ユニコーンはなぜ起業成功後にデンマークを去るのか?人材流出の背景
北欧デンマークはユニコーンを輩出するのは得意だが、ユニコーンを定着させるのは苦手だ。
人口600万人足らずのデンマークは、評価額10億ドル以上のハイテク企業、いわゆる珍しい幻の生き物「ユニコーン」を輩出することに関しては、驚異的な成功を収めている。アメリカのスタートアップデータベースDealroomによると、人口100万人あたり2.7ユニコーンに相当する。しかし、合計16のユニコーンの多くは本社を他の市場に移している。
デンマーク商工会議所の報告書によると、2000年以降、11の新しいユニコーンが誕生したが、うち7社はその後、本社をデンマーク国外に移転させた。これは、2000年から2022年の間に設立されたユニコーン総数の60%以上にあたる。つまり、デンマークのユニコーンがデンマークで好スタートを切りながらも、最終的には他の場所(多くは米国や英国)に移転する可能性があるのだ。
2022年にデンマーク商工会議所が行った調査では、デンマークの起業家は「資本へのアクセス」が成長への最大の障壁であると述べている。さらに、「有能な労働力の確保」や「熟練した従業員の定着」といった障壁も急増している。
ユニコーン流出を防ぐためにできることは?
デンマーク商工会議所は、「キャピタルゲイン税の引き下げ」「外国投資の誘致」「外国人人材の誘致に関する規制の緩和」といった提言をしている。
資本へのアクセスは新興企業にとって極めて重要な要素だ。デンマークは、他のスカンジナビア諸国であるスウェーデン(30%)やノルウェー(31.7%)と比べても、キャピタルゲイン税率が42%と世界で最も高い国のひとつである。
デンマークの技術系スタートアップは、後期段階の資金が限られているため、規模を拡大するためには海外からの投資誘致に依存している。「デンマークは外国投資家をデンマークに誘致する関係を構築し続けるべきである」とも商工会議所は主張している。
デンマークのワラント・プログラムに関する規制は非常に官僚的だ。デンマークの新興企業が従業員獲得のためにワラント・プログラムを設定するのは難しく、コストもかかる。規制を緩和すれば、スタートアップが人材を集めやすくなり、ユニコーンがデンマークにとどまる可能性は高めることができる。
また厳しい規制のために、新興企業が外国人人材のビザを取得する手続きに時間と官僚的な手間がかかっている。給与上限制度を引き下げ、外国人人材のための官僚主義を緩和しなければ、優秀な人材を集めることができない。
なぜデンマークではユニコーンが生まれやすいのか?
デンマークは無料教育に恵まれているため、文化的に創造的・批判的に考えることを奨励されてきた「教育水準の高い国民」が多い。これが、デンマークの国民一人当たりのユニコーン輩出数が多い理由のひとつと考えられる。 教育分野では、多様な人材が集まり、研究に投資し、起業家精神が育ち、斬新なアイデアや発想が生まれる「魔法」も起きる。また政府は早くから社会の電子化を進めた。公共部門や企業間における書類・請求書を電子発行できるインフラを整えた。貿易のデジタル化は、ユニコーンを生みやすい土壌を育てた。
デンマークが逃している大量の才能と成功企業
デンマーク商工会議所の起業家部門リーダーのジャスミナ・プレスさん(Jasmina Pless)さんはデンマークのスタートアップとイノベーションの祭典TechBBQでの話し合いでこう述べた。
「デンマークは自国市場が小さいから、企業が最終的に本社を海外に移すのは自然なことだと思われるかもしれません。しかし、私たちとよく似た他の隣国、例えばスウェーデンと比較した場合、スウェーデンの離脱率はわずか9%、フィンランドは実際は0%、オランダではわずか6%です。つまり、小さな企業が大きく成長し、経営が成り立つような枠組みや条件を国内に作り出すことは、『実際に可能である』ことを示しているのです。デンマークではこの課題を解決したいと思っています」
移民政策に厳しいことで有名なデンマーク
ユニコーンを育てる維持するためには「外国人人材」が重要となる。しかし、北欧諸国の中でも、デンマークといえば「最も移民に厳しい国」「ビザが取得しずらい国」である。特に移民に対する言論空間は、他国の北欧の政治家なら「思っていても言わない」ことを素直に口にしてしまう政治家で溢れている。会場からは「外国人人材が足りないのはデンマーク政府の責任では」と意見が出たように、筆者もすぐに「政治家が発してきた『外国人を歓迎しない』メッセージと政策が原因では」と思った。
「これは政治家の認知の問題」
この問題について、商工会議所のジャスミナ・プレスさんと筆者は話をした。
「デンマークはユニコーンを作るのが非常に上手なんです。デンマークでは国民一人当たりのユニコーンの数が多く、数多くのユニコーンを生み出したことで知られるイギリスよりも多いのです。これは本当に素晴らしいことです。しかし、残念なことに、企業が本当に大きく成長したとき、必ずしもデンマークを好まないことがわかります。税制の問題や金融へのアクセスの問題から、新興企業に投資する資本が十分でないからです。外国人投資家がデンマークの会社をたくさん買うということは、その会社の所有者がどんどんアメリカ人になっていくことを意味します。彼らは、その会社が自分たちの所在地に移転することを望むでしょう」
「私たちは、ユニコーンが抱えている問題を政治家に知ってもらうために、意識改革に取り組んでいます。ユニコーンの創業者たちにはなぜ離脱したのかを尋ね、政治家に問題点を示すことで、企業や投資に対する税金の高さを理解してもらおうとしています。EU域外からの人材誘致にも問題があります。例えば、日本やインドから専門家を雇いたいと考えた場合、ビザ規則によって、その人を入国させ働かせることが難しいのです。政治家はこの問題を知っていますが、何か行動を起こそうともしていません。だから私たちは長い間、政治家と会合を持ち、メディアで話題にし、彼らに問題点を伝えようとしています」
「これは認知の問題なんです」とプレスさんは強調した。政治家のマインドセットが優秀な人材と企業流出にいかに直結するかは、日本でも心に留めておいたほうがいい教訓だろう。
Text: Asaki Abumi