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シリア:ヨルダンとの国境で暗躍する(?)民兵

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 10年以上にわたるシリア紛争の結果、シリアと近隣諸国、地域諸国との関係は大きく変動した。特に、アラブ諸国は紛争勃発後間もない2011年秋にアラブ連盟でのシリアの加盟資格を凍結する「制裁」を科すなど、そのほとんどがイスラーム過激派を主力とする「反体制派」支援に回った。トルコもシリア北部の広範囲を占領するとともに、シリアにおけるアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線)と連携して同派によるイドリブ県などの占拠を保護している。これに加えて、アメリカもシリア・イラク間の往来の要衝であるタンフを占領するとともに、「現地の提携勢力」としてクルド民族主義勢力(シリア民主軍)を起用してシリア北東部のイラクとの国境通過地点を押さえた。こうして、紛争の最悪期にはシリアと近隣諸国を結ぶ幹線道路と国境通過地点のほとんどが機能しなくなったのだが、それがもたらした結果は不正規の難民・避難民の往来、シリア経由での陸路の貿易が機能しなくなったことに起因する経済危機や密輸の横行だった。こうした状況はシリアに隣接するヨルダンにとっても当然好ましいことでなく、2016年以降紛争におけるシリア政府の勝利が政治・軍事・外交的に動かしがたくなるとヨルダンはシリアとの往来の再開に取り組むこととなった。

 2018年10月には、シリアとヨルダンを結ぶ幹線道路上にあるナシーブ通過地点が再開され、中国起源の新型コロナウイルスが蔓延するまではヨルダンに在住するシリア難民・避難民の帰還(または追い出し)の機運も見られた。また、最近ではシリアを経由してヨルダンの電力をレバノンに供給する事業が進められたり、両国間の商品往来が活況を呈したりしているようだ。著名な衛星放送局であるカタルのジャジーラTVによると、シリアのラタキア、タルトゥース港の機能が低下する中、ヨルダンのアカバ港がシリア向けの食糧の主要な荷揚げ港となっているそうで、その結果ナシーブ通過地点を通過する荷物の量はひところの10倍にも達しているそうだ(ただし、いつと比較しているかは不明)。

 そうした中、両国の間では「好ましからざる往来」も量・質の面で変貌を遂げつつ深刻な問題と化しているようだ。ジャジーラTVはヨルダン側からの両国国境の取材、ヨルダンの要人への取材に基づき、シリアからヨルダンへの武器や麻薬の密輸が両国間の隠された戦争と呼ぶべき水準に深刻化していると報じた。それによると、およそ365kmにわたる両国の国境でシリアからヨルダンへの武器・麻薬の密輸が変質し、かつては小規模な集団による密輸だったものが、現在では大規模化し、なおかつ訓練された民兵による警備を伴う密輸へと変貌したそうだ。ヨルダン政府はこの問題を重視し、最近ではアブドッラー国王が自ら国境警備隊を視察したり、国境警備のための部隊を増派したりしている。また、アンマンへのシリアの国防相の招待(2021年9月)アブドッラー国王とアサド大統領との電話会談(2021年10月)のような機会にこの問題について対処するようシリア側に働きかけたようだ。

 しかしながら、ジャジーラTVの報道によるとこのような働きかけを経ても問題の抜本的な解決には至っておらず、ヨルダン(そしてジャジーラTV)はその原因を、アサド大統領や軍・政府のなどのシリアの公的機関の統制が及ばないマーヒル・アサド中将(アサド大統領の弟)が率いるシリア軍第4師団や、レバノンのヒズブッラーをはじめとする「親イラン民兵」が密輸に関与しているためだと指摘した。しかしながら、この報道においては、シリア紛争に関与する“掃いて捨てるほどある”「親イラン民兵」・ヒズブッラーやその支援を受ける民兵、そしてシリア軍第4師団のどれが、いかなる情勢判断や利害関係や目的に基づいて密輸に従事しているのかに踏み込むことなく、単に第4師団や「親イラン民兵」がアサド大統領以下シリアの公的機関に服していないとの印象を醸成する言辞が弄されただけだった。

 民兵をはじめとするシリア紛争での非国家主体の活動や役割については、筆者も重大な関心を寄せているのだが、それについての報道・報告書の多くは、上記のような印象論を繰り返すだけに終わっている。この印象論は、2005年にレバノンでラフィーク・ハリーリー元首相が暗殺された際や、2013年、2017年、2018年のシリアでの化学兵器使用騒動の際にも繰り返され、その都度アサド大統領の統制に服さないのが「誰なのか」、「その誰かはどのような目的や情勢判断に基づいて問題の暴挙に出たのか」についての根拠の提示や分析を省略した「解説」にたくさんお付き合いさせられた。今般の密輸問題については、この問題でシリア側との公然の対立を避けたいというヨルダンの事情を反映して敢えて具体的な証拠の提示や事実の分析を控えているようにも見える。しかし、この種の「解説」は、誤りだった場合にそんな「解説」をした者たちが責任を取らないので、どのような場合においても研究・分析・観察・解説の仕事をしたことにはならないということは覚えておきたい。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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