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交通事故死について考える〜ノルウェーの子どもの「交通事故死ゼロ」を受けて〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 交通事故死は、事故死の中でも頻度が高く、世界的な課題となっている。WHO(世界保健機関)と国連によれば、全世界では、一日に交通事故死は3,700人(1年間に135万人)発生し、年間に2,000万〜5,000万人が傷害を負っているとのことである。そこで、国連とWHOは、道路での交通事故死の予防を重要な課題として取り上げ、2011年から2020年の10年間を「Road Safety 2020」と定めてキャンペーン活動を展開している。対策として、スピード制限、飲酒運転や「ながら運転」の禁止、シートベルトやチャイルドシート、ヘルメットの使用など10項目を挙げ、10年間に500万人の命を救い、道路上での交通事故による死傷者数を半減するという目標を掲げている。

 しかしわが国では、交通事故は「警察の仕事」と思われており、死傷者数が多いにもかかわらず「健康問題」としては認識されていない。

子どもの交通事故死ゼロ!

 2020年1月3日に、「ノルウェーの子ども(16歳未満)の交通事故死が2019年は0人、快挙」というニュースを見た。確かに、国レベルで1年間の子どもの交通事故死がゼロとはたいへん喜ばしいことだ。

 日本の子どもの最近の交通事故死(カッコ内:人)のデータを見てみよう。

2016年:0歳(3)、1-4歳(28)、5-9歳(34)、10-14歳(26)、合計91人

2017年:0歳(9)、1-4歳(21)、5-9歳(31)、10-14歳(15)、合計76人

 ノルウェーの人口は530万人なので、日本と比較することはむずかしいが、国として子どもの交通事故死ゼロを達成したことはすばらしいと思う。

 ノルウェーと同じくらいの人口を持つ兵庫県(546万人)、福岡県(511万人)の子どもの交通事故について調べてみると、兵庫県では、15歳以下の交通事故死者数(2009年〜2018年)は1年間に1人から7人で、平均すると年に3.7人であった。同期間の負傷者数は3,224人から1,863人に減少していた。福岡県(2018年)でも子どもの死者数は3人、負傷者数は2,910人であった。

 死者数を比べてみると、ノルウェーの状況とわが国の状況は大きくかけ離れているとは言えないように思う。

交通事故死が減っているのはなぜ?

 交通事故に関しては、事故現場で警察官が現場検証をし、そのデータを交通事故総合分析センターに送る。交通事故総合分析センターでデータの分析が行われ、発生件数が多いものや、重症度が高いものについて詳しく分析され、毎年、対策の必要性が示される。それに対応して、「ながら運転」の罰則を強化したり、高齢者対策を進める。自動車会社では、これらのデータをもとに安全対策を装備した車を開発する。これらによって、交通事故死者数や交通事故件数は着実に減少している。

 また、交通事故に関するデータはすぐに発表される。2020年1月6日、警察庁から2019年中の交通事故死者数(24時間以内)は3,215人と前年より317人減少し、3年連続で戦後最少を更新したと発表された。これは、いろいろな対策が効を奏しているということだ。

交通事故死ワーストワン

 警察庁から2019年の交通事故統計が発表されたことで、交通事故死者数の順位が判明した。これまで愛知県がワーストワンの座にあったが、昨年は千葉県がワーストワンになり、愛知県が16年連続ワーストワンの座から降りたことがニュースになっていた。このニュースでは、警察の具体的な取り組みが紹介されていた。高齢者の交通事故対策としては、事故の発生場所と高齢者が多く住む地域を重ね合わせて検討し、高齢者事故は自宅から半径500m以内であるデータなどを組み合わせて科学的な対策を行っていることが紹介された。このような取り組みが有効であることがよくわかった。

 メディアは、行政や企業の失策や対応しないことを取り上げて批判することが多いが、うまくいったことはなかなか取り上げない。今後は、対策が効を奏したことも積極的に取り上げていただきたい。そうすれば、他の分野でもそういう活動が必要であると認識しやすくなるはずだ。

交通事故以外の事故は?

 それでは、交通事故と同じく事故の範疇である「子どもや高齢者の事故」を見てみよう。交通事故は、年が替わって1週間後には、前年の統計値が示されるのに対し、子どもや高齢者の事故は、どんな事故が起こっているかの全容はわからず、何件起こっているのか、前年に比べて減っているのか増えているのか、まったくわからない。これでは予防策など考えられるはずがない。

 消費者庁からは毎週、子ども安全メールで「○○に注意!」という情報が発信されている。これは、交通事故に対して、「飲酒運転に注意!」、「ながら運転に注意!」と毎週叫んでいることと同じである。子ども安全メールはすでに約490回発信されているが、その発信に効果があったかどうかはまったくわからない。注意喚起だけで事故を予防することができるとは思われない。

 交通事故対策がうまく機能しているのは、現場の検証から対策まで「警察庁」という一つの組織が管理しているからである。飲酒運転への対策は、毎年の事故のデータを基にして、どんどん罰則を厳しくしたから予防効果が出ているのだ。子どもや高齢者の事故も、情報を一元化する「消費者事故総合分析センター」を設置して、医療機関から事故例を収集し、分析して、具体的な予防策を考えるシステムを構築しなければ事故件数を減らすことはできない。

 交通事故死の正確なデータは、事故を予防するためには科学的な取り組みが有効であることを示している。しかし、交通事故死の発生はまれで、数値はばらつきが多い。ゼロの翌年は5になったりする。死亡の下には膨大な数の負傷者がいる。そろそろ、死亡に注目することから、負傷の分析に重点を移していく必要があるのではないか。

 事故は、人々の健康を損なう重要な「健康問題」であり、社会負担も大きい「社会課題」でもある。交通事故以外の事故に対しても、交通事故対策と同じ取り組みを展開する必要がある。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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