Yahoo!ニュース

『BLEACH』で王悦が打った「鞘伏」は、切れ味がよすぎて、鞘も作れない! それ、どんな刀?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

『BLEACH』の二枚屋王悦(にまいやおうえつ)はチャラい男だ。

リーゼントのモヒカンにサングラス、会話は「オカシいNeェ シーオカだNeェ」とラッパーふう。

でも、死神たちが暮らす尸魂界(ソウル・ソサエティ)には、なくてはならない人物である。

なぜなら、護廷十三番隊の死神たちが持つ斬魄刀(ざんぱくとう)を打ったのが、この王悦。

隊士は6千人いるが、そのすべてを彼が1人で打った!

「人は見かけによらない」とは、このヒトのためにあるような言葉ですなあ。

そんなすごい王悦が作ったオソロシイ刀がある。

その名は「鞘伏(さやふし)」。

王悦はこの刀を液体の入った水槽に入れて運んでいた。

それはなぜか?

鞘伏があまりに切れすぎて、鞘に納めることができないから!

王悦は鞘伏について、こう説明していた。

この『鞘伏』は失敗作Sa

切れ味が良すぎて

刃がなめらかすぎて

いくら切っても刃毀(こぼ)れしない

血の一滴も刃につかない

これじゃ砥(とぎ)屋が食いっぱぐれるってNe

そして何より

こいつを収める鞘が創れない

これじゃ刀として成立しないってんで

瀞霊廷に回せなかった代物Sa

いくら斬っても刃こぼれしない! 納める鞘さえ作れない!

確かに、鞘に納めたら鞘が切れ、刀身が飛び出してくるような刀など、危なくて持ち歩けないだろう。

だが、そんな刀が存在し得るのだろうか?

◆切るときの音が「ヌッ」

鞘伏の切れ味はモノスゴかった。

敵が撃ってきた弾丸を、王悦は鞘伏で受け止める。

すると、弾丸は2つに切れて後方へ飛ぶのだが、その切る音が「ヌッ」なのだ。

何発撃っても「ヌッ」「ヌッ」「ヌッ」。しまいには銃さえも切って、その音も「ヌッ」。

これはもう、ほとんど手応えなく切れているのではないだろうか。

それほどまでの切れ味は、どこから来るのだろう。

この疑問を解明するために、そもそも「なぜ刀は切れるのか」を考えてみると、主な理由は次の2つのようだ。

①刀は鋭く砥がれているため、物体に当てると、狭い面積に強い力がかかる。

②日本刀の刃にはギザギザがあり、引きながら切ると、ノコギリと同じ原理でよく切れる

なるほど、鞘に納めると刀は動かないから、②の効果が働かない。

おそらく①の効果だけでは鞘は切れず、だから現実の刀や、『BLEACH』の他の斬魄刀は、鞘まで切ってしまうことはないのだろう。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

すると鞘伏は、①の効果だけで鞘を切っていることになる。

すごい話だが、いったいどれほど鋭いのか?

鞘が作れないということは、たとえ地上で最も硬いダイヤモンドで鞘を作ったとしても、鞘伏は切ってしまうのだろう。

ダイヤモンドを傷つけるには、1mm²あたり17tの力が必要だ。

ここから計算すると、納めた刀の重みでダイヤモンドの鞘が切れてしまうとしたら、刃の先端の横幅は1千万分の1mm。

これは、よく切れる刃物の5万分の1という鋭さである。

というか「鉄の原子」1個分!

原理的に作ることが可能なもっとも鋭い刀ということだ。

しかし、ここまで鋭いのも、いかがなものか。

敵が刀で切りつけてきたとき、鞘伏で受け止めると、敵の刀も「ヌッ」と切れてしまう。

すると直後に、切り離された敵の刀の切っ先が、自分に向かって飛んでくる!

うーむ。あまりに切れすぎて、斬り合いには向かない刀かもしれません。

◆運ぶのがすごく大変!

こんな鞘伏をどう取り扱えばいいのだろう?

前述のとおり、王悦は液体の入った水槽に入れて運んでいたが、液体だったら切れることはないから、ナットクの方法である。

だが、それはそれで問題が生じる。

あまりに重いのではないかと思われるのだ。

コマの描写を見ると、その液体の入った水槽は、長身な王悦の身長を180cmと仮定すると、縦1m、横90cmほどの大きさだった。

なかに入った液体は、縦も横も80cmほど。奥行きは正確に測れないが、20cmほどに見えた。

この場合、その液体の体積は128Lになる。

すると体積あたりの重さ、すなわち「密度」が水と同じでも、128kgあることになるが、それでは済みそうにない。

なぜなら、鞘伏はこの液体に浮かんでいるからだ!

沈んでしまったら、水槽の底を切ってしまうから、浮かばないと困る。

つまり、鞘伏を入れておける液体は、単なる水ではないということだ。

実際に、作中で王悦の水槽に入っていた液体は、ゼリー状だった。

刀が浮かぶということは、その液体の密度が、刀より大きいはずである。

たとえば、通常の温度では液体になる「水銀」は、密度が1Lあたり13.5kg。

これは1Lあたり7.9kgの鉄より大きいので、水銀を湛えた水槽に鉄製のハンマーやバーベルを入れると、プカプカ浮かぶ。

では、鞘伏を浮かべている液体は何? その密度は?

描写では、鞘伏は全体の3分の1が液面から出ている。これは、液体の密度が鞘伏の1.5倍あるということ。

もし鞘伏の密度が鉄と同じなら、液体の密度は1Lあたり11.8kgだ。

1Lあたり13.5kgの水銀より軽いが、水銀はアルミニウムなどを混ぜると、密度を小さくできる。

よって、液体の正体は「アルミニウムを混ぜた水銀」ではないかと筆者は推測します。

それでも総重量は1.5t。

大型の乗用車なみである。水槽には、ランドセルのように担ぐための帯がついていたが、こんなモノを担いでいたら、動きが制限されて、直ちにやられてしまいそうだ。

う~む、切れすぎる刀というのも大変ですな~。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

柳田理科雄の最近の記事