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過去の消費税論議で確認する「本当はマイナもインボイスも要らなかった」経緯

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
必要だったのか(写真:イメージマート)

 10月から始まったインボイスは賛否両論を呈しています。他方、マイナカードに健康保険証機能を持たせて保険証は廃止する方針から生じた混乱が収まっていないのもご承知の通り。

 ではインボイスやマイナは何で誕生したのでしょうか。すべては12年に決まった消費増税論議がらみです。過程をつぶさに確認するとインボイスは当初案が通っていたら不要で、反対にマイナは当初案がつぶれたから存在感を一挙になくしたというのが実情。ではその「当初案」とは何で、何がどうしてこうなったかを追っていきます。

麻生氏の「(軽減税率は)面倒くさい」発言

 まずは「インボイスはいらなかった」から。

 これまで5%だった消費税を14年4月から8%、15年10月から10%(2度の延期を経て19年からスタート)とすると決めたのが12年。民主党の野田佳彦政権と当時野党だった自民党、公明党の3党合意に基づく「税と社会保障の一体改革関連法」の可決成立によります。

 10%引き上げの17年までの見送りが決まった15年、連立を組む公明党が切望していた軽減税率導入に自民党は消極的でした。「(軽減税率は)面倒くさい」と麻生太郎財務大臣が言い放っていたほど。

当初案「還付型」は結構いい仕組みだった

 ここで浮上してきたのが「還付型」という発想です。いったん、すべての買い物に10%を課すも「酒類を除くすべての飲料と食料品」を基本に、後から2%分を還付する仕組み。上限額を設けて4000円ほど。つまり年間20万円まで対象品目を買ったら後から戻ってきます。

 20万円が妥当かどうかはともかく、結構いい仕組みです。消費税最大の課題は所得の低い方ほど痛税感が強まる逆進性。「還付型」は所得制限こそ設けないものの一定額を超えたら、つまりそれほどの余裕がある者には対象品目であっても還付されません。

 要するに、ゆとりのある人には何もかも10%という領域が発生して、その分だけ税収増。それを主たる増税目的である社会保障へ再分配したらいいのです。

マイナカードを使って上限4000円が振り込まれる

 もしこの案が実現していたらインボイス自体が不要となりました。現在大きく取り上げられている「売上高1000万円以下の事業者」の収入が減るか仕事がなくなるかという問題は「減るといっても、それは元はといえば益税でしょ!」という正論が対抗します。より深刻なのは事業者すべてに新たな事務負担がのしかかるという点。

 「還付型」が浮上した際に問題視されたのが対象品目を買った記録をいかに把握するか、でした。ここでマイナカード登場。対象品目を売る事業者に置く端末にかざして政府のデータセンターに情報が集約されて「マイナポータル」から申請すれば本人名義の銀行口座へ還付相当額の上限4000円が振り込まれるというイメージ。

 手続きの面倒さは郵便局やコンビニで代行手続きができ、小規模な事業者には端末を無料で配るなどの案まで具体的に考案されたのです。

猛然と反対したのが公明党

 当時普及が微々たるものであったマイナカードでなくクレジットカードやポイントカードでも代替できるという発想まで出ていました。還付は5W1Hのうち「いつ」「誰が」「何を」買ったかがわかれば十分なので。

 マイナカードに一本化しても普及の起爆剤になり得ました。何しろカネが返ってくる制度だから十分な動機付けになったはずです。

 猛然と反対したのが公明党。14年総選挙では「公明党は、消費税率10%引き上げと同時の軽減税率導入を強力に訴え、行動している唯一の政党です」と高らかに公約。インボイスも、それが「不要の簡易な経理手法を提唱」。万一「還付型」を認めたら翌16年の参議院議員通常選挙で負けるという恐怖感も後押ししました。

「簡素な給付措置」続行案も

 8%に上げた際に行われた「簡素な給付措置」を10%引き上げ以後も続ければいいという提案もあったのです。住民税非課税世帯など所得が低い方を対象に1万円ほど(後に6000円へと減額)現金を給付した制度。これならば捕捉されている税金の多寡で実施できます。

 これには預貯金に回っただけで景気を下支えする効果がなかったとか、軽減税率が対象品目が目に見えて安くなるのに比べるとインパクトがないなどとの反対論でかき消されたのです。

 かくして一貫して「面倒くさい」現行の軽減税率方式に消極的であった自民も最終的に連立枠組み維持を優先して今日に至りました。

当初案「給付付き税額控除」とは

 次に「マイナカードすら不要であった」について。解は消費増税の基点となる「税と社会保障の一体改革関連法」成立過程に求められそうです。

 消費増税の逆進性緩和のため政府が進めていた方針は「給付付き税額控除」。低所得者のうち、所得税を納めていたら減税し、非課税(年収103万円以下)ならば現金を給付するという仕組み。減税額は消費増税の負担を勘案して決定するつもりでした。

 参考とされたカナダの場合、所得(夫婦と子ども2人)が約250万円以下ならば支払った消費税額に関係なく一定のお金を給付し、250万円を超えたら段階的に給付を減らすという制度を行っていたのです。税額は単一を維持して軽減税率は採らない方針で臨みました。

マイナ制度もまた不要不急に

 ここでマイナンバー制度が検討されたのです。給付するには国民1人1人の所得がいくらか正しく知っておかなければなりません。給料が安い、ないしはゼロでも巨額の金融資産の利息や配当で悠々自適というケースもあり得るため、情報管理を一元化して苦しむ者のみにそれなりの給付を公正に行う必然が生じたのです。

 このまま「給付付き税額控除」が始まればマイナ制度はカードも含めて早期に普及したかもしれません。これまたお金が入ってくる制度だから。

 でもご存じの通り、結局はそうでなくなりました。としたらマイナ制度もまた不要不急になるのも当然です。だから浸透しません。

 現時点で生じている課題を解決するのは大切です。と同時に過去いかなるいきさつで今日へと至ったのかを検証するのもまた大事といえましょう。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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