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アジカン後藤正文がアーティスト支援のNPO法人を設立した理由

柴那典音楽ジャーナリスト
(提供:アップルビネガー音楽支援機構)

ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文を創立者とするNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が設立された。

同法人は、インディペンデントに活動するミュージシャンやアーティストに対して、金銭的、技術的な支援を継続して行うことを目的に、静岡県藤枝市を拠点に活動する。

7月19日には静岡・藤枝市役所にて設立発表会見が行われ、理事の後藤、代表理事の小林亮介氏、北村正平藤枝市長らが出席。あわせて藤枝旧市街地の活性化、地域振興、若手音楽家支援育成などの推進を目的とした連携協定「藤枝旧市街地活性化に関する連携協定」の締結式も実施された。

後藤正文(左)と静岡県藤枝市の北村市長(提供:アップルビネガー音楽支援機構)
後藤正文(左)と静岡県藤枝市の北村市長(提供:アップルビネガー音楽支援機構)

同法人は静岡県藤枝市に滞在型音楽制作スタジオ「Music inn Fujieda」を建設する。2025年秋頃に完成予定のレコーディングスタジオは、もともと明治時代から続くお茶の倉庫だった土蔵を改築したもので、ドラムの録音も可能な天井高を持つ。隣接するビルには滞在用の宿泊施設とワークショップや地域交流を行うコミュニティスペースを作る。このスタジオをアーティスト支援に役立て、音楽を通じたコミュニティ形成や地域振興を進めていくという。

また、後藤が2018年に設立した私設の音楽賞「APPLE VINEGAR-Music Award-」も、今後は同法人が運営する。このアワードは新進気鋭のミュージシャンが発表したアルバムに贈られる作品賞。文学における芥川賞を参考に、ミュージシャンがそのキャリア初期に発表した音楽作品を評価する仕組みを作り、今後の作品制作をサポートする賞金を贈呈することで若手ミュージシャンを応援できれば、という思いを持ってスタートした。

今年5月に発表された2024年の大賞作品は君島大空『no public sounds』。さらに原口沙輔『アセトン』、野口文『botto』が特別賞に選出されている。

■スタジオだけでなくコミュニティを作る

なぜ後藤はアーティスト支援に乗り出したのか。会見では「音楽の聞かれ方がCDから配信に移行し、大手レーベルに所属せずインディペンデントに活動するミュージシャンやバンドにとっては、制作費にかけられる予算がより制限される状況になってきている実感があった」と、音楽制作環境の変化について語った。そのことによってメジャーとインディーズの差が広がり、後者にとっては「クリエイティブなチャレンジができない、失敗できないような環境になってしまう」と述べた。

こうした現状を後藤は「富と機会が偏在している」と問題視する。ミュージシャンが予算を気にせず気兼ねなく使えるスタジオを建設し、録音技術の継承や共有を行うことで、多くの人に可能性を提供したいという思いがあったという。

また、「誰でも小さなパソコンで音楽制作ができるようになり、自宅の一室を改装したようなプライベートスタジオは増え続けているが、商用のレコーディングスタジオは閉鎖や閉業が続いている。文化として守るという意志なくしては、維持することが難しい」と、レコーディングスタジオを巡る状況についても語った。

「Music inn Fujieda」には後藤が長年集めた機材を提供するという。「スタジオだけでなくコミュニティを作って、金銭的な面だけでなく、技術的、情報的な面でもインディペンデントなミュージシャンを支えたい」と告げた。

会見では、続いて同法人の代表理事を務める小林亮介が登壇。静岡県島田市出身の後藤と高校の同級生であった小林が藤枝市役所の空き家対策担当だったことから、スタジオの物件探しに協力し、今回の建設予定地が決まったという。

後藤が目指すアーティスト支援の背景には、過去から続く音楽文化を受け継ぎ、豊かな土壌を次世代に受け渡すことへの思いがある。より多様な才能の活躍に結びつくことを期待したい。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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