「フェイクを信じる人」をゼロにするより、わずか1%でもっと効果がある方法とは?
「フェイクニュースを信じる人」をゼロにするより、わずか1%(ポイント)引き上げるだけでもっと効果が上がる方法がある――。
英仏の研究チームが1月12日、フェイクニュース対策をめぐるシミュレーションによって、そんな結果を明らかにした。
フェイクニュース対策では、違法・有害コンテンツの特定と削除が焦点となっている。その一方で、コンテンツ削除が、逆に社会の分断を悪化させるとの指摘も出ている。
研究チームは、ファクトチェックなどによるフェイクニュースの特定や削除を否定するわけではない、という。ただ、「リソースが限られた中で、誤情報との闘いよりも注力すべきことがある」と指摘している。
カギとなるのは「リテラシー」と「信頼」だ。
●「フェイクを信じる」を0%にするより
英ブルネル大学ロンドンの講師、アルベルト・アチェルビ氏ら英仏の研究チームは、1月12日付で米ハーバード大学のサイト「ミスインフォメーション・レビュー」に発表した研究ノートのシミュレーション結果で、そう述べている。
研究チームが着目したのは、ユーザーがリアル(信頼できる)のニュースやフェイクニュース(誤情報・偽情報)を目にした時に、信じたり、「正しい」と判断したりする割合「受け入れ率」だ。
研究チームは、11件の先行研究を基に、米英独仏の4カ国におけるネット上のフェイクニュースの広がりを、ユーザーのニュース接触のうち、最大でも5%(米仏)とする。
そしてこれらの先行研究から、リアルのニュースに対する「受け入れ率」はおおむね60%であるのに対し、フェイクニュースの場合は30%と見積もる。この受け入れの差を指標化したものが「グローバル情報スコア」だ。リアルのニュースの「受け入れ率」が高まり、フェイクニュースの「受け入れ率」が低くなれば、この指標は上がり、それだけ情報環境が健全化したことを示す。
シミュレーションではまず、リテラシー向上などによってユーザーのニュース判断力が高まり、フェイクニュースを信じたり、「正しい」と判断したりする「受け入れ率」が当初の30%から0%になるシナリオを想定する。フェイクニュースは全体の5%流通しているが、ユーザーが誰一人それを信じない、という状況だ。
すると、これによる情報環境の健全度への改善効果、すなわち「情報スコア」の上昇は、リアルのニュースの「受け入れ度」を当初の60%から61%へ、わずか1ポイント引き上げただけの「情報スコア」とほぼ同じ(やや下回る)結果になった、という。
フェイクニュースの流通量が5%と少ないため、ユーザーが信じてしまう割合を抑制しても、情報環境全体への影響は限定的になってしまう、と研究チームは見る。
さらにシミュレーションでは、フェイクニュースの流通量を当初の倍(10%)とした場合でも、フェイクニュースを信じる割合を0%にするより、リアルのニュースの「受け入れ率」を3ポイント(60%→63%)引き上げた方が情報環境の改善に効果があった、という。
また、フェイクニュースを信じる度にリアルのニュースの「受け入れ率」が低下(反対にリアルのニュースを信じる度にフェイクニュースの「受け入れ率」が低下)する、というシミュレーションを行った。
すると、フェイクニュースを信じることによるリアルニュースの「受け入れ率」低下への影響度を、その逆の場合の100倍とするシナリオでも、フェイクニュースの「受け入れ率」を0%にするより、リアルのニュースの「受け入れ率」を1ポイント引き上げる方が、情報環境の健全度への改善効果があった、という。
研究チームは、そう結論づけている。
●「リテラシー」「信頼」を向上させる方法
フェイクニュース対策には、ファクトチェックなどによるニュースの真偽判定、そしてプラットフォームによるフェイクニュースの拡散抑制や削除、さらにはユーザーがニュースの真偽を見極めるリテラシーの向上などが必要となる。
リテラシーは、シンプルなヒントの提示でも向上することが確認されている。
米プリンストン大学助教のアンドリュー・ゲス氏らの研究チームは2020年7月に発表した米国とインドでの調査結果で、フェイスブック(メタ)によるフェイクニュースの見分け方のヒント(「見出しに用心する」「写真に注意する」「日付を調べる」「リンクに気をつける」など)を提示した場合、米国(26.5%)とインド(17.5%)の両方で、見極め能力の向上が確認できた、としている。
一方で、リアルなニュースの「受け入れ率」を向上させるためには、ユーザーのリテラシーの向上に加えて、リアルなニュースへの信頼度の向上も必要になる。
フェイクニュースの氾濫の背景として、メディアへの信頼の低下が指摘されてきた。
PR会社のエデルマンが1月18日に発表した2022年版の信頼度調査報告「トラストバロメーター」では、日本を含む27カ国の調査で、「ジャーナリスト・記者に騙されている」との回答は67%(前年比8ポイント増)となっていた。
※参照:メディア嫌いには「偏向報道」よりもっとずっと深い理由があった(04/16/2021 新聞紙学的)
※参照:“メディア嫌い”がフェイクを支える、その処方箋と2029年の「人工メディア」:#ONA19 報告(09/14/2019 新聞紙学的)
メディアの信頼向上への試みも、続いている。
テキサス大学オースチン校メディア・エンゲージメント・センター副所長、ジーナ・マズーロ氏らの研究チームは、2019年2月に発表した調査で、USAトゥデイとテネシアンという2つの新聞サイトのニュースに、掲載理由や取材手法などを説明した「プロセス説明ボックス」を表示するという実験を実施。「信頼性」「透明性」「公平性」「正確性」など12項目の指標のうち、「意図的でない」を除く11項目で評価が改善したという。
この調査ではさらに、議論の分かれるテーマについて双方の立場からの記事を合わせて掲載する「バランス提示ボックス」の実験も行っている。実験では、銃乱射対策の研究について、銃規制と規制慎重派、それぞれの視点から書いた記事を、実験用のニュースサイトに隣り合わせで表示した。
だがこの実験では、12項目いずれも指標でも、目立った変化はなかったという。
またニューヨーク大学研究員、ケビン・アスレット氏らの研究チームは2020年、ニュースサイトの信頼性ランク付けを行うサービス「ニュースガード」を使った調査を行っている。
「ニュースガード」はウォールストリート・ジャーナル発行人やダウ・ジョーンズ副社長を務めたゴードン・クロビッツ氏と、ケーブルチャンネル「コートTV」の創設などを手がけたスティーブン・ブリル氏が2018年に設立したベンチャー。約40人のスタッフが、信頼度と透明性について9項目100点でランク付けし、緑(合格)や赤(危険)などの盾のマークで表示する。同社は、2021年に黒字化を果たしているという。
アスレット氏らの調査では、「ニュースガード」のランクの表示は、大半のユーザーのニュース接触に改善効果は確認できなかった。だが、フェイクニュースに最も影響されやすかった10%のユーザーのグループでは、5.4~8.6%の改善が見られた、という。
●メディアに向けられる視線
英王立学会は、1月19日に公開した情報環境の健全化のための報告書で、「コンテンツの削除は、誤った情報を含むコンテンツ(およびそれに基づいて行動する人々)を、より対処しにくいインターネットの隅に追いやることで、メリットよりも害をもたらす危険性がある」と指摘。ファクトチェックやリテラシー向上のための取り組み強化を提言した。
※参照:「フェイクの削除は有害」?それでも削除すべき理由とは(01/24/2022 新聞紙学的)
だが、フェイクニュースが新型コロナのワクチン接種の意欲低下につながるなど、現実的な悪影響もある中で、削除を含めた取り組みも、欠かせない。
ただそれらと合わせて、ユーザーからメディアに向けられる視線に改めて焦点を当て、その信頼向上の取り組みを強化する必要も、またありそうだ。
(※2022年1月31日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)