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<ウクライナ南部>ミコライウ最前線、すぐ先にロシア軍 次々と砲弾、破壊の村(写真13枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
ロシア軍との前線の村をウクライナ軍兵士、セルゲイさんと進む。(撮影:坂本卓)

◆激しい砲撃で住民脱出

8月、私はウクライナ南部・ミコライウに入った。近郊にはロシア軍が迫り、連日、砲撃やミサイル攻撃にさらされている都市だ。ウクライナ軍・偵察小隊に同行し、ミコライウとヘルソンにまたがる農村地帯でロシア軍と対峙する最前線地帯を取材した。(取材:玉本英子・アジアプレス)

<ウクライナ南部>吹き飛んだ壁 響く悲鳴 アパートにロシア軍ミサイル(写真10枚)

ウクライナ軍の車両で前線地帯の農村の荒れ地を走る。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
ウクライナ軍の車両で前線地帯の農村の荒れ地を走る。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

ウクライナ軍のライトバンで前線地帯に向かう。防弾ベストとヘルメットがずっしりと重い。平原に伸びる舗装道をはずれ、荒れた農道を進む。偵察小隊がいる村は、ロシア軍陣地から4キロの地点にあった。すぐ先は、制圧されたヘルソンに通じる地域だ。

ロシア軍の砲撃で破壊された家。屋根もブロック塀も崩れ落ちていた。住民は激しい砲撃ですでに脱出し、村は無人になっていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
ロシア軍の砲撃で破壊された家。屋根もブロック塀も崩れ落ちていた。住民は激しい砲撃ですでに脱出し、村は無人になっていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

◆「砲撃で農村や町、住民を疲弊させ、制圧するのが狙いだ」

激しい砲撃で村の住民はすでに脱出していた。

「ここにいた人たちが、長年かけて建てた家だ。それが次々と壊されていく」

オレグ隊長(50)が言う。

「ロシア軍は民家だけでなく、牛しかいない平地にも見境なく砲弾を撃ち込む。農村や町、そして住民を疲弊させ、制圧するのが狙いだ」

「住民を疲弊させ、追い出し、制圧するのがロシア軍の狙い」と語るオレグ隊長。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
「住民を疲弊させ、追い出し、制圧するのがロシア軍の狙い」と語るオレグ隊長。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

ロシア軍の砲撃ですべての住民が避難した村。新築だったという家は、砲弾で屋根に大きな穴があいていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)
ロシア軍の砲撃ですべての住民が避難した村。新築だったという家は、砲弾で屋根に大きな穴があいていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

小隊の任務は、小型のドローン(無人機)を飛ばして、前方のロシア軍の部隊配置、戦車、塹壕の位置を確認し、後方の砲兵隊に伝えることだ。

情報送信には、アメリカの実業家、イーロン・マスク氏がウクライナ支援で提供した衛星インターネットシステム「スターリンク」が使われていた。

セルゲイさん(左)は、ミコライウ出身。昨年、いったん軍を退役したが、今年2月の侵攻後、再び軍に戻った。家族も理解してくれているという。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
セルゲイさん(左)は、ミコライウ出身。昨年、いったん軍を退役したが、今年2月の侵攻後、再び軍に戻った。家族も理解してくれているという。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

◆呼吸が止まったかのような村

兵士のセルゲイさん(53)は、地元ミコライウの出身。いったん退役していたものの、2月の侵攻で再び軍に戻った。故郷を守りたいとの思いからだ。

一軒家が立ち並ぶ小さな農村を、セルゲイさんと歩いた。ブロックを積み上げた家屋、花柄模様が刻まれた壁。住民がいなくなった静かな村は、まるで呼吸が止まったかのようだった。

住民がいなくなった静かな村は、まるで呼吸が止まったかのようだった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
住民がいなくなった静かな村は、まるで呼吸が止まったかのようだった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

住人が脱出し、無人となった家。生活用品はそのままで、あわただしく脱出した様子がうかがえた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
住人が脱出し、無人となった家。生活用品はそのままで、あわただしく脱出した様子がうかがえた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

1週間前に砲弾が直撃した、という家は、屋根も壁も崩れ、焼け落ちていた。村を去らねばならなかった住民は、どれほどつらかったことか。

◆熾烈な砲撃戦

突然、ドーンと、重い音が響いた。

「砲撃だ!」

セルゲイさんが声を荒らげ、退避壕に駆け込む。農家の地下の納屋を補強して作ったものだ。再び大きな音が響いた。今度は、ウクライナ軍側の砲兵部隊の反撃だ。

この前線の砲兵部隊が使うのは、M777・155ミリ榴弾砲。アメリカから供与されたものだが、オレグ隊長は厳しい顔つきだった。

「ロシア軍はふんだんに砲弾があって、1日400発撃ち込んでくる。こちらは砲弾も足りず、40発も撃てない。限られた目標を狙うしかない」

退避壕は農家の地下の納屋を補強したもので、兵士が寝泊まりするベッドもあった。砲弾が着弾するたびに、この地下の退避壕に兵士とともに駆け込む。ほぼ10分おきにここに避難するほど砲撃が続いた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)
退避壕は農家の地下の納屋を補強したもので、兵士が寝泊まりするベッドもあった。砲弾が着弾するたびに、この地下の退避壕に兵士とともに駆け込む。ほぼ10分おきにここに避難するほど砲撃が続いた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

ロシア軍の砲弾の破片。この村には、榴弾砲や、グラート砲、スメーチなど自走砲からの砲撃が多く、ミコライウ市内の住宅地には、砲撃に加え、S-300地対空ミサイルを地上目標に設定しなおして撃ち込んでくるという。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
ロシア軍の砲弾の破片。この村には、榴弾砲や、グラート砲、スメーチなど自走砲からの砲撃が多く、ミコライウ市内の住宅地には、砲撃に加え、S-300地対空ミサイルを地上目標に設定しなおして撃ち込んでくるという。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

偵察ドローンが撮影したロシア軍陣地の画像を、軍用タブレットで見せてもらった。戦車や自走ロケット砲がいくつも配置され、コンクリートのトーチカから長い塹壕が掘り進んであった。

欧米メディアでは、「ロシア軍の損失は甚大で、兵員不足で士気も低い」とも報じられる。だが、ウクライナ兵は、ロシア軍を決して侮ってはいなかった。

左端の兵士が肩からかけているのが軍用タブレット。偵察ドローンとセットで使う。ロシア軍陣地を撮影した画像を見せてもらった。複数の戦車や自走砲、トーチカ、塹壕線があり、偵察小隊は位置を詳細にマーキングしていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)
左端の兵士が肩からかけているのが軍用タブレット。偵察ドローンとセットで使う。ロシア軍陣地を撮影した画像を見せてもらった。複数の戦車や自走砲、トーチカ、塹壕線があり、偵察小隊は位置を詳細にマーキングしていた。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

◆不条理な戦争と国際社会

「今、銃を持ったやつらが私たちの家に押し入って、家族を殺し始めたのに、『これで何とかして』と周囲の人たちが差し出したのは木の棒だ」

隊長は語気を強めた。

「各国が外交ゲームを繰り返し、市民と兵士が犠牲になってきた」

市民から届いた兵士を激励するカード。兵士へのメッセージには「夜明け前の最も暗き闇の時間…私たちは信じ、待ちます」「皆さんは私たちの希望」「無事を祈っています」とあった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)
市民から届いた兵士を激励するカード。兵士へのメッセージには「夜明け前の最も暗き闇の時間…私たちは信じ、待ちます」「皆さんは私たちの希望」「無事を祈っています」とあった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:坂本卓)

この戦いでは、双方の兵士に多数の犠牲が出ている。すぐ向こうの塹壕で身を潜めるロシア兵たち。ウクライナでの「作戦」を、どう自分に納得させ、戦っているのか。

21世紀のヨーロッパで起きた不条理な戦争。それを止めることができなかった国際社会。

兵士たちがふるまってくれたコーヒーが、苦く感じられた。無人になった村に、双方の砲撃の音だけが響き渡っていた。

戦火のウクライナ脱出 シリア青年、故郷の惨状重なる(写真8枚・地図)

土埃をあげて進むウクライナ軍の戦車。兵士の士気は高いが楽観的ではない。欧米からの武器支援はあるものの、前線の現場では武器・弾薬不足のなかで、装備で圧倒するロシア軍と戦っていることに苦しい心情を吐露するウクライナ兵たちも少なくなかった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)
土埃をあげて進むウクライナ軍の戦車。兵士の士気は高いが楽観的ではない。欧米からの武器支援はあるものの、前線の現場では武器・弾薬不足のなかで、装備で圧倒するロシア軍と戦っていることに苦しい心情を吐露するウクライナ兵たちも少なくなかった。(2022年8月・ミコライウ近郊・撮影:玉本英子)

イホル・マルコウスキ隊長の部隊は、ミコライウ市内にとどまる市民のために食料や生活物資の配布を担う。「店を閉める商店もあいつぎ、住民の食料アクセスの維持が課題」と話す。(2022年8月撮影:玉本英子)
イホル・マルコウスキ隊長の部隊は、ミコライウ市内にとどまる市民のために食料や生活物資の配布を担う。「店を閉める商店もあいつぎ、住民の食料アクセスの維持が課題」と話す。(2022年8月撮影:玉本英子)

ミコライウ北東地帯を取材した際の8月時点の状況。取材したウクライナ軍拠点はミコライウとヘルソンにまたがる農村地帯。ヘルソンはロシア軍の支配下にある。(地図作成:アジアプレス)
ミコライウ北東地帯を取材した際の8月時点の状況。取材したウクライナ軍拠点はミコライウとヘルソンにまたがる農村地帯。ヘルソンはロシア軍の支配下にある。(地図作成:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年9月27日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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