大ケガをチャンスに変えて。元世界3位のリードクライマー是永敬一郎が目指す進化と覚醒
まだ痛む膝への恐怖心を乗り越えて復帰初戦でファイナリストに
「楽しめました。いまある力をすべて出し切れました」
3月2日・3日に開催された『第32回リード・ジャパンカップ』は、野口啓代が2年ぶりにリード日本一の座を奪還し、男子では藤井快がユース時代を含めて初めてこの種目で優勝した。
競技後の両選手が充実した表情で報道陣に対応するその横で、6位に終わった是永敬一郎も満面の笑みをたたえていた。決勝を戦った感想を求められると目尻を下げながら冒頭のコメントを発した。
2017年はW杯リード第7戦に優勝するなどW杯リードで年間ランク3位。昨年3月は『リード日本選手権』を初制覇。この種目の第一人者の彼が、6位という結果をよろこんだのは、この大会が大ケガからの復帰戦だったからだ。
昨年5月に出場したW杯ボルダリング中国・泰安大会の予選で、着地した際に左ヒザ前十字靭帯を断裂。再建手術を受けた左ヒザには、いまもボルトが残る。左ヒザに負荷のかかるヒールフックを使うと「まだ痛みはあるし、恐怖感もある」という。
この大会初日の予選は、左ヒザに負荷のかかるホールドの配置になったルートに苦しんだ。1本目は想定していた高度よりも低い位置でフォール。予選敗退がチラつくなかで臨んだ2本目で12位タイの高度を稼いで準決勝進出を決めた。
「久しぶりの公式戦で緊張しましたし、感覚も鈍っていましたね。1本目も2本目も、登っている途中で左ヒザにピリッと痺れがきて、『ヤバイな』と感じましたけど出し切れました」
10ヶ月ぶりの大会に、「予選後はとにかく疲れていて、ホテルに戻ったら19時半には寝ていた」是永だったが、それでも「朝6時に起きたらスッキリ」という状態で大会2日目の朝を迎えた。
26選手が臨んだ準決勝のルートは、前日から一転して左ヒールフックの出番はない配置。これを是永は完登目前まで登り、8名のファイナリストのひとりになった。決勝は最上部まで41手で構成されたルートで争われ、高度27+でフォールして6位で大会を終えた。
「順位的には不甲斐ない結果かもしれないですけど、自分は力を出し切ったし、みんなの想いには応えられたのかなと思います。」
是永のいう「みんな」とは、昨年4月から勤務する静岡のクライミングジム『クライミングJAM』のお客さんや同僚たち。昨春に日本体育大を卒業すると、以前からの知り合いだったオーナーに誘われて静岡へ移り住んだ。
埼玉育ちの是永にとって、土地勘も知り合いもいない新天地。ケガを負う前は希望に満ちた場所だったが、7月に退院して静岡に戻ると心細さを覚えた。その是永を支えてくれたのが「みんな」だった。
「リードは一人ではできないので、不安でしたけど、みんながビレイしてくれたり、ご飯に誘ってくれたりして、ボクが練習できる環境をつくってくれました」
昨年8月に片足ながらもリードを再開し、10月からは左足に荷重する練習を始めた。しっかり体重を左足にかけられるようになった12月から、今大会に向けた本格的なトレーニングに取り組んだ。
「大会にフォーカスした練習はなかなか思うように進まなくて、12月や1月は何度も出場をやめようと考えました。だけど、そのたびにボクのために時間を割いて協力してくれるみんなの想いに応えたいと思い直して、出場に漕ぎつけることができました」
左ヒザは「70%くらいまで回復した」という是永が、次に見据えているのがスタイルの変更だ。これまでは積極的に足を切り(壁から離す)、ヒールフックを多用しながら高度を稼ぐスタイルだったが、今後はスタティック・ムーブへのシフトチェンジを考えている。
「いまのヒザの状態だと世界に出ても戦えないので、まずはヒザをしっかり治すこと。そのうえで、持久力を取り戻しながら、スタイルを変えていきたいと考えています。いままでのボクはリスクを負って高度をあげていく登り方でしたが、今後は堅実に登るスタイルに変えたいと思っています」
目指しているのは「落ちないクライマー」だ。
「ワールドカップに出ていると大会に追われて、大きく何かを変えることはできないんですね。だけど、ボクにはケガをしたことで時間がある。これはもっと強くなるチャンスだと捉えています」
復活への狼煙をあげた是永は、来年への抱負を「体のことを何も気にせずに登れるようになって戻ってきたい」と掲げる。今年7月には左ヒザに残るボルト除去手術を予定し、ふたたび片足でのクライミングからリハビリを始めることになる。
進化覚醒に向けた新たなスタイルへの移行に踏み出している是永が、一年後の『リード日本一』をかけた舞台でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。いまから楽しみでならない。
これなが・けいいちろう
1996年2月16日生まれ、埼玉県出身。
身長 160cm
ユース時代から埼玉県川口市にあるクライミングジム・PUMP1でトレーニングを積んで力を伸ばしたリードのスペシャリスト。その系譜には波田悠貴、本間大晴が続く。2018年4月から五輪強化選手入り。リード種目をメインにする選手で唯一の選出だった。現在は静岡県にあるクライミングJAMに勤務し、インストラクションなども行っている。