非お願いしたい思いもありましたし、KID FRESINOくんがやりたいって思ってくれるようなトラックを作ろうというモチベーションもありました。実際にKID FRESINOくんにオファーをしたら「やりたい」と言ってくれて。上がってきたリリックも素晴らしかったです。抽象的な部分もあるんですけど、物語にも寄り添った内容で、共感もできました。
——この曲では松たか子さんがラップに参加しています。これもKID FRESINOさんのディレクションということですが。
STUTS:最初は想像がつかない感じだったんです。KID FRESINOくんのディレクションも感覚的なものだったんですけれど、松さんに歌ってもらったら最終的な仕上がりはとてもよくなった。すごいなと思いました。
——「Presence II (feat. BIM, 岡田将生)」のBIMさんについてはどうでしょうか?
STUTS:BIMくんもこの企画のアイディアをもらった時からお願いしたかった人で、絶対上手くやってくれるだろうと思ってました。第2話から第4話は三人の元夫が順番にメインになる回と聞いていて、第2話は岡田将生さんだったので、岡田将生さんの演じる役柄に寄り添ったリリックが一番書けそうで、岡田さんが歌う部分もいい感じで仕上げてくれるのは誰かなと考えた時に、BIMくんしかいないなと思って選びました。今回参加してくださったみなさんは全員が違うベクトルで素晴らしかったんですけど、BIMくんのラップもそうですね。ドラマの内容も具体的に汲んでいただいて、フロウにもいろんな展開があって、メロディアスでキャッチーで。KID FRESINOくんの次にできたのがBIMくんのものだったので、同じトラックでも全然違う曲になったという実感もありました。
——岡田将生さんのラップはどうでしたか?
STUTS:岡田さんはリズム感が素晴らしかったです。レコーディングの前に練習する時間もあったんですけど、最初の段階でリズムの感じが掴めていたので。とても素敵でした。
——「Presence III (feat. NENE, 角田晃広)」のNENEさんについてはどうでしょう?
STUTS:NENEさんは前から好きなラッパーだったので今回初めて曲を作らせてもらえて嬉しかったです。昨年の12月にイベントで一緒になる機会があって、その時にNENEさんと「いつか曲を作りましょう」という話をしていたんです。それで、NENEさんとの組み合わせとして一番面白いのが角田さんだろうと思って、一緒に作ってもらいました。NENEさんのラップも素晴らしくて、めちゃめちゃテンションが上がりました。
——角田さんのラップもNENEさんがディレクションしたんでしょうか?
STUTS:そうですね。ディレクションの方法もラッパーさんそれぞれ違って、BIMくんは体系化されている感じというか、「こういうトーンで」とか「こういうリズムで」みたいにディレクションをしてたんですが、NENEさんは角田さんと同じレコーディングブースに入って歌い方を指導していた。それぞれでディレクションの方法も全然違って、面白かったですね。角田さんは発声が本当に素晴らしかったです。
——「Presence IV (feat. Daichi Yamamoto, 松田龍平)」のDaichi Yamamotoさんについては?
STUTS: Daichiくんも最初からお願いしたいと思っていたラッパーさんの一人で、Daichiくんの感じが松田さんの役の八作さんとすごく合うだろうなと思って、その組み合わせでにしてもらった感じです。ラップもDaichiくんらしく仕上げてもらって、他のラッパーさんの作品と違う感じでメロディアスに、心象風景みたいなものをうまく書いてくださっている感じだったので、すごく八作さんに合う感じに書いてくれたなと思いました。あと5lackさんの歌詞のオマージュを最初に入れてくれたのも素敵でした。
——松田龍平さんのパフォーマンスや歌はどうでしたか?
STUTS:松田さんのレコーディングは、そのままの自然体の感じが魅力的だなと思いました。声のトーンも普段話してる感じのままちゃんと格好いいラップになっている。3人それぞれの個性がいい感じに出ていて、そういう風に引き出してくださったBIMくん、NENEさん、Daichiくんは本当にすごいなと思いました。
——「Presence V (feat. T-Pablow)」のT-Pablowさんについては?
STUTS:最初に「Presence I」から「Presence IV」までのラッパーさんが決まって、もう一人をどうしようかということで悩んでたんですけど、藤井さんがT-Pablowさんはどう?と提案してくださって。もしやってもらえるならぜひご一緒したいなと思って、藤井さんに紹介していただいてお願いしました。あがってきたものを聴いたら、また今までのラッパーさんと違うベクトルの素晴らしさで、リリックもストレートに胸に響くものになっていて、最高でした。T-Pablowさんとも今回初めて曲を作らせてもらったのですが、本当にご一緒できてよかったと思いました。あと5人ともリリックから優しさを感じられて、そこも本当に素敵だなと思いました。
——この曲は、いろんな意味で革新的なものだと思うんです。毎話ごとに主題歌が変わっていくという意味でも、ラッパーたちがドラマ主題歌という枠組みの中で自分らしいリリックを書いてパフォーマンスするという意味でも、新しい。STUTSさんとしても、おもしろいことが出来たという手応えや充実感はあるんじゃないかと思うんですが。
STUTS:充実感はありますね。最初に話をいただいた時に思ったのは、今回一緒に作るラッパーさんや、関わってくださった皆さんにとっても、良い形にまとめられたらいいなということで。皆さんにとっても「この曲をやって良かった」と思えるようなものにしたいという気持ちはありました。なおかつ、自分のやってきたことを曲げないで成立させられるようにという思いを持ちながら作ったので。無事発表できて良かったなと思います。ラッパーさんものフロウや言葉の置き方も、5人ともそれぞれ違う方向性でビートが活きる形に言葉を置いてくださった。企画を考えて自分たちの曲をやりたいようにやらせてくださったプロデューサーの佐野さんと坂元さん、話をまとめてくださった藤井さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
——ドラマを観ている幅広い世代の視聴者に日本のラップミュージックの最前線の表現が届いたという意味でも、今後に向けても意味のありそうな曲だと思いました。
STUTS:本当にそうなっていたら嬉しいなと思います。このメンバーでこの組み合わせで曲が作れて良い形で発表できて本当に嬉しいです。