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甲子園を目指さない育成組織 実現のためにプロ野球界がクリアするべき二つの障害

大島和人スポーツライター
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

問題は「高校野球以外」がないこと

スポーツ報道の世界では「勝利至上主義」に対する批判が根強い。どんな競技も勝利を目指す真摯さは大前提だが、ルールを犯してまで勝とうとする、選手の未来を奪ってまで勝とうとする姿勢は確かに容認できない。

もっとも現代スポーツはケガとの「共存」「妥協」なくして成り立たない。野球は肉体的な接触がある他競技に比べて安全だが、それでも肩や肘、腰などを痛めて選手寿命を損なう若者が多い。これは高校野球に限らず中学生年代、大学野球も含めた深刻な問題だ。長時間練習や、勝ち進むと連投になる大会の過密日程が特に投手をスポイルしている。選手たちが抑えられるリスクを、不必要に負っている現実は否めない。

個人的に甲子園を「悪」と見なす考えには同意しないし、球児の「高校野球で完全燃焼したい」という思いを否定するつもりはない。甲子園の吸引力があるからこそ教育機関では野球人の雇用が増え、環境整備も進んでいる。選手がいい環境でプレーするためには経済的な基盤も重要だ。そういった大会のメリットだけを残しつつ、デメリットだけを切り捨てることは現実的でない。

ただし大きな問題は高校生年代の野球を「高校野球」が独占し、他の現実的な選択肢がないことだ。サッカーならJリーグの育成組織を頂点としたクラブチームがある。ラグビー、バスケはトップレベルの中高生が英語圏に留学する例が多い。野球も中学生年代はクラブチームが中体連と人材を分け合っている。トップレベルの逸材を「日本の高校」というスタンダードに押し込むことは、決して生産的でない。

文武両道こそが「究極の勝利至上主義」

もし可能なら「甲子園を目指さない」選択も当然ありだ。「勝ち負けにこだわらずのんびりやる」という意味合いもあるだろうが、私がこれから議論するのは「究極の勝利至上主義」として甲子園を目指さない育成プロセスだ。メジャーリーグ(MLB)やプロ野球(NPB)のトップを目指す、成長過程やコンディションに細心の注意を払い「目先の勝利」を追わない育成だ。

4年前に18才以下の世界大会を見た経験がある。日本の投手は3、4種類の変化球を投げ、フォームもまとまっていた。それに対してアメリカのピッチャーは変化球が1種類しかなく、フォームの完成度も低かった。高校生年代では教えすぎないように配慮し、完成度でなく「器の大きさ」を優先しているのだろう。

「究極の勝利至上主義」を追求するなら、勉強も疎かにはできない。特に語学は必須と言っていい。例えばテニスの錦織圭は英語、卓球の福原愛は中国語をネイティブレベルで駆使する。バスケやサッカー、ラグビーの有力選手もバイリンガルが大半だ。

高校野球の2年4ヶ月で考えれば野球にすべて費やした方が有利かもしれない。しかしその先を考えれば読み書きは当然として統計、生理学、医学と必要な知識は無数にある。そういった学びは引退後のキャリアで、さらに生きるだろう。「知識と思考力のある人間」の育成は競技人生、人生全体を考えればメリットでしかない。

Jリーグの育成組織を見ると、個人差やクラブごとの濃淡はあるにせよ「文武両道」については合格点をつけられる。高校の部活と違って公欠が取りにくく、年代別代表選手は欠席日数の抑制というシビアな問題もある。高校生のうちにトップへ昇格すれば、通信制への転校も必要になる。とはいえプロの育成組織にもかかわらず、各クラブは過剰にも思えるほど学校への配慮をしている。選手が学校行事、修学旅行などを優先して試合を欠場することは当たり前だ。

育成組織の主体は12球団

ただし育成にはお金がかかる。現実的に学校以外でそれを担える主体はNPBの12球団だ。読売ジャイアンツは小学生年代の普及活動へ熱心に取り組んでいるし、東北楽天ゴールデンイーグルスは中学生年代の「東北楽天リトルシニア」も運営している。広島カープが1990年からドミニカで運営しているアカデミーも育成組織の一種だろう。

しっかりと黒字を出している球団が増えている昨今だから、十億単位の初期投資や、年間数千万円〜数億円の運営コストを負えるチームはあるはずだ。

「ユースに人材が集まると高校野球の人気が落ちる」と先回りして心配する方がいるかも知れない。しかし高校サッカーを見れば20年前から逆に人気は上がっている。選手のレベルや将来性に着目するのはコアな少数派で、一般のファンはそれと違う情緒、ストーリー性に引かれて高校生年代を見ている。そういう意味で見ると「ユース」のデメリットは無視できる。

もちろん「巨人U-18」「楽天U-18」の実現に向けた課題は無数にある。例えば「実戦経験をどう積むか」は現実的な問題だ。高校と練習試合ができればベターだが、それが認められるかどうかは未知数。社会人野球を統括するJABAも、独立リーグに所属する「飛び級高校生」との対戦を安全上の問題などから拒否した経緯がある。したがって彼らは実戦の機会を大幅に制限される可能性が高い。(※24日17時20分修正)

進学後の「選手資格」が問題に

特に大きな障害は二つある。一つ目は高校野球、高野連とは関係がないポイントで、学生野球(大学野球)の選手資格だ。

日本学生野球憲章の第4章第12条にはこうある。

1:プロ野球選手、プロ野球関係者、元プロ野球選手および元プロ野球関係者は、学生野球資格を持たない。

3:学生野球資格を持たない者は、部員、クラブチームの構成員、指導者、審判員および学生野球団体の役員となることができない。

プロ野球関係者の定義はやはり憲章に「役員、審判員、職員、監督、コーチ、トレーナー、スカウトなど全ての構成員をいう」とある。またNPBだけでなく独立リーグも「プロ」として制限の対象になる。ユース所属の選手も学生野球資格を持たないという解釈がオーソドックスだろう。

そもそも日本の野球界はプロ、社会人、学生と統括組織がバラバラで組織体を横断した調整が難しい。「NPBが高校生年代に参入する」チャレンジは完全に学生野球側の潜在的な権益を奪うもので、反発も予想される。一方でプロ野球出身者が大学の監督を務める例は増えているし、以前のような緊張関係はもうない。そこに何らかの着地点を見出すことは可能だろう。実務的には日本学生野球協会が「プロの傘下でプレーしていた高校生」の学生野球資格を認める条文修正を行えればいい。

無視できない「大学」という進路

「NPBやMLBを目指すなら大学野球は無関係」と考える人がいるかもしれない。しかしプロ野球はそれを目指す全員が入れる世界ではない。Jリーグの育成組織で自分が知る限り最高の昇格率は2004年度のサンフレッチェ広島ユースと、2008年度の柏レイソルU-18。04年(1996年世代)の広島は森脇良太、高萩洋次郎、前田俊介など「12分の9」がJリーガーになった。08年の柏も酒井宏樹、武富孝介など6名が昇格し、他に島川俊郎が仙台、指宿洋史はスペインのクラブに進んだ。この世代は大卒後にオセアニア、南米などでプロになった選手もいる。

ただ、それでもプロにならない選手はいる。一学年で2人、3人が昇格すれば立派な成果で、ユース所属のエリートでも大半は高卒でプロにならない。今の日本で一番オーソドックスなセカンドチョイスは大学進学だ。プレーの環境がよく、教育を受けて進路の選択肢を増やせる場だからだ。

プロ野球を見ていれば分かるが、高卒1年目からバリバリ活躍する選手はそれこそ「何十年にひとり」しか登場しない。特に野手は高卒1年目が二軍で打率.250を記録したら、即「未来の侍ジャパン候補」だ。実際はドラフト1位、2位クラスでも大学を積極的に選ぶ逸材が多い。大学でレベルに合った練習を積み、試合に出た方が、長い目で見ればいい選択になるからだ。

Jリーグでは大学経由の復帰も

サッカーでは俗に“鮭”と言われる「大学経由で元のクラブに戻ってくる」ケースが増えている。今年の大学4年生で言えば三笘薫(筑波大)が川崎フロンターレに、高嶺朋樹(筑波大)が北海道コンサドーレ札幌に戻る。

もちろん本人の意志に反して「強制的に戻す」ことはできない。岩武克弥は大分トリニータU-18時代に飛び級でトップの公式戦に出場した有望株だが、明治大を経て現在は浦和レッズに所属している。しかし選手は基本的に「我が家」へ戻りたいものだし、クラブ側もスタッフが連絡を取る、試合を見に行く、キャンプに呼ぶといった形でつながりを保つ努力をしている。

ドラフト制度との整合性も難題

ここまで書けば分かるだろうが、プロ野球がユースを作る上で二つ目の問題は「ドラフト制度」だ。獲得が自由ならば報酬の先払いが伴わない限り、囲い込みは全く問題がない。サッカーでは大学1年の段階で内定が発表された例さえある。一方で野球は大学4年の10月まで契約も交渉もできず、囲い込みは大よそネガティブに捉えられる。「息のかかった選手を大学に送り込んで、つながりを作ろうとしている」という勘ぐりもされるだろう。

とはいえ選択肢が増える、より良い環境でプレーするメリットを奪うべきでない。プロ野球が独自の育成システムを導入するならば、ドラフト制度を完全に撤廃しないまでも、「自前で育てた選手」については特別な取り扱いをするべきだ。

最後に乗り越えるべきは心の壁だろう。「ユース組織」「甲子園を目指さない育成」のメリットを野球関係者が理解できれば、大学野球も含めて制度を変える動きが起こるだろう。しかし率直に言えば存在しないもののメリットを想像させることは不可能に近い。またサッカーをお手本にしようという発想を野球人は持たないだろう。

そんな中でエネルギーを費やして、高校生年代への参入にチャレンジする組織や人物が登場するかどうかーー。過大な期待はせず、今後の推移を見守りたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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