ウクライナ侵攻「ロシアフェイク」を中国が拡散する、そこにある思惑とは?
ウクライナ侵攻をめぐり、「ウクライナ政府はネオナチ」などロシアによる根拠のない主張が、中国政府や同国メディアを通じて拡散し続けている。
ロシアによるフェイク情報の発信は、欧州連合(EU)によるロシア国営メディアの配信禁止措置や、フェイスブック、ユーチューブなどのプラットフォームの対策もあり、拡散が抑制される傾向にある。
だがその一方で、ロシアによる根拠のない主張の拡散経路として、中国の存在が注目を集めている。
「ネオナチ」「生物兵器」など、ロシアが拡散してきた情報戦のキーワードが今もなお、中国政府や国営メディアのアカウントによって、ソーシャルメディアなどで発信されている。
そこにはどんな思惑があるのか?
●「生物学研究所」を拡散
「ウクライナの米国大使館が生物学研究所の資料をウェブサイトからすべて削除した」
親ロシアとされるジャーナリストの2月26日のそんなツイートが、1万件以上のリツイート、1,800件以上の引用リツイートで拡散された。だが実際には、資料は引き続き公開されており、このツイートは間違った情報だった。
米ジャーマン・マーシャル財団の中国とロシアなどの情報操作調査プロジェクト「民主主義保全同盟」が3月13日に公開した報告によると、この「資料削除」は3月10日前後になって中国外務省や中国の国営メディアの14を超すツイッターアカウントによって、相次いで拡散された、という。
ロシア政府は、ウクライナ侵攻をめぐって「米国がウクライナの研究所で生物兵器を開発」との根拠のない主張を続けている。
これに対して、国連は「いかなる生物兵器計画も承知していない」と表明している。
カタールのハマド・ビン・ハリーファ大学助教のマーク・オーウェン・ジョーンズ氏が、この「資料削除」の拡散状況をビジュアル化している。
この中でも、中国政府のアカウントによる拡散が大きな存在感を示す。中国政府は米国に対して、ウクライナ国内の生物学研究所について詳細な情報を公開せよと要求している。
●「ロシア」規制の回避
「民主主義保全同盟」のシニアフェローで、報告の筆者の1人でもあるブレット・シェーファー氏は、ワシントン・ポストの4月8日付記事の中で、そう指摘している。
ロシアによるフェイク情報拡散の動きは、ウクライナ侵攻開始前後が、一つのピークを示していた。
豪クイーンズランド工科大学上級講師、ティモシー・グラハム氏の調査によると、親ロシアのツイッターアカウントはウクライナ情勢の緊張の高まりとともに増加。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻開始当日には、1日で800件を超す新規アカウント登録があった、という。
ワシントン・ポストの調査では、ロシア国営メディアの「RT」「スプートニク」からのフェイスブックへの投稿は、ウクライナ侵攻開始をはさむ2月22日から26日にかけて、通常よりもはるかに多い500万件を超えるいいねなどを獲得。ユーチューブでも、7,300万回視聴されたという。
だが、侵攻を受けたフェイスブック、ユーチューブの規制を受け、これらのトラフィックは直後に急落。さらに3月2日にはEUが「RT」「スプートニク」の配信禁止措置を実施し、追い打ちをかける。
※参照:ウクライナ侵攻「政府公式アカウント」がフェイク増幅エンジン、SNSが規制しない理由とは?(03/22/2022 新聞紙学的)
その“抜け穴”として、中国政府やメディアが機能しているのだという。
●ウクライナが「ネオナチ化」される
ロシアはウクライナ侵攻について、「ネオナチ政権の迫害から人々を守る」との根拠のないナラティブ(ストーリー)を主張する。
ロシアの侵攻以前、中国ではウクライナと「ネオナチ」について話題になることはほとんどなかったようだ。その中国のソーシャルメディアで、現在では「ネオナチ」のナラティブが氾濫しているという。
ネット上の情報工作を調査する台湾のNPO「ダブルシンク・ラボ(台湾民主実験室)」のジェリー・ユ氏は3月31日のブログサイト「ミディアム」への投稿で、中国でウクライナと「ネオナチ」が結びついた経緯を検証している。
それによると、ウクライナ侵攻開始から2日後の2月26日に、欧米がロシアへの経済制裁としてSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除を表明した後、中国のソーシャルメディア「ウェイボー(微博)」のインフルエンサーらから、「米国の資金提供で、ウクライナのネオナチが香港のデモに参加」との投稿が写真つきで拡散したという。
この写真は、2019年の香港の民主化デモの現場に、ウクライナの極右部隊の関係者がいたというもの。EUのフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」の当時の検証によると、「米国が資金提供をした」との話はロシアのブログで根拠なく主張された「陰謀論」だとしている。
それが3年後に、「ウクライナ」「ネオナチ」のキーワードが香港を舞台に結びついたことで、「外国(米国)による中国への干渉」という文脈で「ウェイボー」で拡散し、ロシアへの支持を広げているという。
また同様の主張は、台湾でも拡散している、と述べる。
中国がロシアを後押しする、もう1つの仕組みが中ロのメディア協力だ。
2015年に中国中央電視台(CCTV)とロシアのRTとの提携が行われて以来、中ロメディア協力が強化されているという。
この協力関係の中で、ウクライナ侵攻に関連したソーシャルメディアの規制対象となっていないCCTVの国際英語放送「中国グローバルテレビネットワーク(CGTN)」が、ロシア国営メディア「スプートニク」のニュースを配信、拡散する、ということも行われている。
●けん制と「バランス」
米CNNは、ロシアのウクライナ侵攻からの8日間に、中国国営メディア14社からウェイボーへの約5000件の投稿を検証している。
それによると、ウクライナ情勢について1000回以上共有された300超の投稿のうち、半数近い約140件が親ロシアと分類しており、ロシア当局者のものとされる情報やロシア国営メディアから引用された情報が多く含まれていたという。
台湾の「ダブルシンク・ラボ」も、ウクライナ・ブチャで明らかになった市民虐殺について、中国国営メディアやネットメディアのウェイボーへの投稿が、「虐殺はフェイク」とのロシアの根拠のない主張を取り上げた事例を検証している。これらの投稿は、1万件前後の「いいね」や1,000件超のコメントを集めていた。
「民主主義保全同盟」の検証でも、中国政府や国営メディアは、ウクライナ侵攻を「侵攻」や「戦争」ではなく、ロシアの主張する「特別作戦」と表現しているとし、さらにこう指摘する。
米シンクタンク「フリーダム・ハウス」のリサーチディレクター、サラ・クック氏は、独公共メディア「ドイチェ・ヴェレ」の4月6日付の記事で、これは、ロシアによる根拠のない主張を、中国が利用している面もあると指摘している。
米国と「生物兵器」とを結びつける主張は、新型コロナの発生源をめぐる米中の応酬の中で、中国が持ち出したナラティブでもあった。
だが中国は、微妙なバランスも取っているようだ。
EUの「EUvsディスインフォ」の検証では、中国は反米・反NATOのナラティブによってロシアを後押ししながらも、「ロシアの偽情報をすべて増幅しているわけではない」と見る。特にロシアの侵攻によるウクライナの人的・物的被害については、中国国営メディアも「軍事施設のみを攻撃」というロシアの主張と矛盾するキーウの高層マンション砲撃などを報じていると指摘する。
ウクライナ侵攻に関して、中国は「中立」との基本的な立ち位置を主張する。
「中国は露骨な嘘や偽情報を流すなどしてロシアに政治的な支援をしている。 そして同盟国は、中国がロシアの侵略に物質的な支援を提供する可能性を懸念している」。NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグ氏が3月23日の会見でそう批判すると、中国外務省報道官は「そのような非難自体が偽情報だ」と反発した。
また、「台湾はウクライナではない」と、ウクライナ情勢の台湾問題への波及にも神経を尖らせる。
●中国語圏の影響力
中国が広げるナラティブの影響力の源泉は、その規模にある。
「ダブルシンク・ラボ」の報告で、ユ氏はそう指摘する。
ウェイボーだけでも、月間ユーザー数は5億7,300万人に上る。
さらに、ソーシャルメディアにおけるその影響力はロシアをしのぐ、という。
ワシントン・ポストが紹介する「民主主義保全同盟」のまとめでは、中国国営メディアなどのフェイスブックのフォロワー数の合計は10億人を超え、ロシアの国営メディアなどの8億5,000万人超を上回っている。
●ネットの分断
ウクライナ侵攻をめぐっては、ロシアはメタ、グーグル、ツイッターなどの規制に対抗し、これらのサービスの国内での締め出しに動くとともに、「偽情報」に最大禁固15年を科す法改正も行う「デジタル鉄のカーテン」を下した。
中国もまた、以前から「ネットの万里の長城」による海外プラットフォームや海外メディアの遮断で知られる。
閉鎖と監視のネットが互いにつながり、開かれたネットとの分断が、さらに広がっている。
(※2022年4月11日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)