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タバコ・パッケージを考える〜喫煙で病気になるのは「自己責任」か

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:撮影筆者

 日本で売られているタバコのパッケージには「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります」といった警告文言が書かれている。輸入タバコも同様だが、免税タバコには書かれていない。日本の国内法に定められているからだが、タバコのパッケージについて財務省の分科会で検討され、2020年の東京オリパラまでに何らかの変更が加えられる可能性が高くなっている。

ゆるい日本のパッケージ規制

 商品のパッケージは、消費者購買者に対して強くアピールできる有力なポイントだ。機能や効能がまことしやかに書かれ、商品を買わせようという内容になっている。

 だが、タバコという商品は別だ。商品の使用で病気になる危険性があるとネガティブな情報がはっきり書かれている。加熱式タバコのタバコ葉部分(アイコスのヒートスティック、プルーム・テックのたばこカプセル、グローのネオスティック)のパッケージも同じだが、単なる電気製品という仕様だからか、本体のパッケージには未成年者の使用を禁止する文言しか書かれていない。

 日本でタバコのパッケージに警告めいた文言が登場したのは1972年からで「健康のため吸いすぎに注意しましょう」という中途半端なものだった。その後、日本も署名批准する「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(たばこ規制枠組み条約、WHO Framework Convention on Tobacco Control、以下、FCTC)」により、2005年から現在のものに規定されている。

 日本のタバコ・パッケージには「http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/main.html」というURLも書かれているが、これは厚生労働省の「たばこと健康に関する情報ページ」へのリンクだ。このURLを打ち込ませるより、QRコードなどとの併用にすればいいのではないかとも思う。

 FCTCの第11条第1項では、批准各国に対してタバコのパッケージに健康被害の警告表示をする場合、主要面の50%以上の面積とするよう勧告している。この面積について現在の日本の規制法(たばこ事業法、たばこ事業法施行規則)は「その面積が当該主要な面の面積の十分の三以上であるものに限る」とし、FCTCの基準に届いていない。

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たばこ事業法の第三十九条、たばこ事業法施行規則の第三十六条に定められているタバコ・パッケージの警告表示規定。たばこ事業法では「消費者に対し製造たばこの消費と健康との関係に関して注意を促すための財務省令で定める文言を、財務省令で定めるところにより、表示しなければならない」とし、具体的にはこうした注意表示が印刷されている。

 ようするに、タバコ・パッケージに関しても日本はFCTCの条約要請を12年以上も放置し、受動喫煙対策などと同様、世界各国の趨勢から後れをとっているというわけだ。

 こうしたパッケージ規制では、オーストラリアが最も厳しいとされている。オーストラリア議会は2011年に「タバコ・プレーン・パッケージ(タバコPP)法」を成立させ、タバコのパッケージにロゴやデザイン、画像などを印刷することを禁止した。

 タバコの銘柄名を焦げ茶色などの地味な単色にしなければならない代わり、健康被害に関する警告文言や画像などを義務づけ、パッケージのサイズも細長いものではなく単一の大きさに規制した。これによりタバコのパッケージ自体が、販促や宣伝に使われる危険性を阻み、タバコの害をより強く消費者にアピールすることになる。

規制に反発するタバコ会社

 タバコ会社は映画やテレビなどの映像表現、新聞雑誌などのマスメディア、広告宣伝などを巧みに使い、タバコ製品の拡販に努めてきた。タバコ・パッケージによって社会に強く働きかけ、ポジティブなブランド・イメージを形成することで喫煙行為を美化し、喫煙者をさらにタバコに依存させ、タバコを吸わない人を喫煙者にしてきたのだ(※1)。

 だが、オーストラリアから広がりつつあるパッケージ規制は、こうしたタバコ会社のマーケティング戦略に大きな影響を与える。そのため、タバコ会社はタバコ葉の生産国に働きかけ、WTO(世界貿易機関)に対してタバコ・プレーン・パッケージ法などの規制を貿易制限と訴えさせるなど、規制の妨害活動に精を出す。

 ニュージーランドではタバコPP法の成立にタバコ会社から横槍が入り、貿易問題や訴訟リスクを恐れたニュージーランド政府は規制に及び腰になっている。タバコ会社側がパッケージの問題を貿易や経済、知財訴訟などに論点をずらし、規制を遅らせようとする同じような事例は、先鞭を付けたオーストラリアをはじめ(※2)英国、アイルランド、フランスなどで起きているが(※3)、WTOへの訴えは幸い2018年に却下された。

 こうしたタバコ・パッケージ規制の流れは、タバコから国民の健康や生命を守ろうとする先進諸国に共通したものだが、日本でも遅まきながら財務省の政策分科会でパッケージの警告表示について議論が進められている。2016年6月には財務省たばこ事業等分科会表示等部会においてタバコの「注意文言表示の在り方について(案)」(2018/10/10アクセス)が出された。

 案によれば、タバコのパッケージに書かれている注意文言は「個人が自己責任において喫煙を選択するか否かを判断できるよう喫煙と健康に関する適切な情報を提供する」ものであるとしつつ、現在の規定が定められてから10年以上が経ち、喫煙率の抑制とタバコ販売による税収確保の観点からも考え直す時期にあるのではないかとしている。

 具体的には、タバコの健康への害について情報が十分でなく、もっと簡潔にできる部分もあり、ニコチンとタールの容量表示も誤解を招きかねないとした。また、受動喫煙に対する警告がパッケージ裏面にあって認知されにくく、文字の大きさやデザイン的に文言が配色に紛れ込んで読みにくいなどの問題があると指摘している。

画像パッケージを知らない日本の喫煙者

 この案に付随し、財務省理財局総務課たばこ塩事業室が、タバコのパッケージ表示の文言の認知状況などを調査した結果を資料として提出している。この調査は、全国の喫煙者と元喫煙者の男性1800人(52.2%)女性1647人を対象にしたもので、文言の存在や注意内容、表示の大きさ、読みやすさなどについて質問したものだ。

 調査によると、注意文言によって喫煙の健康への悪影響が正しく伝えられているかどうかについて77.1%(3447人中)が伝えられていると回答し、注意文言によって5.5%が喫煙をやめ、30.9%が喫煙本数を減らした(3238人中)という。また「mild、light、low tar」などの表現について、健康への悪影響が少ないと考えていたのは41.6%(1560人中)だった。

 この調査で興味深いのは、海外で喫煙関連疾患の患者の画像などを導入しているタバコのパッケージがあることを知らなかったとの回答が58.9%(3447人中)いたことだろう。海外で免税品のタバコを買ってくる場合、タバコ会社により注意文言がなくしてある。

 タバコ会社がいかにこうしたパッケージを嫌がっているかよくわかるが、そもそも使用者や周囲の人を病気にし、健康や生命に危害を与えるタバコという商品は、よほどポジティブなイメージを身にまとわないとなかなか手にとってもらえない。タバコ会社がいくらCSR的な美辞麗句を並べ立てても、殺人ビジネスのスティグマは決してぬぐいきれないだろう(※4)。

 財務省たばこ事業等分科会の表示等部会による案では、注意文言を医学的な最新知見に即したものに追加・改定し、より簡潔で読みやすい表現に変え、URL表示はなくす方向で検討する必要があるとした。また、ニコチン・タールの量に関しては誤解を生じさせない文言にし、「吸い方によって実際の摂取量と異なる」などの免責表示も併記するよう検討する必要があるとしている。

 未成年者に対しては注意文言とは別に「絶対にダメ」などの表示を付け加え、受動喫煙に関する注意文言も表面に表示するなどを提案している。一方、喫煙関連疾患の患者や患部などの画像表示については、諸外国の事例を参考にして効果を評価して検討すべきとした。さらに加熱式タバコでは、その利用形態に応じた注意文言が求められるとし、見直しが必要なのではないかとしている。

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2016年の財務省たばこ事業等分科会の表示等部会によるタバコ・パッケージの表示改定案。財務省たばこ事業等分科会表示等部会「注意文言表示の在り方について(案)」より

財務省の分科会議論は骨抜きか

 財務省理財局たばこ塩事業室によれば、受動喫煙防止法(改正健康増進法)も施行されることになることでもあり、2020年の東京オリパラも見すえ、2016年に出た案を背景にしつつタバコ・パッケージについては、たばこ事業法の施行規則や省令などの改正を念頭に、たばこ事業等分科会で議論していただくという。具体的な変更などについては、議論の結果を受けて決めていきたいとした。

 先日、日本禁煙学会が財務大臣と財務省に対し、タバコのパッケージの健康警告を画像による国際標準に改めるよう要望書を出した(2018/10/10アクセス)。これによれば、日本でもFCTCの条約基準に沿って表示面積を50%以上にし、オーストラリアで施行されているタバコ・プレーン・パッケージのような方式にするべきという。

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ロシアと香港のタバコ・パッケージの事例。日本禁煙学会が財務省へ提出した「タバコパッケージの健康警告を画像による国際標準に改めて下さい」より

 タバコ・パッケージの注意文言や画像は、タバコを吸わない人が喫煙を始める高いハードルになり、喫煙者の恐怖心を呼び覚ます可能性がある(※5)。

 たばこ事業等分科会の案にも書かれているが、タバコのパッケージに注意文言や画像が書かれ表示されていてもなおタバコをやめない喫煙者は、自分でも十分に喫煙の健康への害を知りつつタバコを吸っていることになる(※6)。

 タバコ会社にとっては一種の免責条件になりかねないが、これまでもタバコ会社はパッケージの研究に資金を提供して影響力を発揮し(※7)、ライトやマイルドといった表現により喫煙者の健康懸念を利用して欺してきた(※8)。

 財務省たばこ事業等分科会ではパッケージの表示面積について議論されず、案でもパッケージの面積を増やす表示は未成年者への注意文言の部分にしかない。

 海外の事例と分科会の表示案を見比べてみればわかるが、どうも骨抜きという印象がぬぐいきれない。今後なされるという議論では表示面積についても広げる方向で画像表示を含め、前向きに検討してもらいたいものだ。

※1:Dorie E. Apollonio, et al., "Marketing with tobacco pack onserts: a qualitative analysis of tobacco industry documents." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054279, 2018

※2:Caroline Louise Miller, et al., "Presenting a strong and united front to tobacco industry interference : a content analysis of Australian newspaper coverage of tobacco plain packaging 2008-2014." BMJ Open, Vol.8, Issue9, doi.org/10.1136/bmjopen-2018-023485, 2018

※3-1:Eric Crosbie, et al., "Containing diffusion: the tobacco industry’s multipronged trade strategy to block tobacco standardised packaging." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-054227, 2017

※3-2:Eric Crosbie, et al., "Advancing progressive health policy to reduce NCDs amidst international commercial opposition: Tobacco standardised packaging in Australia." Global Public Health, doi.org/10.1080/17441692.2018.1443485, 2018

※3-3:Ross MacKenzie, et al., "The tobacco industry’s challenges to standardised packaging: A comparative analysis of issue framing in public relations campaigns in four countries." Health Policy, Vol.122, Issue9, 1001-1011, 2018

※4:Anne Morton, et al., "Tobacco CSR and the Ethics Game Paradox: A Qualitative Approach for Evaluating Tobacco Brand Name Strategy Following Plain Packaging." The Goals of Sustainable Development, 179-192, 2017

※5:Anh Ngo, et al., "Global Evidence on the Association between Cigarette Graphic Warning Labels and Cigarette Smoking Prevalence and Consumption." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.15(3), 2018

※6:Hannes Mayerl, et al., "Responses to textual and pictorial cigarette pack health warnings: findings from an exploratory cross-sectional survey study in Austria." BMC Public Health, Vol.18:442, 2018

※7:Pascal Diethelm, et al., "Tobacco industry-funded research on standardised packaging: there are none so blind as those who will not see!." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2014-051734, 2015

※8:Hillel R. Alpert, et al., "Tobacco industry response to a ban on lights descriptors on cigarette packaging and population outcomes." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-053683, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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