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奈良クラブの「水増し」は何が問題だったのか 処分決定と社長辞任に際して考えるべきこと

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
JFL昇格を決めた2014年の奈良クラブ。この翌年から「水増し」は行われていた。

 2019年のシーズンが終了し、選手や監督の人事往来に関するニュースがネット上を賑わせている年末の日本サッカー界。そんな中、今月7日に発覚した奈良クラブ入場者数水増し行為に関する、JFLの処分内容が26日に発表された。

 リリースから引用すると、奈良クラブに対しては《罰金100万円》。同クラブ代表取締役社長の中川政七氏には、来季JFLの《第1節〜第10節までの公式試合で、フィールド、ベンチ、ロッカールーム等の区域に立ち入ることを禁止する》。同クラブ代表取締役でNPO法人奈良クラブ理事長の矢部次郎氏には《譴責(始末書提出)》となっている。

 そして同日、クラブは中川氏が来年1月31日付けで社長を退任することを発表。後任の社長についてもリリースされ、一部では「一件落着」という空気も流れている。

 そもそも本件はJリーグではなく、J3のひとつ下のJFLで起こった不祥事であるため、サッカーファン以外ではほとんど知られていない。が、いくらアマチュア主体のリーグで起こったこととはいえ、由々しき不正があったことに変わりはない。JFLをご存じない方でも理解していただけるよう、本稿では事の経緯と問題点の整理に努めることにしたい。

1)奈良クラブとはどんなクラブなのか?

 奈良クラブの前身は、1991年設立の都南クラブである。奈良県1部リーグ時代の2008年、元Jリーガーの矢部氏が加わったのがきっかけとなり、「奈良県からJリーグを目指すクラブ」として現在の名称に変更する。

 その後、関西リーグ2部、1部を経て、14年の地域決勝(現・地域CL)に優勝してJFLに昇格する。以降、矢部氏が立ち上げたNPO法人がクラブを運営していたが、18年に中川氏が株式会社奈良クラブを設立。同社が新たな運営母体となり、中川氏が社長に就任して現在に至っている。

2)なぜクラブは水増しを行ったのか?

 奈良クラブは関西リーグ時代の13年にJリーグ準加盟クラブ(現・Jリーグ百年構想クラブ)となり、15年にはJ3ライセンスが交付されている。昇格に必要なライセンスは手にしたものの、さらには成績面や施設面の諸条件に加えて、ホームゲームでの平均入場者数2000人以上をクリアしなければならない。

 この「2000人の壁」が、奈良クラブにとって大きな足かせとなった。クラブのリリースによれば、入場者数の水増しは矢部氏が運営のトップだった15年から「なるべく多く見せたいとの気持ちが働き」常態化。現体制に運営が引き継がれた際、いったんは「水増しは止めよう」という話になったが、開幕戦でも思うように数字は伸びない。結局、中川氏が代表となって以降も不正は続くこととなった。

3)社長の中川氏とはどんな人物なのか?

 中川氏は、もともとサッカー界の人間ではない。奈良で300年以上続いている手績み手織りの麻織物の老舗『中川政七商店』の13代目である。伝統工芸を中心とした、ものづくりのブランドを全国に展開した実績を持ち、ブランディング重視の経営手腕にはかねてより定評があった。

 新会社の設立にあたってのビジョンは「サッカーを変える、人を変える、奈良を変える」。昨年12月の新体制&ビジョン発表会は、あえて奈良ではなく東京で開催している。平城京をモティーフにした新しいロゴデザインや、当時23歳のGM(ゼネラルマネージャー)を就任させるなどの斬新なアイデアは、サッカー業界を超えて注目を集めていた。

昨年12月、東京で開催された奈良クラブの新体制&ビジョン発表会。左端が中川氏、その隣が矢部氏。
昨年12月、東京で開催された奈良クラブの新体制&ビジョン発表会。左端が中川氏、その隣が矢部氏。

4)不正はどのようにして発覚したのか?

 匿名による告発状がJリーグに届いたのは、今年4月のこと。ただしこの時は、JFLから奈良クラブに情報の共有が行われただけで終わっている。11月29日になって、今度は実名による告発状と証拠となる画像(試合当日のスタンドを撮影した写真)がJリーグの村井満チェアマン宛に届き、JFLもようやく事の重大さを認識するようになる。

 2日後の12月1日はJFL最終節。奈良クラブはホームだったため、リーグ側は「運営をしっかりやってほしい」と伝えたが、結果としてこの試合でも水増しは行われた。この頃になるとTwitter上でも、奈良クラブに対する疑念の声が高まりを見せるようになる。それまで沈黙を守り続けたクラブが、水増しの事実を認めたのは12月7日の15時すぎのことであった。

5)なぜ中川社長の処罰が重いのか?

 12月5日、都内でのJFL表彰式に出席するため上京した中川氏は、JFLの加藤桂三専務理事やJリーグ担当者への報告の場に臨んだ。この時に中川氏は、意図的な水増しではなく「観客以外の人間もカウントに含めてしてしまった」と説明。その後、中川氏からの申し出により、翌6日に再び報告の場が設定される。この時は矢部氏も同席し、ようやく水増しが意図的に行われていたことを認めた。

 結果として自ら罪を認めたとはいえ、中川氏が虚偽の報告を当初していたという事実に変わりはない。水増しを4年間続けていた矢部氏よりも、中川氏の処罰の方が重いのは、そうした理由があったからである。もっとも中川氏は1月末で社長を辞任するため、「出入り禁止」のペナルティーは意味を持たなくなることが予想される。

6)今回の不祥事が残念でならない理由

 今回の処罰決定に関して、加藤専務理事は「JFLの入場者数カウントの方法に問題がないわけではない」としながらも、奈良クラブの不正行為については「そういうことをやるチームはないと思っていたので、非常にショック」とコメント。その表情からは、裏切られた無念さが滲み出ていた。

 個人的な話をすると、奈良クラブについては関西リーグ時代から取材していたし、JFL昇格の瞬間にも立ち会っているので、今回の件は非常に残念に思えてならない。また矢部氏と中川氏には、昨年12月にじっくりインタビューする機会があり、奈良クラブの未来が極めて明るいものに感じられた。

 特に中川氏に関しては、ブランディングのオーソリティーがサッカーの世界に飛び込んでくれたことに、大いなる期待感を寄せていた。しかしクラブが水増しを認めて以降、中川氏は一度も公の場で謝罪会見を行うことはなかった(ソシオ会員向けの会合では謝罪したらしいが)。加えて指摘するなら、水増しを認めるリリースをJ1最終節の後半開始のタイミングで出したこと、謝罪文が検索のかからないPDF形式だったことも、サッカーファンの疑念を深める結果につながってしまった。

 中川氏自身はサッカー業界の人間ではないが、実は熱烈なサッカーファンであり、生まれ育った奈良をより良くしたいという思いにも溢れていた。「サッカーを変える、人を変える、奈良を変える」というビジョンにウソ偽りはなかったと思う。不正が発覚した時点でトップとしての説明責任を果たし、率直に過ちを認めて謝罪していれば、もっと違った結果になっていたのではないか。

 少なくとも、奈良クラブのブランドがここまで傷つくことはなかっただろうし、ご自身も大好きなサッカーから離れずに済んだかもしれない。そのことについても、心底から残念に思えてならないのである。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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