イエメン:日本も紅海の安全航行防衛ための部隊に誘われた?
2023年11月19日に、イエメン北部を「実効支配」するアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派)が日本企業の運航する船舶を紅海で拿捕して以来、同派が周辺を航行する船舶を「イスラエルと往来している」、「イスラエル資本の所有である」とみなして攻撃する事案が相次ぐようになった。攻撃は、12月3日のバーブ・マンダブ海峡でのイスラエル船2隻に対する無人機やミサイルを用いた攻撃、12月12日の紅海を航行中のノルウェー船籍のタンカーへの攻撃、12月14日に紅海をイスラエルに向かっていたデンマーク企業の貨物船への無人機攻撃と頻度や強度が上がっているようにみえる。もちろん、これはアンサール・アッラーが表明した通りパレスチナとその周辺での戦闘に連動したものだ。アンサール・アッラーは、船舶への攻撃をガザ地区での人道状況と結びつけ、同地区へ人道物資が搬入されなければ航行妨害を継続すると宣言している。このような態度は、本来ガザ地区はもちろん、パレスチアにもとどまらない地域的な問題のアラブ・イスラエル紛争という視点を欠いた近視眼的なものといえる。しかし、バーブ・マンダブ海峡が本邦も含むアジアとスエズ運河、地中海とを結ぶ国際海運航路の要衝であることに鑑みるとアンサール・アッラーの主張や行動を無視・軽視したり、何の対策も講じなかったりというわけにはいかない。
問題は、アンサール・アッラーにバーブ・マンダブ海峡の封鎖を含む本格的な航行妨害をする能力があるのかという点と、イスラエルや同国を支持するアメリカがどのような対策を講じるかという点だ。第一の点については、アンサール・アッラーが2014年にイエメンの政府・軍やその施設や装備の相応部分を掌握していることを考慮しなくてはならない。同派が掌握した分も含め、2015年のイエメン紛争勃発前の時点でイエメン海軍が持っていた船舶は紛争の過程で多くが破壊され、小型船舶しか残っておらず、現時点でアンサール・アッラーの麾下にバーブ・マンダブ海峡や紅海の航路を封鎖する能力がある海上戦力は量・質ともになさそうだ。11月19日の事件の際に使用されたような、ヘリを用いた作戦を頻繁に行う戦力もないようだ。一方、アンサール・アッラーはイエメン軍のものなり、イランからの技術支援の結果得たものなり、対艦ミサイルや無人機を保有しており、最近の攻撃でもこれらを使用している。さらに、イエメン紛争の中で機雷を使用したこともあるようだ。
これらに対し、イスラエルが紅海への海軍艦艇の派遣を検討しているとの報道も出始めた。イスラエルは、2000年代以来パレスチナやレバノンへの「テロリストへの武器密輸」を摘発する「拿捕」と称して紅海での海賊行為を繰り返しており、必要とあれば軍事力の行使をためらわないだろう。また、アメリカも多国間の連合を結成してことにあたろうとしている模様である。今般問題になっている海域の東方に広がるアラビア湾では、2000年代以来海賊対策としてアメリカだけでなくNATOや国際機関の枠組みで海賊対策に艦船を派遣している諸国、独自の政策や法制度の下で艦船を派遣している諸国があり、本邦やイラン、ロシア、中国、韓国を含む20カ国以上の多数の軍艦が活動している。著名な衛星放送局ジャジーラによると、イエメンやその沖合で軍事的に活動しているイランがアメリカの動きを警戒し、警告を発している。また、この報道はイスラエル紙を引用し、イスラエルが対策のための連合軍の結成をイギリスや日本に呼びかけたと報じている。
本邦がこの種の連合に加わるのか、加わることができるのか、そして当該海域での航行の安全は保たれるのかという問いへの答えは、アンサール・アッラーの政治的立場や振る舞い、そしてパレスチナやその周辺での戦闘の推移にかかっている。アンサール・アッラーから見れば、一定の領域・海域・空域の安全を保つために欠かせない当事者として、国際的な認知を得られれば「大成功」ともいえる状況で、同派にしてもイランからの指示に従う機械的行動や、ガザ地区の住民のため何の利得も期待せずにやっている奉仕活動としてバーブ・マンダブ海峡や紅海で活動しているわけではない。重要な点は、当該海域の安全という問題は、イスラーム過激派、海賊、アンサール・アッラーと当事者を変えながら、20年近くにわたって船舶の航行や安全対策に直接従事する機関や企業以外からは関心を払われず、看過され続けてきたということだ。この種の問題は、「関心がない、知らない」と言っていれば危険が避けてくれるようなものではない。むしろ、本邦のように予防でも対処でも取るべき手段が極めて限られている立場にあるからこそ、日ごろから強い関心を持って必要な資源を投じて観察や対応策の準備をしなくてはならないものだ。