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笹生優花の“二重国籍”はどこまで重要?日本女子ゴルフ界のハーフ選手とアイデンティティーを考える

金明昱スポーツライター
日本とフィリピンの二重国籍の笹生優花(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 今夏開催予定の東京五輪でも、自国選手を応援しようと思うのは、どの国でも同じに違いない。

 女子ゴルフの最高峰の大会ともいえる全米女子オープンを制覇した19歳の笹生優花は、いまその渦中にいる。

 日本のみならず世界にその名が知れ渡り、ほとんどの日本人が優勝カップを掲げる姿を誇らしく思ったはずだ。それは、笹生が“日本人”として快挙を成し遂げたからに他ならない。

 ただ、彼女は日本以外にもう一つ、フィリピン国籍を持つ。すでにフィリピン国内でも英雄扱いで、首都マニラのビルには数十メートルもの巨大な看板が掲げられたほどだ。

 日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれ、現在は二重国籍。4歳のときに日本に来たが、日本語をほとんど話せないまま日本の学校に通ったため、父の正和さんは「優花はうまく馴染めなかった」と話す。

 プロゴルファーになるため8歳から再びフィリピンへ。そのため、日本語よりもタガログ語、公用語の英語のほうが上手い。多感な少女時代をフィリピンで過ごしたため、アイデンティティーはフィリピンで形成されたと言っても過言ではない。

 アマチュアの頃は、フィリピンのナショナルチームとして各種国際大会に出場。2018年のジャカルタ・アジア大会ではフィリピン代表として出場し、個人と団体で金メダルを獲得。そんな実績から、全米女子オープンでも登録上は「フィリピン人」選手として扱われていた。

 すでに多くのメディアでも報じられているように、今夏開催予定の東京五輪には、フィリピン代表として出場する。その後は、日本国籍を選ぶ予定だという。

22歳までに日本かフィリピンかを選択

 日本では、重国籍者が20歳未満であれば、22歳までにいずれかの国籍を選択することになっている。

 笹生もいずれどちらかの国籍選択を迫られることになるが、こういうときに、ごく一部の人が「日本人」でいることを強く求める。

 東京五輪でも笹生が「日本人」として出場してメダルを取ってほしい、と思う人もいるだろう。ただ、外野が騒ぐほど、笹生の国籍は重要な問題なのだろうか。

 東京五輪などの国際大会では、国・地域の代表として出場することが原則だが、笹生の場合、日本とフィリピンの国民のために戦い、両国民から応援されるという喜びもあるはず。

 全米女子オープンで優勝したときも、「日本とフィリピンのファン、友達にありがとうと言いたい」と両国のファンへメッセージを送っていたが、それが彼女の本心だろう。

 たまたま日本とフィリピンのハーフとして生まれただけのこと。どちらも大切な場所であり、ただひたすら「世界で一番になる」という目標に向かってゴルフをしているだけだ。

 そもそも自分が“何人”ということについて、そこまで深くとらえていないと思うが、そうした選手は他にも存在する。

日本生まれで中国籍の森田遥「どっちも好き」

 24歳の森田遥は、今年でプロ6年目を迎える。出身は香川県だが、両親がともに中国出身の元卓球選手で、国籍は中国だ。

 中国籍ながらアマチュア時代は日本のナショナルチームで活躍した実績も持つ。2015年にプロになり、同年はアメリカの下部ツアーで戦い1勝。2016年から日本ツアーに参戦し、2017年の北海道 meijiカップで初優勝した。

 2015年と2017年には全米女子オープンにも出場しているが、登録名は中国名の(Lu Wanyao、ルー・ワンヤオ、魯婉遥)である。

 彼女を取材した際、自身のアイデンティティーや国籍についてこう話していた。

「私は日本と中国、どっちの文化にも触れて育っている。だからどっちも好き。その気持ちは変わりない。色々な人がいるけど、みんな同じ人間なんだから仲よくしよう、という気持ちです」

 日本の文化に触れて育ち、中国人の両親からは母国の話をたくさん聞いてきたという。両国のいいところも、悪いところも知っている。しかし“何人”であるという気負いはなく、プロゴルファーとして戦う自然体の“森田遥”がそこにいた。

日本と韓国の狭間で悩んだ野村敏京

 現在、米女子ツアーを主戦場にしている28歳の野村敏京(のむら・はるきょう)。

 日本ツアー1勝、米ツアー3勝の実力者だ。記憶に新しいのは日本代表として出場した2016年リオデジャネイロ五輪のゴルフ競技だろう。

 メダルに1打及ばず4位だったが、日本のファンから大きな声援を受けたことに、とても感動していたのをよく記憶している。

 日本人の父と韓国人の母を持ち、神奈川県で生まれた。幼少期は日本で過ごしたが、のちに韓国へ移住。韓国の高校に通いながらゴルフを続けた。

 当然、韓国に友人も多く、米ツアーを主戦場にする韓国選手たちとよく練習ラウンドする姿も見られる。

 日韓の二重国籍だったが、2011年に日本を選択。2015年の韓国女子ツアー「ハンファ金融クラシック」で同ツアー初優勝を果たした時は、“境界人(キョンゲイン)の野村”と書かれたりもした。

 当時の優勝会見で、韓国の記者から国籍に関する質問をされ、こう答えていた。

「韓国にいても韓国人でもなく、日本に行けば日本人でもない……そんなことに神経を使っていると自分が疲れるだけなので、考えないようにしている」

 多感な時期に韓国で育った野村にとって、どちらかといえばアイデンティティーは韓国寄りだろう。でも生まれは日本で、国籍も日本。しかし、どこか日本人でもない感覚もある。

 アイデンティティークライシス――。自分は何者なのかという答えにぶつかり悩む。筆者自身も日本で生まれた在日コリアンだが、野村の言っていることが痛いほどよくわかる。

 日本で生まれた日本人が「何者」であるかをほとんど考えることがないように、余計なことは考えず、ただ純粋にゴルフだけできていればよかったと思うこともあったはずだ。

 全米女子オープン優勝で国籍がクローズアップされた笹生だが、森田や野村も2つの国家の境界線に立ち、様々なことを経験してきた。

 3人に共通しているのは、早い段階で海外に挑戦している点。“何者”かを考える機会を得たことで、よりグローバルな視点を持つことができ、世界を舞台に戦う上での“強み”となったはずだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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