AIの普及は音楽制作をどう変えていくのか? 『AI時代の職業作曲家スタイル』から探る
人工知能(AI)を制作に活用した音楽作品が続々と登場している。
■情念のこもった言葉をプレーンなAIボーカルが歌うtofubeats新作
音楽プロデューサー/DJのtofubeatsが先日発表したEP『NOBODY』は、全曲のボーカルをAI歌声合成ソフトの「Synthesizer V」を用いて制作した作品だ。
収録されているのは、ハウスを基調に洗練されたダンス・ミュージックのサウンドとキャッチーなメロディを持つ楽曲たち。まず印象的なのは、AIボーカルが女性の声として思った以上にナチュラルな響きを持っていることだ。不自然な抑揚が逆に魅力となっていたボーカロイドによる歌声とは違った聴き心地を持っている。
tofubeatsはインタビューで、ボーカロイドと違い記名性やキャラクター性を持っていないのが「Synthesizer V」によるAIボーカルの魅力だと語っている。自身が作詞作曲した「I CAN FEEL IT」の歌詞にある「魂燃やして燃え尽きるまで」など、情念のこもった言葉をプレーンでフラットなAIボーカルが歌ったときに生まれる不思議な感覚がパッケージされている。
■OpenAIの映像生成AI「Sora」を用いたミュージックビデオ
チルウェイヴのパイオニアであるアーネスト・グリーンによるプロジェクト、Washed Outの最新アルバム『Notes From a Quiet Life』からのリードシングル「The Hardest Part」では、OpenAIが発表した映像生成ツール「Sora」を用いてミュージックビデオが制作された。テキストプロンプトからAIが生成した映像は、まるで夢の中の風景を見ているかのような奇妙な感覚を覚えるものになっている。
監督した映像作家のポール・トリロはこうコメントしている。
「AIの超現実的で幻覚的な側面は、夢にも思わなかったような新しいアイデアを探求し、発見することを可能にする。AIを使って現実を再現するだけではつまらない。僕はリアリズムではなく、超現実的なものを撮ることに興味があった」
■スキルはAIが代替し、クリエイティブの”物語”を人間が担う
AIの普及は音楽制作をどう変えていくのか。
6月12日に刊行された音楽プロデューサー/エンターテック・エヴァンジェリストの山口哲一氏による著作『AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略』では、実際にどんなAIツールが用いられているかをプロの音楽家の目線から紹介し、その現状分析をもとに未来のクリエイターのあり方を考察している。
いくつかあるタイプの中で、まずミックスやマスタリングなどAIを用いたサウンドエンジニアリング支援のツールはすでに制作の現場では欠かせないものになっている。2023 年にビートルズの最後の新曲としてリリースされた「Now and Then」で活用されたように、録音された音源からボーカルやギターなどそれぞれのパートの音源を分離するツールもすでに実用段階にある。
また「Synthesizer V」など歌声合成AIは、職業作曲家の現場においては歌手に提出する仮歌の制作において役立っているという。
テキストプロンプトから楽曲自体を生成するサービスもある。「Suno」や「Udio」などのサービスではジャンルや楽器などの特徴を入力することでオリジナルな音源を生成する。こちらは音楽家の制作支援というよりも、映像作家など他分野のクリエイターが手軽にBGMなどの作曲を行うことのできるツールとして紹介されている。
同書では、作曲のスキルは将来的にAIに代替されるとし、人間にしかできない「斬新なテーマやコンセプトの設定」や「その音楽の価値を伝える物語の提示」にエネルギーを注ぐべきと論じる。一方で映像生成AIが普及することで音楽家が自らのイメージをもとにAIを用いたミュージックビデオを制作するようになっていくと予測する。
音楽に限らず、あらゆるクリエイティブな職業にとって、どんなイメージやヴィジョンを抱くかが最も重要なキーとなる時代が到来しそうだ。